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男子やめました  作者: 是々非々
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説明のお時間

少し退屈なので短めです。

 俺は母さんが運転する軽自動車に揺られつつ、猛烈に緊張していた。

 ミラーに映るのは、可愛らしい女の子。肩まで艶のある黒髪を下ろし、そのレモン型の目を不満げに細めている。今の俺の状況だ。

 着ていると言うより中に入っていると言った方が適当な制服が、さらに居心地を悪くしていた。


「……はぁ、誤解される気しかしない」


「何が?」


「何がって……性転換手術とか、本当は女になりたかったとかさ」


 俺は心の性は男……なはずだ。女の子を可愛いと思えるし、男を見ても何とも思わない。

 そんな俺が、いきなり女ぶって登校しようものならあらぬ誤解を受けかねない。


「ソラは土曜にも友達と遊んでたじゃない。それから手術なんて無理ね」


「それは……うん、そうだ」


「そりゃいきなり女の子になっちゃってびっくりだろうけどね、だからってソラがくよくよするもんじゃないわよ。私の息子なら、もっとどっしり構えときなさい」


「……娘扱いするくせに」


 とんだ二枚舌である。

 母さんは夏生と同様に我を通す性質だ。血は争えないのである。

 そんな彼女は俺の恨みがましい視線も柳のように受け流し、頼もしい笑みを浮かべてみせた。


「ソラこそ、普段息子として振舞ってるじゃない。今は可愛い娘だけど、今までは息子だったんだから、良いとこ取りしちゃいなさい」


「……おう」


 母さんは大胆である。

 自分の事じゃないってのはあると思われるが、親として寄り添ってくれる様子に、俺は幾ばくか安心した。


 ーーー


 俺の高校は星ノ森(ほしのもり)高校という。

 地域ではまあそれなりの進学校であり、完全週休二日制が約束されている。

 生徒を信頼しているのか校則もさほど厳しくなく、先生らも大らかで柔軟である。校長が有能、と評判だ。

 さて、そんな高校にて朝礼前に緊急の職員会議が執り行われた。発議は我が担任葛城先生。議題は言わずと知れた俺である。


「原因は分からないんですよね?」


「はい……全く」


 職員会議は意外にも穏やかに進んでいた。

 まあ、実物を見たら信じざるを得ないというのが実情のようだ。あんまり見たことない先生が言っていた。それに、男の俺に別人の女の子をすげ替える、というのも無理のある話だ。

 出てくる疑問にその都度答え、粘り強く話した結果、夏生の言うとおり、なし崩しに受け入れてもらえた。持つべきは思い切りのいい妹である。

 そんな俺は今、柄にもなく微かに涙ぐんでいた。その理由は、母さんの先生らへの訴えだった。


「この子は、間違いなく私の子なんです。この子の目元を見れば分かります。男の時と瓜二つなんです。どうか、ご理解下さい」


「母さん……」


 男の時、俺は目が大きいのが嫌いだった。女の子みたいとからかわれたのも一度や二度じゃない。しかし、それが母さんに今の俺と昔の俺を結び付けさせたんだと思えば感慨深い。

 そしてそれ以上に、俺は身体が変わっても親との繋がりを感じて涙ぐんでしまった。

 その一幕があってか、先生達はやや同情的になった。

 見知った先生などは励ましの言葉までくれ、穏便に手続きを進める方向で話を進めてくれることに決まる。

 こんなに簡単に進んでいいのか?と思ったが、差し障りないほうが良いのに思い至り、やっと俺は安心した。


「志龍くん……いや、さん」


「あ、はい」


 職員会議が終わり、先生達の雰囲気も柔らかくなったと思えば、国語の担当の西先生が話しかけてきた。

 彼は星ノ森高校でも古株のおじ様先生であり、実直な性格で評判の人気教師だ。

 ちなみにこっそりと校舎裏のベンチで和菓子を食べているのに遭遇し、今ではたまにどら焼きを分かち合う仲である。


「今日の放課後、話があります。決して悪い話ではないと思うので、聞くだけ聞いてもらえるかな?」


「放課後ですか?まあ、分かりました」


 そう答えるのを聞くやいなや、西先生は先ほどとは打って変わってのほほんとしている母さんにも話をしていた。

 しばらくは不思議そうに聞いていた母さんだったが、しばらくすると目を見開いてお礼をしていた。何の話だろう?

 気になって近寄ろうとすれば、慣れ親しんだ鐘の音が鳴った。時計を見れば、もう朝礼が始まる時間だった。


「さて、志龍さん、朝礼に行きましょうか」


「――っ、はい」


 西先生は予鈴のことを見越していたらしい。気になる話は放課後までお預けとなった。

 気になる気持ちを押し留めて朝礼に向かおうとすれば、またも朝の緊張が蘇ってくる。


 なるようになる、という父の言葉が脳裏をよぎる。しかし、なるようにしかならないのだ。

 拒絶されたらどうする?

 無視されるならまだしも、いじめられでもしたら?

 ふと、悪い想像ばかりが胸を満たしてきた。


「――ソラ、また変な想像してるわね」


「……だって」


 母さんが呆れたように言った。


「だってもへったくれもありません。私の自慢の息子がうじうじしてんじゃないっ!」


「――いっ!?」


 背中に母さんの張り手が飛んだ。思わずよろけて母さんを睨むが、お門違いなことだと思い至って別の顔を浮かべる。

 こんなときくらい、陰気な息子じゃなくていい。


「おう、ありがとな、母さん」


 なんだかこそばゆくなって、自然と頬がほころんだ。

空君に可愛げを求めるか、偏屈さを求めるかで揺れております。

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