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男子やめました  作者: 是々非々
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見せろ女子力、試すは胆力

ユニークアクセス1万ユーザーを突破しておりました。

中々ニッチなジャンルなのではと狼狽えていたのですが、とても嬉しいです。ありがとうございます。

追記:ごめんなさい、時間の流れがおかしかったので、久遠さんのアピール期間を二週間に変更しました。

 さて、学校中の男子の憧れである久遠麗子さんが、その意中の相手である菊池蘭丸に話しかけるようになって二週間が経った。


 二週間も経ったのか、なら進展はあったのか?

 そう思うのは無理からぬ話である。しかし、そんなに成果を急ぐべきではない。久遠さんという女子の純粋さ加減は、もはや年端もいかぬ幼児ともつかない初心っぷりだった。


 面と向かっての挨拶も未だ赤面を隠しきれず、廊下ですれ違えば変に意識している為に、声をかけこそすれ小走りになって駆けてゆき、いっそ菊池が「すれ違うたびに逃げられる」とボヤいて部活に行けば、途中で「が、ががんばってね」などと言う始末。そう、初日と何ら変わらぬ状態のままに二週間が経過したのだ。

 流石にこのままでは、彼を落とすのに一年あって足りるかわからない。久遠さんには無理矢理にでも次に進んでもらうことにした。


 「……差し入れ?」


 「差し入れです」


 差し入れである。やつ個人に。

 昼休みの廊下にて、オレは久遠さんに提案した。


 久遠さんとしては、菊池に話すだけでも大冒険をしている気になっており、現状で満足している雰囲気がある。

 確かに一歩を踏み出すのは偉大なことであるが、そのまま足踏みしていても進歩はしない。

 なので、もう一歩踏み出してもらおう。


 「差し入れって言っても色々あるけど、空は何差し入れる気なの?」


 楓が聞く。


 「そうだな……菊池は運動部だし、ベタな気がするけどレモンの蜂蜜漬けとか?」


 先週の少年誌の新連載の漫画で見た。あれなら簡単に作れるし、運動部の菊池に差し入れても問題ないだろう。

 オレがそう言うと、由佳と紬は揃って声を上げた。


 「「私も欲しい!」」


 「ハモるな!……なんでオレを見る」


 「空は料理できるんだよね?」


 由佳が一歩前に出る。


 「私も由佳も、練習はサッカー部より早く終わるんだよな」


 紬も由佳に肩を並べた。

 そして無言のままにオレを見つめる。この友達同士特有の、断られることを考えてもいない独特な無言の圧力は、オレが耐えるのは厳しいものだった。


 「……あ、でも、私今まで果物とか切ったこともないけど、大丈夫?」


 「……オレが作ってくるから、それ差し入れましょうか」


 久遠さんの一言でオレは陥落した。

 男子としては、気になる女子の手作りに燃えるものがあるだろうが、見てくれは女子のオレで代替して貰おう。

 オレは帰りにいくつかのタッパーとレモン、蜂蜜を購入して帰った。一応メッセージアプリで久遠さんに作り方を送り付け、練習しておくように釘を刺すことも忘れない。

 「分かった」と返信が返ってきた十分後、オレがせっせとレモンを切っている頃に、「ゆびきったいたい」とひらがなばかりの返信が返ってきたが、どうしようも無いので「無理はするな」としか返せなかった。


 ーーー


 久遠さんが菊池にアプローチをかけてより二週間。この二週間で、菊池は今までにないほど久遠さんを意識しているらしい。万場に当てにならない恋愛相談をしている風であったし、女子とのコネクションを持つオレにも、久遠さんに好きな人がいるとかの話は聞かないか?などと聞いてきた。知らないの一点張りだが。

 玉砕覚悟でも久遠さんに仕掛ける気になってきている証拠である。

 部活に集中したいからって断っていたのは何だったのだ。そう聞いてみれば、「……く、久遠さん、いつもと違う雰囲気になってて可愛いんだよ」と言ってきた。「色男め、面食いか?」と冷やかせば、「気になったんだから仕方ないだろ」と拗ねられた。両片想いというやつが成立していることには感銘を受けた。


 じりじりと久遠さんの恋が熱を帯びていくそばで、オレと青山の友情ともつかない関係は急速な冷めを見せていた。正直話したい気持ちが強いが、気まずさが先行して目も合わさなくなった。青山に罪悪感を感じているのもあれば、彼がやんわりと取るオレを遠ざけるような態度に遠慮をしてしまっているのだ。


