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男子やめました  作者: 是々非々
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激震、お前の昼ごはん

勝山くんとの会話が書きたかった話。

 その日、我が愛すべき学び舎星ノ森高校一年生教室群に激震が走った。

 ことの発端は、昼休みに久遠さんがオレたちの教室を尋ねたことにある。休み時間も半ばにさしかかり、昼食を食べているやつもいなくなるような時に、彼女は一年二組に襲来した。

 頬を赤らめ、何か狙いがあるのか鋭い目をした彼女は、一瞬オレたちを一瞥し、そのまま菊池が座る席にまで詰め寄った。


「な、なにかな、久遠さん?」


 昨日よく分からない切り口で別れられた彼女に詰め寄られ、菊池はしどろもどろになっていた。


「――たっ」


「た?」


 久遠さんは何かを言いかけ、すぐさま目を右往左往させて狼狽える。

 菊池が聞き返せば、彼女は今度はハッキリと菊池の目を見つめた。


「体育祭の日……お弁当作ってくるから、持ってこないで」


「……え?」


 菊池の戸惑いを含んだ声がやけに教室に響いた。

 この状況は、言うなれば女子の告白シーンをみんなで鑑賞しているようなものであり、かつそれが非常におモテになる二人の間で行われたのだ。二人の噂は握りこんだたまごアイスの如く噴出した。


「久遠麗子、菊池蘭丸に陥落す」


 この一報は我がクラスから不埒者へ、不埒者から一般庶民へと伝播してゆき、校内でも屈指の美人が売り切れ必至であるという情報は、ものの数日で知れ渡ることとなる。

 久遠さんのこの異様な扱いは、女優デビューを飾った高校生みたいなものだ。服飾メーカー社長のご令嬢たる彼女は、なんでも自社のモデルもしたりするそうなので、その扱いは正当なのやもしれない。


 そんなことはさておき、菊池は久遠さんに「た、楽しみにしておきます!」と威勢の良い返事を送り、久遠さんは嬉しそうに「うんっ!」と頷いた。

 その晴れ晴れとした笑顔に、オレは恋はここまで人を夢中にさせるものかと感心した。


「――志龍、お前何か知ってるだろ?」


 久遠さんが上機嫌で帰った後、菊池はオレに言い寄ってきた。久遠さんは別れ際に豪快なサムズアップをオレに向けてきたので、何か勘繰らない方がおかしい。

 はぐらかしてももはや何にもならないので、オレはファミレスでの守秘義務を一部破ることにした。


「まあ、ちょっと久遠さんに頼まれてね。どうだい菊池、満更でもないだろ?」


「お前の入れ知恵かよ……いや、正直久遠さんに好かれてたのは嬉しいけどさ、なんかさ」


 オレが(そそのか)したとでも思っているのか、菊池は微妙な顔をした。

 しかし、オレはそこまで無粋な女ではない。


「オレは背中を押しただけで、久遠さんは本気でお前が好きなんだよ。菊池がどんだけ本気かは分からないけど、体育祭までに考えといたら?」


 そう言えば、菊池は微妙な顔を苦笑いに変えた。


「……考えとく。そっか、久遠さん本気なんだな」


「あ、お前気軽に考えてたな」


 久遠さんの熱は凄まじい。近くに行けばしなびて奥ゆかしくなるが、それこそ遠目で眺める限りは、延々と彼の姿を追っている。

 どこに惹かれたかと問えば、「サッカーしてる時がかっこいい」とだけ答える。言うまでもなく一目惚れだが、彼女は既に菊池の内面をも巻き込んで惚れ込み始めた。話すことの成果である。

 そんな彼女の気持ちは軽々しく扱って良いものではない。


「だって久遠さんだろ?すげえモテてるし、彼氏くらいいると思ってたから、どういうつもりなのか分からなくてさ。一回一緒に出かけてどう思われてるのか確かめようかとも思ってたんだよ。俺含めて」


 ということは、昨日の「もし良ければ」の続きは、遊びに行こう、らしい。

 なかなか焦らすなぁと思ったが、思えば二人の関係は二週間しか存在しない。

 まずは友達から入るべきじゃないか?という古い考えを持つオレは、そのスピード恋愛に恐れおののいた。


 ーーー


 その日より、久遠さんは自ら菊池に話しかけるようになった。もはやオレの手伝いは必要無くなった。子を見守る親鳥の気分である。

 しかし、久遠さんとの関係は変わらず続いている。始まりは単なる恋愛相談であったのだが、今や友人のひとりに数え上げられているのだ。昼休みはオレの方から彼女のクラスに行くこともあり、交友が一気に広がった心持ちだ。


