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男子やめました  作者: 是々非々
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体育祭 とにかく楽しめ体育祭

 クラブ対抗リレーとは一体どういうものなのか。

 オレは体育祭の日程表を見た時から、なんとなくイメージを掴めずにいた。まあ走るだけだろ、野球部と陸上部とサッカー部の三つ巴かなと思っていた。


 いや実際、リレーの結果だけを見ればそうなのだろうが、そんなことは些末なものだと観客席で痛感した。


 応援合戦もあると聞いていたが、それはリレーの応援であるらしい。たっぷり八人を起用して行われるリレーは、そこいらの客席であったり、グラウンドにほど近い高台の上から、部員一同が声を合わせて応援する。

 小〜中規模のクラブは何クラブかで合同チームを組み、まさに総力戦と言えるレースだった。


 しかし、その弱小と言うべきか、寄せ集めと言うべきかの小〜中規模のクラブこそがこのリレーの華であったのだ。


 クラブ対抗リレーはそれぞれのユニフォームで行われる。水泳部などはクラブジャージで代用しているようだが、中には水着姿で登場する男もいた。ブーメランパンツなのがその過激さを増している。


 規模の大きくない剣道部や体操部、柔道部などもユニフォームを着用する。

 しかし、彼らは足で言うと野球部等の水準には遠く及ばない。せっかくのユニフォーム姿も、リレーの上位に目線が奪われてしまうのだ。


 そんな彼らは、しかし目立たずに最下位争いを繰り広げるのを良しとしなかった。

 足で目立たずば、どうするか。

 彼らが取ったのはデモンストレーションだった。


 剣道部が走れば、なぜか走者の前に竹刀を持った部員が翻り、そのまま打ち合い稽古に発展する。遅々として進まないのでそのまま周回遅れになるのだが、彼らは気にする素振りが無い。稽古を切り上げれば流して走り出す。

 続いて体操部はと言えば、いつの間にか通常にすり替えられたバトンを放り投げ、バク転や床技などで歩を進める。走者など関係なしに、途中で走者が入れ替わったりして技を披露し続けるが、見てる分には面白いので誰も文句は言わない。

 柔道部は蓄えた脂肪を揺らして懸命に走るだけなのだが、なぜか人の多い客席の前で受け身をとる。むやみに道着が汚れるだけであるが、コロコロとする様子が可愛らしくて面白い。

 ボクシングはシャドウやスパーリングをしだすし、空手部は演武を披露しだすし、もはや誰もリレーの順位を気にすることは無かった。


 むしろこれがメインだろう!

 突然校歌を合唱し出すサッカー部に、それに対抗して応援歌を歌い始める野球部が耳を楽しませ、対抗して奇をてらう大規模クラブにも笑い声を上げ、クラブ対抗リレーは大団円を迎えた。

 最後はゴール直前に行われた異種格闘技戦に対し、走行妨害による失格が言い渡されて終わった。


「あ〜……笑った。オレ、これ一番好きかもしれん」


 何気にブーメランパンツ先輩の勇姿がいい味を出していた気がする。


「いいねーこれ。運動部のお祭りって感じしてさ」


 楓も満足気に笑っていた。皐月は先ほどコロコロ転がっていた柔道部の人を見つけ、思い出し笑いを噛み殺していた。


「次は先生たちが玉入れするみたいだよ」


 後藤さんが行程表を見ながら言った。


「それどっちに点入んのさ」


「いや、点なし。運動部が着替える時間作ってるんだって」


 ぞろぞろと運動部が校舎に引き返していく。

 特に玉入れにも興味が無いオレたちは、しばらく続く小休止をのんびりと過ごした。


 ーーー


「次なんだっけ?」


「えっとね……あー、騎馬戦だね。棒引き招集だ」


「あれ不安なんだよな〜。ケガしないようにしないと」


 棒引きとは、全体の半数以上にのぼる女子がグラウンドに集結し、グラウンド中央に転がる十一本の竹の棒を奪い合い、自らの陣地に引きずり込むという競技である。

 男子の騎馬戦よろしくラフプレーも多くなる競技なので、虚弱な体になったオレは少し心配だった。

 なるべくヤバそうなところには行かないでおこうと固く決意し、騎馬戦の決着を待った。

 うちのクラスだと照井だとか勝山が出ている。しかしなぜか照井を上にするという迷采配を取り、開幕してすぐ騎馬が崩壊していた。柔道部は身体が重い。コロコロ転がる照井が不憫であると同時に面白くて、ニヤけた顔になってしまった。