 残念だが、ちょっとしたことから疎遠になることなんて、クラスメイト同士であっても珍しくない。オレは辛くなくなるまで我慢することにした。


 さて、そんなことはさておき、今は久遠さんである。

 久遠さんはいつものように菊池を見送った後、帰るでもなく学校に残り、放課後の教室でオレと皐月との大富豪に興じている。これで四連続で最下位である。


 「うぅ……緊張する……」


 その敗因はこれである。彼女は極度の緊張から集中できずにいた。


 「上がることない、大丈夫」


 皐月は2を二枚出しながら言う。


 「だってぇ……菊池君に渡しに行くって考えただけで……部活終わるまで待ってるとか重くない?大丈夫?……パス」


 「大丈夫大丈夫。むしろわざわざ待っててくれるなんてっ!って感激しますって。なんなら今度遊びに行かないか〜とか言われるかもですよ。パス」


 「そうそう。そのまま、いい一日を過ごして、菊池くんが、その気になる。八切り、上がり」


 「げっ……また皐月が一番か。ホント強いなあ。……ま、久遠さんは愛情たっぷりに菊池にこれ渡したら良いですよ。かっこいいとか一言言ってやれば落ちますって」


 半ば無責任な煽りが含まれているが、大方本音である。

 菊池としたって、気になる子からこんな風に労われたら舞い上がってもおかしくないだろう。

 久遠麗子の恋は緩やかに成功に向かっている。後は菊池が本気になるだけだ。


 「……あ、そろそろ由佳とか紬が来ますね。もう出しとこう」


 サッカー部の練習が終わるのは19時頃だ。一方、紬のソフトテニスと由佳の水泳は18時半には終了とのことで、一足先にレモンの蜂蜜漬けを食べに教室に来るらしい。

 菊池に渡すのとは別に、大きなタッパーに詰めた方を取り出した。丸一日漬けたそれは、きっと甘く仕上がっているだろう。


 「……志龍さんって女子力あるのね」


 久遠さんはポツリと言う。タッパーを下から覗き、良い具合に仕上がったそれを眺めていた。


 「まあ、料理系男子でしたからね。これくらいはちょちょいとできますよ」


 昔は母さんから魚係を仰せつかったほどだ。そう腕の悪いものでもない。


 「……胃袋を掴むのだって、できそうね」


 「まあ掴む人はいませんがね。自分の胃でも握っときます」


 女子としては、料理の方でも意中の人を落としたいのだろう。最近では便利なレシピサイトもあるのだし、それを参考にすれば良いと思うが、久遠さんはオレを羨ましげに見ていた。


 「……あの男子の胃は掴まないの?」


 「青山ですか?いやあ、掴みませんね。てか、最近仲悪いし。そもそもオレは元男ですからね〜」


 無理な要素しか存在しない。しかし、久遠さんは半目になるばかりだ。


 「ふぅん……私はいいと思うけどね。性別が変わって、二人を遮るものが無くなり、真実の愛に目覚めるの」


 このお嬢様は浮ついた物語が好きらしい。真実の愛などというむず痒いったらない単語を、憚りなくのたまった。皐月はなぜか同調する。


 「――それ、尊いね。私も、それを推す。空、青山君の方見ては、そらして、悲しそうだし」


 「推す推さないは知らないけど、そういうのはとにかく無理だからな。仲直りはしたいけどさ」


 そんなことを言っているうちに、ドタドタとした足音が近づいてきた。それも二人分。しばらく三人でドアを見守っていると、勢いよく由佳と紬が飛び込んできた。


 「おっつかれさまー!レモン食べに来たよー!」


 「わ、そのタッパー全部そうなの?食べ切れるかな……?」


 「残しても家に食い手はいるから心配しなくていいよ。何ならちょっと残してくれって言われてるし」


 食い手は夏生のことだ。本当は別に取っておいたのだが、さっき「ママが食べてた」とメッセージがきた。なので、オレは少しこれを残して帰らないとならないのだ。


 「んー、なら安心だな。いっただきまーす」


 その後、由佳や紬の部活での話を聞きながらレモンを食べた。甘酸っぱく仕上がったそれは皆から絶賛され、久遠さんは「私もこれ作ってみたい」と、指に巻かれた絆創膏を撫でつつ言った。

 もうすぐ19時になる。久遠さんの大一番だ。


 「――よしっ」


 ところ変わってグラウンド前にて、久遠さんは気合を入れた。途中から合流してきた楓と久遠さんの友達――林さんというらしい――が加わり、大所帯で見送った。とは言っても、話が聞こえるくらいの距離感で待機はするのだが。

