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男子やめました  作者: 是々非々
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男心は冬の空

 久遠さんがファミレス中の人々の脚光を浴びてよりしばし、オレは彼女が落ち着くのを待つ為にバニラアイスを注文した。

 ポテトは既に胃の腑に落ちている。一方で久遠さんは腑に落ちていない様子だ。


「……ほ、ホントに?でも、他の男子は告白とかしてきたのに?」


「いやまぁ……なんというか、かがり火焚いても蚊は寄ってきても、カブトムシは寄ってこないと言いますか」


「はぁ?」


 久遠さんはジト目でこちらを見てくるが、久しく肉を食わずに草をはむことに徹する男子ならば共感を得られるものと確信している。

 学年のアイドル久遠さんが近くで笑っている。そりゃあもう男たるもの、目を奪われるか目線を少しやるかくらいはするだろう。過剰な美少女が自分の部活を見守っている。少しばかりでも練習に気合いが入るのは当然だ。

 しかし、だからといって「久遠さん、もしかして俺に気があるのか……?」などと思う男がどこにいるだろうか。まあいるから久遠さんは入れ代わり立ち代わり男をフッている訳なのだが。

 とにかく言いたいのは、そんな消極的な求愛で個人を落とすなど不可能だということだ。


「とにかくですね、オレがそれをされても久遠さんがオレを好きかもなんて思いませんし、菊池だって『誰が好きなんだろうね』なんて言ってましたよ」


「そんなっ!?」


 久遠さんはたいそう驚いたようで、半身をこちらに乗り出して目を白黒させた。

 愛され体質のお嬢様が恋をしてもらうのは苦難の道かもしれない。


「どうして、というか、じゃあ私は何をしたら良いってのよ!」


「いいですか久遠さん、あなたは今、八方塞がりどころか何もしていない状況なんです」


「何もぉ!?」


「第一、久遠さん今まで菊池と話したことあります?」


「……ふぇっ?」


 あまりそういう話は聞かない。菊池と話している時も、久遠さんはどこか「遠い人」であり、なんか可愛い人がいるらしいねくらいの認識だ。

 面識はあるのかと聞けば、久遠さんは顔を真っ赤にして縮こまった。


「……え?久遠さん?」


 なんですかその初心な反応は。

 もじもじとする彼女はファンがいれば、悶絶しながらシャッターを切るであろういじらしさがあった。


「…………はっ、恥ずかしくて話したことなんて、ないわよ」


「…………そうでございますか」


 ハッキリ言おう。菊池は今、無自覚ながらもここら一帯の地域で最も幸せな男であると。

 無自覚にドヒロインを落として回るラブコメ主人公のようだ。想い人である菊池とは恥ずかしくて口もきけないという久遠さんは、目下指をもじもじさせている。


「あのですね、菊池という男子は今まで久遠さんと同じくモテながらも部活に集中したいとか言って告白を受け流し続けたあまり、そういった好意にひたすらに鈍くなった男ですよ?いくら久遠さんがさりげないお誘いなんかしたところで『オレには部活があるし、無理にして嫌がられたらダメだ』とかなんとか言って、恋愛願望があるのに踏み出さずに球を蹴ります」


「…………えぇぇ」


 久遠さんは盛大にがっかりした顔をする。思いのほか想い人がヘタレだったからだろうか。しかし、菊池とはこういう男だ。プレイボーイを気取ったチェリーなのである。彼と幼馴染であるという柔道部の照井は、このことでよく菊池をいじくり倒す。


「というわけで、久遠さんは今度から何か()()()アクションを起こしましょう」


 そう言えば、久遠さんは頬を朱に染め上げたが、否定せずに頷いた。ヘタレ菊池落とす覚悟は決まったらしかった。


「……と、まあこんなところですかね。きっと久遠さんがアピールしたら菊池なんてすぐに落ちますよ。それじゃあお暇しますね」


「えっ!?ちょ、ちょちょちょちょっと!!?」


「な、なんですか」


 一応、義理は果たしたと思うのだが。話を聞いてくれとしか言われてないし、正直協力してもいいが、面識すらなかった相手だし、このくらいで十分な気もした。だが、むんずと掴まれた裾から伝わる力は、まだ十分ではないと告げていた。