「あれは照井に悪いけど笑うわ……」


 由佳も少しニヤついて言った。崩壊してすぐは心配したが、大事無い様子であったので、二人揃って噴き出した。


「最初っから勝つ気無いって丸わかりだもんな」


「いっそ清々しい」


 そんなふうに話していると、いよいよ出番が来るらしかった。重い腰を上げ、引率の生徒を追う形でグラウンドに入場する。


 しかしすごい人数だ。両チームそれぞれ百人はいるのではないだろうか。先生にくれぐれも周りには気を配ることと言い含められれば、乾いたピストルと共に第一回戦が始まった。


「走れぇぇええええ!!!」

「うああああああああ!!!」

「こっち!こっち誰か!」


「壮絶だな……」


 もはや何に対して叫んでいるか分からないような叫び声が木霊する中、くれぐれも注意しながら次々と女子が棒に組み付いた。

 オレも何とか棒に手を付けるが、次々と入れ替わりで腕が棒を求めて空を切るので、引っかき傷もできてしまう。

 しかし、もはや空気に飲まれたオレにはそれすら闘争本能を刺激するスパイスにしかなりえない。

 いつの間にやら「うらああああああああああぁぁぁ!!!」とか叫びながら棒を引いていた。その引いていた一本を引きずることが出来たので満足である。


 「――あっ!」


 「あっ」


 ふと、そんな悲鳴が聞こえて我に返ると、相手チームの柊先輩が倒れていた。

 他の子は闘争本能の赴くままに棒を求めて行ってしまった。というより、転ぶのもままあることなので、よっぽど酷くなければ置いておかれるのだ。

 しかし、そうも言っていられずに、オレは柊先輩に声をかけた。


 「大丈夫ですか?」


 柊先輩は力なくへたり込んでいた。


 「あ、あはは、ちょっと擦りむいちゃったみたい。っつ〜」


 膝を見ると、酷いとまではいかないが、赤く染まる傷口が見えた。

 結構痛い部類だ。


 「良かったら肩貸しますよ。救護テント行きましょう」


 体育祭本部席の隣には、保健室代わりの救護テントが存在する。早く洗った方が良いだろうし、オレは柊先輩を連れて行くことにした。


 「……ごめんね。ありがとう」


 「いえいえ。それじゃ行きましょっか」


 柊先輩は弱々しくなっても美しい。庇護欲をそそるというのだろうか。

 随分甲斐性を試すお人である。


 救護テントにつけば、森岡先生も競技を眺めていた。


 「あら、さっき転んでた子ね。……あら〜大胆な告白した子じゃないの。また派手にやったわねぇ」


 水道で予め洗った傷口を見て、森岡先生は早々に処置を始めた。

 慣れた手つきで消毒したり、その合間に「良かったわねえ相手に受け止めてもらえて。そこの子と同じクラスの子なのよ」とか柊先輩に声をかけていた。


 「あら、仁くんと同じクラスなのね」


 すっかり元気を取り戻したらしい柊先輩は、余裕を持った声色で言った。


 「ええ、まあ。彼とは友達やってます」


 「ふぅん」


 他愛ない話をして、そのうち森岡先生の処置が終わる頃、救護テントの方に足音が近づいてきた。小走りのようだ。


 「――……柊さんが来たらしいですが」


 「あ」


 テントに来たのは青山だった。

 オレはなんとなく居心地が悪い気がして、青山と柊先輩の顔を伺い見る。


 「あら、仁くん来てくれたのねっ、嬉しいわ。ちょうど仁くんのクラスの子が助けてくれたの」


 柊先輩が手招きすれば、青山は一呼吸置いてそれに従った。

 天女のような美人に緊張でもしているらしい。


 「……そうですか。志龍、その……ありがとう」


 「……おう、良いってことよ。それじゃ」


 いよいよ二人の邪魔かと思い、オレはテントを後にした。


 しばらく、柊先輩に寄り添うような青山の姿がまぶたから離れず何度も頭を振った。

 これでは、本当に気にしてるみたいじゃないか。何度もそんなことをしているうちに、「もしオレがケガしたら、あいつは来てくれたのか?」なんて思いだして、オレはすっかり弱ってしまった。

