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男子やめました  作者: 是々非々
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ただの噂

 オレにはよく分からないが、どうやら由佳は何らかの事情に通じているらしい。彼女は余裕の笑みを崩さず、オレに多大な希望を持たせた。


「まあこれは、結局噂なんだけどね……青山君、一回柊先輩を振ってるのは知ってるよね?」


「噂て……うん、まあそれは聞いたことあるな」


 割と有名な話だ。これは事実と聞いている。

 かつて、かの天女、柊琴が失恋をしたという衝撃は、運動部の間から各所へと流れ出た。

 相手は剣道部の新人青山仁。彼女が唯一熱を上げた男は、それはもうあっさりと彼女を振ってしまったと。

 まあそれも、結局はあの告白劇によって払拭されたのであるが。


「でね、柊先輩は剣道部の練習終わりの青山君に告ったらしいんだけどさ。断った青山君が『あの人は嫌いだ』なんて話してたって話があるの」


「へ、嫌い?でも、告白を……」


 告白をオーケーしたのだから嫌いじゃないだろう。

 結局オレを期待させたものの正体は噂であり、既に尾ひれが付いていそうな代物だった。

 なんともひどい尾ひれが付いているものだ、と感嘆する。


「……それが謎なんだよね。柊先輩を振ったって話が出たばっかの時、青山君『あの人は無理だから断った』とか言ってたのに」


「確かに、それは、言ってたけど」


 妬みを恐れてではないかと思われる。

 しかし、由佳はそう思ってはいないようだ。


「あの無理がどういう無理かは分かんないけど、やっぱ青山君って変人だから、素直に美人に言い寄られて喜ぶ人種じゃないと思うんだよね」


「根拠がそれって……なぁ」


 確かに変人ではあるが。黙想中に話しかけたら機嫌が悪いし、そもそも黙想を教室でするなとも言いたくなる。盆栽の話題にしてみた時などは、いつもの寡黙ぶりをかなぐり捨て、延々朗々と盆栽について語られた。弁当がエナジーゼリーだけの時にその意図を聞けば、「これもまた鍛錬だ」とのたまい、次の日には弁当に戻っていたりした。

 たまに奴の思考は読めなくなる。


「いーや、私は納得いかないね。やっぱ本人に聞いちゃった方が良いと思うんだわ、うん」


「そうか?……いや、そうかぁ?」


 由佳は強引にもこう結論した。

 オレは結局気分を沈みこませ、少し冷静になった頭で、昨夜の葛藤に「……ちょっと考えすぎてたかも?」と恥じらいを覚えた。

 夜書いた手紙を由佳にそのまま見せてしまったことに、オレは結構後悔した。


 ーーー


 さて、由佳に気持ちを取りとめもなく語ってしまえば、オレはすっかり落ち着いた。

 問題の共有というのだろうか、心の重荷を少し持ってもらった気がして、オレは彼女に感謝した。


 そんな独白劇を演じた五限目も終了し、退屈な六限も落書きをしながら乗り切った。やっと終礼となり、帰られるなぁという思いが強くなる。チラッと青山の方を見れば、珍しく頬杖をついてあさっての方向を向いていた。と思ったら、急に正座して黙想しだした。あれでこそ青山である。


 体育祭の翌日は、全運動部が活動を休止する。

 運動部の生徒たちは、体育祭でも主力としてそこらじゅうを駆けずり回り、かつその有り余る体力から雑用係まで命じられる便利使いをされる。そのことへの労いである。


 そんなこんなで休みを勝ち取っている由佳は、紬と連れ立って一緒に帰ろうと言ってきた。

 青山のあの話が本当か、まだ確かめる勇気の出ないオレは、すぐにその誘いに乗った。


「――仁くーん?」


 いざ行かんとカバンを肩にかけると同時に、教室のドアからひょっこりと柊先輩が顔を見せた。なんとも間の悪い人だ。いや、当然の到来とも言えるのだが。

 ドア近くの男子が応対し、「おい青山!彼女様がお呼びだぞ〜!」と囃し立てた。

 青山は「……あぁ」とだけ言って立ち上がる。鞄を携え先輩に寄れば、「仁くんに置いてかれないようにと思って」と笑いかけた。「……そうですね。気をつけます」と青山が答えれば、「それでこそ」と笑みを深くし、仲睦まじく去っていった。


「ほら〜、青山素っ気ないじゃん。絶対何かあるね」


 と由佳が言う。


「普通良い相手なら自分から行くだろ。青山下手すりゃ帰ってたんじゃないか?」


 紬もそう続いた。

 クラスでもそういう勘繰りがあるのか、男前が気取ってやがる……!だとか、柊先輩を試してるのか贅沢者め、だとか聞こえてくる。

 オレは噂を信じたくなってきて、何故こんなにも女々しい思いに期待を膨らませにゃならんのだと憤り、それでもやはり期待した。


 帰り道、せっかくだから寄り道でもしようと、腰の落ち着けられるカフェに入った。女子になってからというもの、こういう店にはよく入る。未だにエキゾチックな感覚があるのだが、いつかなれる日が来るのだろうか。

