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男子やめました  作者: 是々非々
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体育祭

母校の体育祭はそれは盛り上がりました。

追記:学年の組の数を四つから六つに変更しました。

 今日は体育祭当日である。

 体操服や弁当やらしか入っていないスクールバッグを提げながら、オレは学校に向かった。

 学校に近づけば、体育祭なだけあって朝から明るい雰囲気に包まれている。運動部の朝練も無いので、いつもより昇降口も混んでいる気がした。

 グラウンドの方を覗けば、紅組、白組と書かれた巨大な得点板が吊り上げられていた。星ノ森高校はひと学年に六つの組があり、それを二分した組み分けで毎年競技ごとに振られた点数を競い合うらしい。

 それでいて、クラス対抗リレーなどという競技もある。菊池などは、三年に負けるものかと闘志を燃やしていた。

 クラスに入れば、女子が気合を入れて髪をセットしていた。こっそりとアイロンなどを持ち込み、上げたり巻いたりして髪型を整えている。


「あっ!空、こっちこっち」


 オレを見つけた由佳が手を振ってオレを呼んだ。オレは話していた照井に「また後でな」と、見せていたレモンの蜂蜜漬けをしまいながら手を振った。


「空良いもん持ってんねえ」


 由佳に髪をいじられながら、紬は鞄を覗いて言った。


「食べるなら後でな。テントまで持ち込むから」


「やった。あ、そうそう、空も髪セットする?楓の手空いてるけど」


 横を見れば、楓が櫛とアイロンを手に手招きしている。正直元男の手前、気合の入った髪型にするのは恥ずかしいのだが、いつの間にやら周りを囲まれていた。


「ふふ、志龍さん、迂闊にこっちに来たからにはいじらせてもらうからね」


 ヘアピンを取り出しながら後藤さんは言った。オレは頬がひきつるのを感じつつ、手近な椅子に腰かけた。きっと逃げても取り押さえられて終わりだろう。


 案外、髪をいじられるというのは心地良い。肩の下ほどまでしかないオレの髪だが、梳かされているとリラックスして意識がボーっとほぐれていく。耳の後ろの方から編み込みが作られていくのを感じながら、オレは「ここまでされるとなんか照れるな、女子らしくて」と呟いた。編み込みなんて、それこそ女子っぽいと思えた。

 楓と後藤さんは「まあ女子でしょ」などと言いながら、オレの髪を仕上げていく。

「後藤さんはオレが女子っぽくていいのか」と聞けば、「男子には見えなくなったね。ところで大人しい男子って心当たりある?」なんて軽口をたたいた。そういえば練習台ではなく、友達だったなあなんて、今更なことを思い返していれば、オレの髪は仕上がった。


「……ちょっと気合入りすぎじゃね?」


「そう?可愛いからいいと思うけど」


 オレの髪は、言うなればお団子というやつになっていた。両耳の後ろから編み込みが伸び、後頭部にまとめられた髪の団子に飲み込まれているような髪型だ。髪が邪魔にならなくていいが、ちょっといつもと雰囲気が違いすぎるのではないだろうか。いや、似合ってはいる。いつにも増してそうでもないのに元気そうに見えるのだが。


「……き、気合入りすぎて、男子見れない……」


 おい志龍、張り切りすぎだろ!なんて幻聴が聞こえる。髪をセットするなんて、なんだか女の子じみていて照れ臭かった。何を隠そう、オレは今まで髪をくくったりすらしてこなかったのだ。