 せっかく夏生や由佳に背中を押されて決心したのに。やっぱりそう簡単に割り切るのは難しいらしかった。


 ――このまま今日由佳についた嘘を貫いて、オレは今、自分のことをしっかり分かってることになるのか?

 前に進んでいるんだろうか?

 石山医師の言葉は、未だオレの中に留まり続けている。


 ーーー


 水道で顔を洗い、携帯するタオルでごしごし拭った。日焼け止めは落ちただろうが、また塗り直せば良いだけだ。

 そうすると、少しは頭がスッキリした気がして落ち着いた。クラスに戻ろうとすると、久遠さんが菊池に何やら言っているのが見えた。

 そろそろ体育祭も終盤に差し掛かり、短距離走の決勝が控えているのだ。その激励をしているのだろう。


 「が、頑張って!応援するから!」


 「おう!任せろって」


 オレが近くに行く頃には、そんな激励も終わったのか、菊池と久遠さんは別れていた。菊池を見送るクラスメイトの視線は、応援三割嫉妬七割といった様子だ。


 「おアツいね〜。あ、空おかえり〜!どしたのいなくなってさ」


 「ただいま由佳。いや、柊先輩が膝擦りむいてて、付き添って救護テント行ってた」


 「え、柊先輩?」


 由佳は意外そうな顔をした。楓や皐月、紬もぴくりと反応する。


 「なんていうか……巡り合わせ悪いね。柊先輩と一緒で何も思わなかった?あ、それと先輩は大丈夫なの?」


 「まあ、そんなひどい怪我でもなかったよ。先輩も良い人だったし」


 気さくに話しかけてきた柊先輩には、それだけでは悪い印象は抱かなかった。


 「そういや青山君いないけど、もしかして?」


 楓はテントを見回して言う。


 「……うん。来たよ」


 「あー、やっぱり。さっき男子がなんか騒いでたんだよね」


 なるほど、男子たちが柊先輩が転ぶのを見て、青山に知らせたといったところだろう。青山も小走りで来るなんて良い心がけだ。


 「何ともなかったのか?」


 紬は楓の膝に乗りながら言った。

 体格的にちょうど良いらしく、彼女はよくそうなっている。


 「……まあ、二人のこと見てたら……正直……」


 「正直?」


 紬は続けた。


 「…………もやもや、しました」


 諸君、オレのことを薄志弱行の浅ましい女と笑いたければ笑うがいい。散々そんなことないと嘯いて、結局気にしてしまっているのだ。

 しかし、オレは確かに心が晴れない気持ちとなったのだ。これを「好き」という気持ちに結びつける気はさらさらないが、でも、あの二人の関係が気になっているのは、オレの本心だ。


 オレのその言葉を聞いて、みんな頷きながら微笑んだ。


 「空、きっと、それは嫉妬だよ。もし、柊先輩が自分だったらどうだと思う?」


 楓は言った。オレは柊先輩の位置に自分がいるのを想像する。


 ……分からない。


 「分からない……青山と一緒にいても、前と同じ友達としているだけだと思う」


 そう言うと、「仕方ないか」と楓は言った。紬は「まだかよ」と呆れ顔だ。


 「空は自分の気持ちを確かめたいんだもんね。どうなるかなんて、そりゃ分かんないよ」


 由佳はそう言うと、みんなこの話題はここまでにしてくれた。

 というか、けたたましい行進曲に目を奪われたのだ。オレの葛藤を他所に、短距離走決勝が始まろうとしていた。

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