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男子やめました  作者: 是々非々
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気持ちとは、かくあるべし

青山君が良い人で想定以上に長くなりました。

 時間は既に19時を回っており、特に練習の厳しい野球部などのクラブ以外は活動が終わるような時間になっている。体育館内を見回せば、本当に限られた人数と顧問教師しかいない。きっとあれは自主練か何かなのだろう。青山という男の剣道における実績は、こういった姿勢から生み出されているものに違いない。


「あ。青山君じゃん」


 オレを追ってきたらしい楓の声が背後から聞こえた。足音がするので、他に何人か来ているのだろう。

 しかし、オレは振り向くよりも青山のこの試合を見てみたかった。特に狙いとか、明確な動機とかがあるわけじゃない。ただ何となく気になっただけなのだ。

 竹刀の先を打ち鳴らす様子を、オレは食い入るように見つめた。


 視線の先では、いくらか竹刀が打ち鳴らされているが、膠着を保った試合が続いていた。

 そして、相手が突如動き出す。先ほどまでは細かく前後に移動していた足を一気に踏み出し、後手に回った青山と鍔迫り合いに持ち込んだ。青山は少し押されたように身をそらすが、すぐさま雄たけびを上げて相手を押しのけ、竹刀の先がぶつかる位置に下がる。

 今のは有効打ではないのかと、旗を持つ顧問を見たが、どうやら違うようだ。

 一拍置き、またしても探るような見合いが続く中、またしても動いたのは相手の方だった。先ほどよりも勢いのある踏み込みにより、目にも止まらぬ鋭い一閃が上段から振り下ろされる。しかし、青山は受けるなどしなかった。青山も相手同様に前に出たかと思えば、相手の上段からの振り下ろしよりも早くに、相手の脳天に竹刀を叩きつけていた。


「一本!」


 場にいた剣道部員たちから感嘆の息が漏れる。青山は何事も無かったように一礼を終えると、面を取ってその上気した顔を晒した。

 普段の物静かな彼とは思えないほどの雄たけびを聞き、正直人違いかとも思っていたが、出てきたのは間違いなく青山だった。激しく動いたからか頬を赤く染め、満足げに微笑んでいるその姿は、いつもの彼とはまた違った趣がある。


「うへえ、やっぱ青山君って強いんだね。……空、どしたの?」


 由佳さんが感心したような声を上げた。


「いや……なんか、満足だ」


「??」


 オレは今の心情をそうとしか言えない。試合が気になって、最後まで見て、知り合いが勝ったのだと確認した。これで満足せずして何だというのだ。

 そう思っていると、換気のためにか空いていた窓から話し声が漏れ出てきた。


「――しかしまあ青山とやるのは疲れるわ、気迫が何のって」


「――そうか。まあ、俺もだいぶ疲れたがな」


「――言ってろ」


 どうやら青山は疲れているらしい。少しカバンが重くなったように感じた。


「空、どうするの?仲直りしたい青山君、疲れてるみたいだけど?」


 楓がオレの顔を横から覗き見つつそう言った。


「…………ちょっと、行ってくる。疲れてるらしいからな」


 この女子たちにいじられるのは不服だが、確かに青山とは仲直りしたい。幸い、疲れに効くらしい差し入れは持っている。これを片手に話しかければ、会話の糸口としては上等だ。そのうえで、今まで利用していたことを謝ろう。そうすれば、この気まずさもマシになるはずだ。


「んー、行ってら。私ら先帰っとくから」


「え、ちょっ」


 そう決心していたら、楓は先に帰ると言って他のみんなと靴箱の方に歩いてゆく。


「またね~空、頑張って」


「ん、それじゃあね、志龍さん」


 口々にそう言っては楓の方に皆行ってしまい、オレはポツリと残された。

 オレの思惑とは違う方向に話が流れてしまっているような気がして仕方がない。だが、事態がすでに動いてしまっているし、呆けていては青山が帰ってしまうので、オレは急いで剣道場の方へ駆けた。