 上手く死角に位置するベンチに位置取り、菊池に接触する久遠さんを見守る。


 「――きっ、菊池くん!」


 「あれ!?久遠さん?どうしたの、こんな時間まで」


 「え、えへへ……お疲れさま。疲れてる?」


 「ありがとう……そうだね、今日の練習はちょっとキツかったかな」


 「そっか。えと……あの、だからね、疲れてるだろうから、その、これ、食べない?」


 「…………これは?」


 「れ、レモンの蜂蜜漬け。あっ、でも、私が作ってなくて、私、料理できなくて、友達が作ってくれたんだ。わっ、私も作ろうとしたんだよ!?でもね、指切っちゃって、できなくてね、あの、でも菊池君かっこいいから、渡したくて、あぁもう私もう……」


 「――ありがとう。嬉しいよ」


 「ふぇっ?」


 「久遠さんが俺のことを気にしてくれて、これを渡してくれて、すごく嬉しい」


 「……え、えへへぇ、そう?じゃあ食べてみてよ。これ美味しいから」


 「うん。…………ほんとだ、甘酸っぱくて、美味しい」


 「でしょ?私もこれ作れるようになりたいな」


 「――……ねえ、久遠さん」


 「っ……な、なに?」


 「あのさ、もし久遠さんが良ければ――」


 「――ぁっ……あの、ごめんね、もう時間無いから、また今度でも良い!?」


 「えっ?……あ、あぁ、良いけど」


 「ごめんなさい!でも、菊池君のことはかっこいいって思ってるから!それだけ!じゃ!」


 「う、うん、またね!」


 この一連の流れを聞き、オレは、ひいてはオレたちは揃って首を傾げた。

 なぜ、久遠さんは泣きそうな顔をしてこちらに走って来る?

 明らかに菊池はその気になっていたのに、なにかまずいことがあったのだろうか。


 「な、なんで戻って来てんの?絶対行けたでしょ、あれ」


 「…………私、私の気持ちじゃないもん」


 「はいぃ?」


 半べその久遠さんをみんなで宥めつつ、ベンチに座らせる。

 誰しもが彼女の本音を知るために、落ち着くのを待った。


 「……菊池君、私が自分からあれを渡したって思ってくれた。でも、私、志龍さんに言われた通りにしてただけなんだもん。そんなので告白されるのは、ダメなの」


 「……なるほど」


 久遠さんの言葉は女子連中の心を震わせたらしい。「麗子ちゃん、あんた乙女だよ!」「だよね、やっぱり自分で射止めなきゃね!」「私も彼氏が欲しい!」などと声を上げた。


 「……ごめんなさい。ワガママで。志龍さんは悪くないの。せっかくの機会だったのに、私のせいでごめんなさい」


 「いいって。オレも出しゃばりすぎました。それより、これからどうするんですか?」


 菊池からしてみれば、告白を遮られてしまったのだ。変な勘違いを起こしたっておかしくない。


 「……もうすぐ、体育祭よね」


 「あぁ、来週でしたね」


 ウチの高校では7月の第一週に体育祭があり、9月に文化祭が行われる。期末テスト前に行われるこれは不評なのだが、その分テスト範囲が狭まることもあってか声高に変更が叫ばれることは無い。


 「……菊池くんにお弁当を作ってあげたいの。その時に告白されるかは、分からないけど。でも、私自身の気持ちを、受け取って欲しいから」


 彼女はその両手を胸の前で引き結び、潤んだ瞳で呟いた。その仕草を菊池に見せるだけで首ったけになるはずだが、それを口に出すのは無粋である。


 「……そうですね、きっと菊池も喜びますよ。でも、どうやって作るんですか?」


 そう聞けば、彼女はオレに向き直った。


 「志龍さん、料理得意よね?」


 「あっ」


 今更レシピサイトを紹介できる空気じゃない。

 なんなら楓も「ほう」と呟いた。


 「明日から、料理教室、してくれない?」


 「――良いですよ」


 オレが逃れる術はない。肩に置かれた楓の手に反応し、油の切れた首を回せば、彼女もニッコリと笑っていたし、由佳と紬と皐月は「何が食べたい?」と議論を交わしていた。

 空気が読め、器量のどデカい男を目指す男子諸君、こういう時、断る男はモテないぞ。


 オレが料理教室を開催することはこうして決定された。


 ーーー


 「……あれ」


 「どしたの、空?」


 みんなで連れ立って帰るさなか、オレは体育館の方から音がするのに気がついた。乾いた音が鳴り響いている。


 「――ちょっと見てくる」


 そう言って体育館の窓から中を覗けば、そこは剣道場だった。

 何人かの生徒が中におり、その中央の四角いビニールテープの中では、剣道着と防具を付け、竹刀を構えて見合う二人がいた。

 片方の名前は背を向けられているので見えないが、オレの方を向いている方の名前は見ることが出来た。袴から垂れる防具には、「青山」とあった。

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