 「な?友達できたろうがよ」


 「……できたなぁ、たんまりできたわ」


 したり顔の勝山に腹を立てつつ、オレは首肯した。女になって初めて登校したあの時、勝山は気楽に友達ができると予言したが、オレはそうはなるまいと思っていた。

 しかし、今や男だった時の友達からの反応も落ち着きを取り戻し、数多くの女友達も増えた。

 目立たぬ地味メンから華のJKに転身した気分だ。


 コンビニで買ったアイスを舐めつつ、オレはしみじみとした。

 勝山はケラケラ笑う。


 「ま、良かったよな。楓のやつに頼んどいて良かったよ」


 「え、お前が口利きしてくれてたのか」


 オレは初めて楓が勝山に頼まれてオレに話しかけていたことを知った。昔から、こいつはこういう所で気が回る。夏生の手作り弁当を持たされた日に、こっそりと胃薬を渡してくれたことは忘れない。


 「まあ、あいつが何かする前に柏木とかが絡んでたみたいだけどな……どした?」


 「……い、いや、なんか気を使わせてたかなって」


 もしかすれば、オレと付き合うのは本意ではないかもしれない。そう思っていると、勝山はオレにデコピンした。


 「――だっ!?」


 「バカヤロー、お前自己評価低すぎ。女になって妙なとこで尻込みしやがって。楓のやつも、お前が嫌ならすぐ関係切るっての。俺の彼女見くびんな」


 「……ほんとに、大丈夫なんだな?」


 ハッキリ言い切る勝山に確認すると、勝山は大仰に頷いた。


 「おう。自信持てって、お前面白いやつだからさ。だから友達もできたし、楓もずっと絡んでんだろ」


 「……そーかもな」


 そうなんだよ、という勝山の笑い声を聞き流しながら、オレは気の置けない友人の勝山に、やはり親友とはこいつのことだと確信を深めた。

 が、親友ゆえに立ち入った話も生じる。これは古今東西共通のものだとオレは思う。


 「ところでよ、お前青山とできてんの?」


 「――バッカじゃねえの!?お前まで何言ってくれてんだ!」


 こいつが一番オレの男の部分を見てきたであろうに、まさかこいつに青山との仲をからかわれるとは思わなかった。


 「いやよお、俺の親友が女になってしばらくしたらよ、すげえ女っぽい表情浮かべてんのが新鮮でよ。鏡とか見た時意識とかすんの?女だーとか」


 勝山は口角を吊り上げたままそう言った。

 昔からのクセである、オレをからかう表情だ。

 実を言うと、鏡を見た時などは違和感など無く、むしろその日の髪型を気にするくらいには順応している。しかし、表情までとは……。オレは日頃の自分の顔を思って頬をこねくり回した。


 「そ、そんなに?正直、オレはもうこれを自分の顔って思ってるが」


 「おう、すげえ女っぽい時がある。特に青山と飯食ってる時とか、こいつ好きなんじゃねえかってくらい表情明るいぞ」


 そんなこと、全く自覚が無かった。オレは照れやら焦りやら驚きやら分からない心境になる。


 「へぇ!?ん、んなバカな。あいつとは……友達同士だぞ?」


 「んなこと言ったってなあ……。ほら、最近久遠さんが菊池に絡んでるだろ?あれ、あんな感じの顔」


 「あんな感じって……」


 そんなの、完璧に恋する乙女ではないか。

 オレが呆れるほどふやけたあの顔に、まさかオレ自身がなっているとでも?だから女子たちもからかってくるのか?

 というか、オレは青山に恋などしていない。確かに信頼はしているが、それはあいつの人柄に惚れ込んでのことだ。ん?惚れる?この惚れるは男女仲か、はたまた人付き合いか。付き合う?


 「おいおい、んな百面相浮かべんなって。俺はいいと思うぜ、女になったんだし、ありえない話でもないだろ」


 「あっりえねーよ!!」


 あぁ、勝山と話していると、こういうからかいが遠慮無く来るからタチが悪い。

 こいつにも、そういうところに触れない青山くらいの紳士ぶりを期待したいものだ。まあ、こういう所を含めて居心地が良いのであるが。

 オレは、今頃竹刀を振り回している青山のことを思い返しながら、久遠さんから送られた料理の写真に批評を送り付けるのだった。

 勝山は躊躇いなく「夏生ちゃんの料理か?」と言っていたが、すぐさま訂正した。

 久遠さんはそこまで筋は悪くない。

次は久遠さんの料理です。

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