「なんですかじゃないわよ!これだけ言っといて、何かしなさいで帰るだなんてあんまりよっ、お願い、協力して!」


「んえぇ……」


 オレはどこかでこうなるだろうなと確信していたが、それでも一縷の望みをかけて席を立とうとしたものの、やはり久遠さんからは逃れられないらしい。ちらっと楓と勝山の方を見やれば、二人でパフェをつついてよろしくやっていた。オレは諦めて席に座りなおした。


「……協力って言うと、なんでしょう?」


 そう聞けば、久遠さんは目を泳がせた。


「……な、何をしたら、菊池君は振り向いてくれる?」


 目を泳がせながらも、菊池に振り向いて欲しいと悩む彼女は、もはや神々しい可愛げを溢れさせていた。もうこの姿の写真と話している内容をメールするだけで落ちると思うのだが、菊池に照れて話すらしたこともない彼女には荷が重いやもしれない。


「ちなみに、久遠さんから告白するのは無しなんですか?」


「無しに決まってるでしょ。私は菊池君に私を欲しがって欲しいの。惚れた弱みを握りなさいってお母様にも言われたし。……それに」


「それに?」


「……もし失敗したらこわいから、ちゃんと私を好きになってから付き合いたいもん」


 オレは絶句した。かの無自覚臆病のチェリーを必ずや落とさねばと奮い立った。オレの目の前には、男をたぶらかし、好みの男性を囲ってハーレムを築き上げているとすら囁かれる「わがまま令嬢久遠麗子」の姿はとうにない。ただ一人の男に恋心を抱く等身大の乙女しか存在していなかった。


