お前を意識するものか
時間の流れがおかしかったので、久遠さんが菊池君に話しかけて何もできなかった期間を二週間に伸ばしました。彼女の奥手ぶりに拍車がかかっております。
あのさ、というオレの声は、幸か不幸か話し声の間を縫って、声量以上に大きくみんなの耳に届いたようだ。みんな一斉にオレを見た。
「どしたの、空?」
楓は少したじろいたオレを見て言った。
ふと、彼女の口にした「自分の気持ちを考えてみたら?」という言葉が思い出された。
「……男を好きになるって、どういう感じなんだ?」
そう聞けば、四人はこぞって身を乗り出した。
「「「「詳しく」」」」
「そ、そんな息を合わせなくても……」
オレは「止めとけば良かったかも」と、少しばかり後悔した。
だが、今のままで青山と顔を合わせて、平静でいられる気もしない。これも全て勝山のせいだ。オレはかつてないほど幼馴染の顔に怨念を送った。
「いや……勝山に、その……女の子っぽい顔してる時があるって言われて、もしそうなら、何でなんだろうなあって」
「えぇ〜!恋、恋なの!?ちょっとワクワクするね!」
何故か林さんが一番テンションが高い。オレが噂の元男だといった時もひっくり返って驚いていたし、そろそろこの大袈裟なリアクションにも慣れるべきかもしれない。
「大丈夫。健全な精神は健全な肉体に宿る、って言葉もある。空は女の子、乙女心が芽生えても、おかしくない」
詭弁である。皐月は手持ちの文庫本を撫ぜた。きっと恋愛小説である。
「待てってば。オレは別に恋は……してないと思うし、そもそも、女の子が好きな相手にどう思ってるのか気になっただけだ。実際どうなんだよ、楓とか、どう思ってんの?」
「え。私?」
楓に聞いてみれば、彼女は意外そうな顔をした。少し照れている様子だ。余裕綽々とした彼女も、色恋沙汰には弱いらしい。
「うーん……好き……じゃあ分かんないよね。やっぱり、一緒にいたいな〜とか、私の事知って欲しいな〜とか、優しいな〜かっこいいな〜とか、かな?」
彼女は頬をぽてぽてさせながらそう言った。周りも彼女の言葉に感心していると、楓は「もういいでしょ!これが私の気持ち!」と、強引に話を打ち切った。
「……で、これを聞いてどう思うのよ」
「どうって……」
オレは、誠に不本意ながら、青山に抱く友情の正体を考える。
青山は、優しいやつだ。
オレがだいたいふた月前に女に変わって、環境がガラリと変化するなか変わらず接してくれた、恩人とも言うべき男だ。
正直、女になってからというもの、彼とはかなり仲良くなったと思う。不定期だが、よく弁当を一緒に食べたり、移動教室とかに行く時でも並んで歩く。青山と話すのは馬が会うのか素直に楽しいし、あいつは寡黙なナリをして気さくなやつだ。もっと色々話したいと感じている。
オレが困っていたりすると手を貸してくれるし、生理で無防備になってしまった時も、変な手出しはしなかった。律儀で頼もしいやつだとも思う。
……。
「……ぁ、あぐぅ……まずい……」
「え、どしたの、空?」
……似ている。
オレがあいつに感じている友情と、楓が勝山に抱く好意が、似ている。
ダメだ。ありえない。オレは元は男であるのだ。
「……いや、なんでもない。やっぱよく分からんわ。久遠さんもそんな感じなわけ?」
はぐらかしてそう聞けば、久遠さんは顔をみるみる火照らせた。
「……心臓が苦しくて…………し、子宮が疼くわね……」
「……っあ、あぁ、そう」
オレはこれを聞いて、幾ばくか安堵した。そんな感覚に陥ったことは無い。というか、久遠さんはいつもそんな風になりながら菊池を見つめていたのか。人は見かけによらないものだ。
「ま、空もそういう相手を見つけられたらいいね〜」
楓はそう言って笑った。
「志龍さん、悩んだら相談に乗るわよ!」
そして久遠さんは、自分も恋愛相談に乗るからとサムズアップした。彼女はこのアクションが気に入っているらしい。
オレは、明日また会うであろう青山のことを考えて、不安感を拭えなかった。