 女になればわかる。あの行為はまさに女の子である。


「やーん、照れちゃって可愛い!じゃあさっさと見せてきなって!」


「――あ、ちょっ!?」


 今日も元気な由佳がオレの背を押し、オレは女子の群れから抜け出した。


「――あ」


「……おう、おはよう」


 そして見計らったように目の前には青山がいた。そのそばには万場や照井、菊池、勝山がいるあたり、このメンツで話していたらしい。


「おいおい志龍、お前めっちゃ可愛くなるな」


 万場が本気かどうかも分からない声を上げた。いつもは軽口に聞こえる声色も気になってしまう。

 どうにも髪型を変えたということがむずがゆくて、オレはしどろもどろになった。


「い、いやぁ、楓とかにいじられてさ」


「へーえ、馬子にも衣裳ってやつか」


「どういう意味だ勝山」


 勝山は冷やかし気味にそう言った。


「そのままの意味で受け取れ親友」


 つまり普段は可愛いとは思えないと。しかし、十年来の親友たるこいつにそういう目で見られるのは気色悪いので、そう言われて安心した。

 横では菊池もしみじみしていた。照井も呆けた顔をして「料理もできるし、志龍のこと男としてもう見れないなぁ」と呟いた。


「ほんと、志龍も髪型変えたら印象変わるなあ。青山もそう思わないか?」


「――……あぁ」


 思わず耳を傾ける。寡黙な青山は返事を「あぁ」で終わらせることもしばしばなのだが、二の句を継ぐのか気になった。


「そうだな、俺も髪型を変えるのはいいと思うぞ」


「そ、そっか。まあなんだ、あんがとな、お前ら」


 口々に髪型が似合うと言われ、条件反射で礼を言った。

 思わず頬に触れてみれば、オレは今少し笑っているようだ。まあ、男にしたって、純粋に「男前」と言われて悪い気がするやつはいないだろう。

 ヘアゴムくらいは買ってもいいかもしれない。オレは真面目に検討した。


 そうこうしているうちに開会式の時間が迫っていた。

 葛城先生の号令で、オレ達は足にビニールを巻いた椅子を抱えてグラウンドに向かった。ちなみにオレは椅子を持たずに済んだ。青山に預けたのだ。流石の膂力で軽々と運んでいた。他の女子も男子に運んでもらっていた。ちなみにレモンの入ったタッパーはオレが持っている。流石にこれまで誰かに預けるのは忍びない。

 楽し気に、それでいて声量を抑えて話しながら全校生徒が集まり、グラウンドにて整列すれば、校長先生が何やら訓示を述べるべく壇上に上がった。暑くてかなわんなとか言いながら、ほんの一言「見ごたえのある試合を頼みます」と言って、職員用のテントに引き下がった。今は西先生と羊羹を食べていらっしゃる。良いご身分なことだ。


 ラジオ体操を終え、クラスのテントに退散していると、入場門に向かう久遠さんを見つけた。

 彼女は昨日、ついに単身で弁当の調理に成功したらしい。今朝出来上がった弁当の写真と共にメッセージが送られてきた。あの使われなかった白身魚のフライの冷食は食べられる日が来るのだろうか。


「お昼どうします?こっち来ます?」


「うん……それで、一緒に外で食べようかなって」


 久遠さんは指先を胸の前で弄びながらそう言った。夏場の外は地獄なのではと思ったが、今日は割と日差しも弱く風もある。体育館近くのベンチが日陰になっているということもあり、久遠さんはそこで食べる腹積もりのようだ。


「良いですねえ、青春じゃないですか」


「なに老け込んだこと言ってるの。あと、その髪型似合ってるわよ、可愛い。それじゃ、私召集かかってるから、後でね!」


「あーい、また後で」


 林さんに急かされる久遠さんを見送り、オレはテントに戻った。オレ達の並べた椅子に影を送ってくれるはずのテントは、日の傾きのおかげで男子たちを守っていない。じりじりと肌を焼く日差しに彼らはうめき声を上げていた。競技が始まりさえすればやかましくなるだろうが。


「一種目目なんだっけ?」


 由佳はうちわを動かしながら言った。


「借り物競争だって。誰出るんだろ」


「借り物なら野球部の西出が体力温存のために出てたよ。後は皐月と桐野さん」


 足が馬のように速いいがぐり頭と、走っても早歩きくらいの眼鏡女子、ぽやっとした楓とは違うタイプのお姉さん女子の姿が思い出される。

 西出はともかく、残りは走るのが絶望的に遅いので、オレはせめて簡単なお題に当たるように祈っておいた。


 しばらくすれば、威勢の良い行進曲と共に駆け足で出場者が入場してくる。奇をてらって馬面の被り物をしていたりする人がいるが、あの人が借り物になるのではないだろうか。

 仮装をした人たちを眺めていれば、列の中にクラスの子たちを発見して皆で手を振った。西出は使いもしない力こぶを見せつけて場を沸かせている。お祭り騒ぎになってきたところで、第一走者がスターターピストルの火薬の音と共に走り出した。

 ゼッケンの色で紅組か白組かに分けられた生徒たちは、入り混じりながらお題の入った袋を拾い上げ、次々に客席に走っていく。「髪の長い人」や「イケメンの先生」といったお題が続く中、「ギャルのパンティおくれ」などという迷お題すら現れ、グラウンド全体が熱気を帯びてくる。ちなみに迷お題を引き当てた柔道部の上級生は、同じクラスのサッカー部のジャージのズボンを強奪して失格していた。


 第二走、三走と盛り上がりを増していく中で、一部の男から指笛が鳴った。


「おわ、すごい人気」


「美人は得するよなあ」


 由佳と呑気に語らいながら見つめる先には、みんなの憧れ柊先輩が立っていた。

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