 運動部には、全てではないが更衣室が備え付けられていることがある。剣道部は限定的な更衣室持ちであり、防具を置くプレハブが体育館の脇に設置されている。その近くに更衣室はあるが、それは女子専用であり、男子は廊下かプレハブにほど近い半野外の渡り廊下で着替えることになっている。熱の籠る剣道場は好きじゃないと、前に青山が言っていた。

 さて、そんなことは頭の片隅に追いやられ、オレは早足で剣道場に向かっていた。曲がり角から談笑する声が聞こえてきたので、急ぐ足を速め、勢いよく飛び出した。


 ――そして、失敗したと悟る。

 曲がった先は剣道部男子たちにとっては一時的な更衣室であり、非常に布の薄い状態でたむろしていたからだ。言うなればパンイチである。


「うおぅっ!」

「ぎゃあっ、女子!」

「あぁあごめんよっ、別の廊下で頼む!」


 と、一様にこのような反応を示した。オレはとっさに出てきた壁に引っ込む。

 元男であるというのに、男子たちの薄着の痴態を見て罪悪感を感じていた。久しぶりだからであろうか。


「――ご、ごめんなさい。あの、青山君いませんか?」


 おそらく奥の方にいたように見えたのだが、なにせすぐに引っ込んだためにはっきり見ておらず自信がない。そう聞けば、「おい青山、女の子が呼んでんぞ!」「色男め、色を分けろ!」「そいつには黄土色でいいぞ」などと言った会話が聞こえ、そして青山が曲がり角までやってきた。


「――……こんな時間まで、何してんだ?」


 久々に面と向かって対峙する青山は巨大だった。制服ではなく道着を纏い、いつもよりも強調されたたくましさは、やんわりと華奢な自分とは大違いだった。

 頭上から降ってくる言葉に構わず、オレは少し驚きを鎮めるために黙っていた。もしかすれば、今まで話さなかったことや、オレと距離を取っていた青山の時間をわざわざ使わせてしまった引け目も感じているかもしれない。とにかく、オレは落ち着くために二、三回深呼吸した。


「――友達に付き添ってたんだ」


「……そうか。お疲れ様。で、何か用か?」


「ぁ、うん、そう、用」


 これは用事だろうか?せめて着替え終わるまで待っておけばよかったかもしれない。しかし、後悔しても遅い。既に青山を呼び出した後だ。


「そうか、じゃあ、聞かせてくれ。俺も少し言いたいことがあるからな」


「う、うん。えと、こんな時間まで部活してて、疲れただろ?これ、良かったら食べないか?……余りものなんだけどさ」


 そう言って、カバンから夏生のために取っておいたレモンの蜂蜜漬けを取り出した。残る量に対してタッパーが大きすぎ、大層不格好になっていた。

 青山はしばらくタッパーを見つめる。


「……えと、疲れてなかった?」


「いや、疲れてた。嬉しいし、ありがたいよ。食ってもいいか?」


「おう、存分に食ってくれ」


 オレがそう言えば、青山は律義に「いただきます」と言って、残り物のレモンを頬張った。大きめの切れ端を豪快に一飲みにするのは見ていて爽快ですらある。オレは口に合うものかと思案した。


「美味い」


「そっか、良かった」


 やはり誰に言われても、料理を褒められるのは嬉しいものだ。隠れ趣味などにせず、もっと振舞っていても良かったなとしみじみ思った。

 そうのほほんとしていると、青山は残りをすっかり平らげ、オレを見ているのに気が付いた。


「ありゃ、もう食い終わったか。お粗末さん」


「ん。……志龍は、俺のこと嫌ってたんじゃないのか?」


「へぇっ?」


 突然の質問に、思わず素っ頓狂な声が出た。オレが青山を嫌っている?むしろ、遠ざけたのは青山の方ではないのか?