きっと、彼とは友達だ。
ーーー
体育祭前日、それは体育祭予行という、さっさとすればほぼ半日で家に帰ることの出来る日だ。
全校生徒が朝から体操服に着替え、グラウンドに集合する。
体操服と言えば、オレは遂に女子更衣室で着替え始めている。きっかけは後藤さんと分かりあったことだ。クラスの大概の女子が、「志龍さん、もう別にいいから」と言ってオレを更衣室に引きずり込んだ。
更衣室では、非常に眼福な状況が続いたであろう、そう思うのも無理はない。
しかし、オレにそんな余裕は無かった。深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ。オレは女子からボディーチェックを受けまくり、情けない悲鳴を上げ続ける痴態を晒した。そのことを青山に言ってみれば、「……俺にどうしろというんだ」と音を上げさせ、素直に反省した。
ちなみに、結局女子の薄着を目にした感想はどうなのかと聞かれれば、オレは自分のものと比べてどうかとしか見れていなかった。諸君、枯れ木と笑うことなかれ。なにせ自分についているのだ。競争意識が生まれない方がおかしいのである。
さて、話を戻そう。今オレはグラウンドにいる。何故かはさっき言ったように、体育祭の予行のためである。
クラスごとに支給されたテントの影に隠れつつ、オレ達は予行の終了を心待ちにしていた。
「あっつ~……まだ三種目目とか信じられない」
隣で麦茶をがぶ飲みにする由佳が言った。
オレと由佳はくじの成り行きで出場種目がだだ被りなので、自然と一緒に行動している。今流れを確認されている競技はムカデ競争で、楓や紬が出場している。身長の関係で楓と後藤さん、紬と皐月に別れているが、どっちが勝つかで明日の弁当のおかずを賭けた。オレは楓と後藤さんに賭けている。
「椅子も無いし、予行って面倒だなぁ。……あ、ムカデ終わった」
出場する生徒の列がぞろぞろと退場門へとはけてゆく。体育の教師が列の横から急かすように手を振っているので、段取りが大変なのだろうなあとぼんやり考えていた。
「おい志龍、お前工程表持ってる?」
いつの間にやら後ろにいた勝山が言った。予行の時点で体育祭の日程が書かれたプリントは配られていて、オレはそれをポケットに忍ばせていた。
「おう。えーと、次は短距離走予選だから、今召集かかってんのは障害物競争だな」
「あー、俺召集だ。サンキュー助かった」
「おう、ジュース一本な」
「高すぎだバーカ」
軽口をたたいて入場門の方へ走っていく勝山を見送ると、短距離走の予選に出る奴らがグラウンドに出てきていた。
三学年がごちゃ混ぜになるそのレースは、男女部門どちらも激戦が繰り広げられる。
そんな短距離走に出るのは、うちのクラスだと菊池、青山、野球部の西出だ。青山は身長で選ばれていた。
なんとなーく彼らの姿を探せば、青山は背が高いのですぐ見つかった。菊池と西出らと談笑している。
……なぜオレはわざわざ青山を探してるんだ。我に返ったオレは何も無かったことにして、膝に顔を埋めた。
「どしたの、具合でも悪いの?」
由佳は少し気にしたように言う。
「何でもない。気の病だ」
「まーた変なこと言ってさ。まあいいけど、困ってんなら話くらい聞くよ?」
「……あんがとさん」
実のところ、腹を割った話というのは由佳相手が一番話しやすい。初めて女になったオレに話しかけてくれた友人は、オレの中で特別な立場に押し上げられている。
さて、後になって相談は持ちかけることに決めれば、オレの出る競技の招集が始まった。
オレは午前は由佳と出る二人三脚のみの出場で、午後も棒引きという競技しか出ない。体育祭というよりもテントでの納涼祭になりそうだなと思いながら、オレはレモンの蜂蜜漬けでも持ち込もうかと考えていた。
隣の由佳が「意識あるか―?おうい」と頬を突いてくるので、オレは慌てて入場門に歩き出した。
もっとだらんとした日常パートが書きたいので、体育祭後はそれにします。