 少し冒険して頼んだ甘ーいコーヒーを啜っていると、由佳は紬にオレの暴露した内容を又暴露した。語り口はこうだ。「空がやっと女の子になってくれたよ」だ。

 紬は「お前遅すぎるって~!」と肩パンをもらった。それだけで何が通じたというのか。しかし、青山君と柊先輩が歩くのずっと見てたじゃんと言われては敵わなかった。


「……正直、まだ頭がいろいろ追いついてないんだけどな。こんな風になるとか思ってなかったし、……もしかしたら違うかもしれないし」


 女になりたての時みたいな感覚である。あの時も、自分の思っているような風にはいかなくて随分混乱したものだ。それに、たったの二か月で人を好きになるか!?という冷静なオレの雄叫びも聞こえるのだ。

 オレはそんなにチョロくないと思いたい。


「恋とかそんなもんでしょ。難しく考えなくても、一緒にいたいなら告ればいいんだし」


 紬は端的にそう言った。


「なんとまあ簡単に言ってくれる……実際そういうもんなのか?」


「さぁ?人それぞれじゃない?昔部活の先輩が言ってたのは、『独占欲があったらもうそりゃ恋だね』だったけど」


 由佳はそう言って生クリームやらジャムやらが盛られたコーヒーを飲んだ。彼女は生理が軽めなのか、飄々とした様子でいられるのだという。

 オレは彼女に聞いた言葉を受けて図星を刺された気がした。


「……あ~。あるんだな?独占欲」


「……いや、なんというかだな」


 柊先輩が往生際悪いものだと思っているだけで、独占欲は……。

 と、その時店に新たな来客があった。


「――げえ」


 思わず汚い声が出た。割と人気のあるらしいこのカジュアルなコーヒーショップに、青山と柊先輩が来店した。柊先輩がグイグイ袖を引き、青山はノロノロとそれに続いている。


「めっちゃいいタイミングで来るじゃん……青山君強すぎでしょ」


 由佳はもう呆れている。気味どころではない感心顔だ。


「どうなんだ空っ!柊先輩の場所はオレのだって思うのか!」


 紬は生き生きとした表情でそう言ってきた。割と色恋沙汰に興味が深いようだ。

 オレの胸中には、確かに体育祭の時のようなわだかまりが出来ていた。もやもやして、少し苦しい。


「……まぁ、少しは気になるかな」


 今はこれが限界だった。真夜中ならまた違う答えが出たかもしれないが、少なくともオレの理性はそう語る。

 ……でも、正直柊先輩と青山が一緒にいるのは嫌だった。


「――くぅ~!じゃあ聞こう、すぐにでも聞こう!青山はホントに先輩のことが好きなのかって!」


 紬は声量を抑えつつ声を弾ませた。どれだけこの話題に入れ込んでいるのか。趣味のドラマは昼ドラかもしれない。


「待て待て、流石に今は無いだろ。こんなところでそんなこと聞けるかよ!」


 白昼堂々痴話げんかをする気はない。というか青山本人の言葉を一言も聞いてないのに、そんな行動起こせるわけがないだろう。


「ちっ、こういうところではヘタレだな」


「石橋を叩いて渡ると言ってくれ」


「叩いても渡ってこなかったくせに」


 結局オレ達はその後も青山と柊先輩の観察を続け、オレは何かあるたび「どうだ!やきもきするか!」という紬にやきもきした。


 ーーー


 青山が柊先輩の告白を承諾して一週間が経つ。青山は何か話があると言っていたが、結局聞けずじまいでいる。

 朝礼前や昼休み、放課後は全て柊先輩が教室にやって来て青山を連れ出すのだ。おかげで青山はすっかり教室でも存在感が薄れつつあった。

 柊先輩の入れ込み方につられ、青山も素っ気ないのは照れ隠しだろうという話になりつつある今日この頃だ。中々彼に話しかけられないので、オレとしてはもどかしい限りである。

 いつもみたく皐月の絡みに対処していると、休憩時間中にも関わらず、教室に葛城先生が入ってきた。


「次の国語の時間なんですが、西先生が風邪でお休みなので、皆さん静かに自習していてくださ~い」


 そう告げられ、教室中が歓声に包まれた。まあ試験も近いので、みんな結局は勉強に充てるのだろうが、それでも自習の響きは甘美なものだ。

 オレも手放しに喜んでいると、頭の上から「なあ」と声が降ってきた。


「え……あ、なに?」


「……ちょっと来てくれないか」


 声を降らせたのは青山だった。

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