「なるほど。じゃあ、今やってるアピールから少し変えていきましょうか」


 乗り掛かった舟だ。もういっそ、オレはこの久遠さんという女の子の恋を、最後まで見守ることにした。

 なんてったって、オレは暇で、まともに恋などできないからである。ならせめて、オレを頼ってくれた彼女と友達の恋は助けてやろう。ちなみに皐月はお断りだ。


 ーーー


「――あら、おはよう。()()()。今日も朝練だったの?おつかれさま」


「えっ!?あ、あぁうん、そう、ありがとう、ございます」


「ふふ、いいのよ。またね」


 翌朝、星ノ森高校の廊下では菊池蘭丸が目を白黒させた。

 かの高嶺の花、久遠麗子という美少女が自分に挨拶をしてきたからだ。そのことに狼狽え、また部活仲間から揉みくちゃにされる彼を見ながら、オレは手ごたえを感じていた。


「ああああぁぁ……どうだった?変じゃなかった?嫌われてない?いいのよ、だなんて偉そうじゃなかった?」


「大丈夫ですよ久遠さん。むしろ菊池には刺激が強すぎたくらいです。見てみますかあいつの顔」


「――むっ、無理!さっきので限界!」


 久遠さんは顔を赤らめてしゃがみ込んでいる。菊池も顔を赤らめてはいるが、こちらの方が限界が近そうだ。


「――これがあの久遠さんの本性なのねえ……」


 隣に並ぶ楓は面白そうに久遠さんを眺めている。


「――尊い」


 そのまた隣の皐月はなぜか合掌していた。彼女の奇行は枚挙してはキリがないのでそうっとしておく。

 ともかく、久遠さんの菊池落としはこうして幕を開けたのだった。


 赤くなる久遠さんを彼女の友達に引き渡し、オレたちは教室に戻った。朝礼前の教室は人数もまばらだったが、来るメンツは大抵決まっている。


「…………おはよ」


「……あぁ、おはよう」


 その中には青山も含まれているが、保健室の一件以来、彼との距離感を感じ、また、オレも変に罪悪感などを感じたものだから、昨日から少し居心地が悪い。


「なに、倦怠期?」


 楓が冷やかす。


「そんなんじゃないって……ちょっと気まずいだけ」


「ふ~ん。いやあ残念だ。結構お似合いかもって思ってたのに」


「ばっ……!オレは元男だっていってるだろ?そんなんじゃないって」


 そうは言っても、楓の表情は崩れない。いつもの優しそうな笑顔の中に満腔のいたずら心を溢れさせた顔は、オレを彼女の手のひらで転がされているような錯覚に陥れた。


「空って分かりやすいんだよ?もっとよく、気持ちを考えてみたら?」


「………ぬぅ」


 勝山と燃え盛るような熱々ぶりの彼女は、きっとその小悪魔ぶりで野生の勝山も手玉に取っているのだろう。そんな悪魔のささやきは、オレの中に小さな燻ぶりを残したように感じた。


「ねえ、空ちゃん。久遠さん、今度はどうするの?」


 皐月は小説にしおりを挟みながら言った。

 突如始まった久遠さんの恋の手助けだが、楓と皐月は妙に乗り気である。なんでも、久遠さんの友達と友達であるらしく、個人的な応援の気持ちが強いらしい。


「ん~、次は――」


 菊池よ、覚悟しておけ。久遠さんは本気だぞ。

 もちろんこの覚悟とは、学校中の一人身たちから狙われる覚悟というやつである。


 ーーー


「――おっ、おつかれさまでしたっ。サッカー、頑張ってください!」


「――あぇ!?あ、うん、ありがとう。頑張るよ」


「そ、それじゃっ!」


 放課後、ユニフォームに着替えてグラウンドに向かう菊池に久遠さんが突撃する。今日だけでも何度も何度もに話しかけられ、恐らく菊池は混乱の極致にあるだろう。

 一方、久遠さんは火照りの極致にある。今の今まで話すことすら照れていた相手に赤らんだ顔で話しまくり、もはやいつもの自信ありげなドヤ顔は消え失せていた。


「ど、どうだった?」


「いいんじゃないですかね。あんな必死に応援されて、グッと来ない男はいないですよ」


「――よ、よかったぁ」


 へなへなと座り込む久遠さん。彼女の友達にも「良かったね」などと励まされ、不安げな様子も薄れていった。


「――あ、空。いいの?来てるけど」


 楓は背にギターを背負いながら言った。彼女はこれから部活である。

 そして彼女が差した先には――


「――あ」


「――……」


 ――青山がいた。いつもの剣道着で身を包み、竹刀を携える部活スタイルだ。


「……じゃな」


「……ああ」


 ぶっきらぼうな言い方になったが、別れの挨拶はする。久遠さんみたく、また前みたいな気軽な見送りの言葉は出なかった。


「あれでいいの?」


「え?うん。良いだろ、別に」


 楓さんは「ふぅん」とだけ言うと、「また明日ね」と言って部活へ行ってしまった。

 久遠さんの友達も彼女と同じ軽音楽部なので、連れ立って別れた。


「今の男子は?」


 久遠さんが聞く。


「同じクラスのやつですよ。色々あって、今はちょっと気まずいんです」


 そう言うと、久遠さんは納得したようにうなずいた。


「――好きなの?」


「――はぁっ!?オレは元男ですよ!?」


「あはは、ウソウソ冗談。ほら、もう帰ろう」


「はぁ……変なからかい方やめてくださいよ」


 久遠さんはカラカラ笑っているが、オレとしてみれば冗談じゃない。

 女子という生き物は恋が好きだ。そしてその毒牙は、たとえ元男でも逃れられないらしい。

タイトルは女心と秋の空をもじりました。

冬の空って曇ってて中々日差しが出てこないイメージです。

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