「いや、嫌ってなんかないけど、むしろ、青山が急にオレを遠巻きにしてたじゃんか」


「……志龍こそ、急に他人行儀になってなかったか?俺はてっきり……保健室のあれで、嫌われたのかと」


 なるほど青山は、保健室でオレがへそを触らせた上でセクハラ被害にあったと憤慨しているのだと勘違いしているらしい。不運にもオレが青山を利用していたことを気に病みだしたのと時期が重なり、すれ違いがひどくなったようだ。


「そんなわけないだろっ!あの時のことは、ホントに感謝してる。怒ってなんか無いよ、楽にしてくれてありがとな」


 誤解を解くために精一杯の笑顔を向けると、青山も口角を吊り上げた。


「……そうか、良かった」


 青山からの誤解も解けたところで、オレは本題に入らねばと気合を入れた。青山自身は気にしていない風だが、オレはどうしても謝りたいのだ。


「……あのさ、青山」


「あぁ、どうした、志龍?」


 いつものように話せば、いつものように返事が来た。ほんの二週間ぶりだが、オレはそれが嬉しく感じられた。


「今までさ、青山は女になったオレでも気にせず接してくれてたじゃん」


「あぁ、そうだな」


 やはり意図したものだったらしい。すっとぼけられたら天然だと思うが、青山は思慮深いやつの方らしい。底抜けに優しいやつだと思う。


「オレさ、そんな青山に甘えてさ、色々愚痴ったりとか、全然関係ないこと勝手に相談してさ、その、すごい、申し訳なくなったんだ」


「……申し訳ない?」


 青山は意外そうに声を裏返したが、そういうところが優しすぎるのだと思う。当たり前のようにしてくれるが、いきなり女に転じたやつにそう接することができるのは限りなく少数なのだと実感している。


「うん。この一か月間、変わらないでいてくれた青山に甘えててごめん。全然話とかしてなかったのに、馴れ馴れしい真似しちゃってごめん。もし何も思ってなくても、これだけは受け取って欲しいんだ」


 オレは頭を下げた。もう二度と上げられないんじゃないかというほどに、頭が重たい。顔向けできないという言葉は、きっとこういう時に生まれた言葉なのだろう。


「……あぁ、分かった。志龍が謝るなら、俺は許すよ」


「……ありがとう」


 ダメだ。この先何を話せばいいか分からない。これからこんな空気感で、今日あったことなんて話せるか?雑談なんて許されない雰囲気だ。重くしたのはオレ自身だが、重みのせいで頭が上がらない。

 そんなことを考えていると、頭上からまたも声が降ってきた。


「だが、俺は不満だな」


「えっ?」


 そんな言葉に驚いて、オレは頭を上げた。片眉を上げ、口をへの字気味にした青山がいた。


「志龍、好意とは受け取るためにあるものだ。好意を向けるってことは、お前はもう俺の友達だったし、そんな友達に好意を迷惑なんて言われて、不満に思わないやつがいるもんかよ」


「あ……え……?」


 もう友達だった?ただのクラスメイトと思っていたのは、もしかするとオレの方だけだったのだろうか?


「だから、謝られて許すのも当然だし、こうして怒るのも当然だ。志龍、お前は俺のなんだ?」


「――とっ、友達、です……?」


 そうありたいです。そんな思いでそう言えば、青山はニヤリ(元が無表情だからそう見える)と笑った。


「あぁ、だから迷惑だなんて思ってくれるな。当たり前のことだからな。……ちょっと待っててくれ。着替えてくるから」


「へ、あ、うん。待ってる」


 青山は頷くと、さっさと剣道部員たちの方へと行ってしまった。

「告白でもされたかよ!」とか言われているのに「友達だ」と答えては、「まずは友達からってか!」などと叫ばれていた。訂正したいものだが、白熱する青山いじりの声量に勝てる気もせず、大人しく彼を待った。

 青山は早々に着替えて来た。いつもの装いになった彼は、ほのかに制汗剤の香りを漂わせている。


「悪いな、待たせて」


「いや、待ってないよ。じゃ、帰ろうぜ」


「最近明るくなってきたが、遅いからな。家の近くまで送る」


「え、いや……うん、ありがとう」


 青山は友達だ。そして、友達からの好意は受け取るものだ。

 オレは青山と、久しぶりに他愛ない話をしつつ帰宅した。


 その後夏生からレモンをせがまれ、全部食ってきた不徳を糾弾されたのは苦い思い出となった。

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