青山仁の独白
青山視点です。
追記:座禅を黙想に変更しました。剣道部は座禅しませんね。
俺の名は青山仁。ここに近況を記す。
最近、俺の身の回りでまるで創作物のようなことが起きた。いくら剣道で実績を残せど逃れることのできない、生活の凡庸さを根底から拭い去る出来事だ。
クラスメイトの性別が逆転した。それも、手術無しでと言うではないか。顔には出さないが、俺は思わずすぐさま正座をして黙想した。
性別が変わったクラスメイトの名は志龍空という。クラスの中でも一際物静かな、付き合いやすいやつだった。何故か前髪で目元を隠している以外、特にこれといった印象には残らないやつだ。誠に勝手ながら、俺はあいつを友達のひとりに数え上げている。
それがどうだろうか。すっかり変化した容姿に、きっとクラスの大半が手術無しという話を信じ込んだだろう。
程々にあった背はすっかり縮み、前髪が引っ込む代わりに後ろ髪が伸び、その髪も遠目で見ても艶がある。隠されていた目元は一転晒され、ぱちりとした目がむき出しになっている。
正直に言って美人だ。万場なら突っ込むだろう。というより、その活発な印象はかつての志龍の姿を霧散させ、既に好意的な目で見られてもおかしくないものだった。
ただ俺としては、特別気にするようなことでもないと感じた。勝山のやつと話しているのが聞こえたが、普段とそう変わらなさそうだったからだ。俺も対応をむやみに変えないのが礼儀な気がした。
ーーー
何故か志龍が前よりも寄ってくる。
最初はいつものような世間話だけだったのだが、日に日に回数は増え、遂には女子になって抱え始めた悩みなどを話し出した。こういうことを聞いていると、目の前の女子が志龍空なのだと実感する。なので、俺はいつものように聞くに徹する。お前はもう女子なのだから、なんて言葉は、俺には口に出来やしない。
ーーー
志龍のやつが小物を選んでいた。
俺が近づくまで気付く素振りすらなく、猫の小物を見ながらニヤついていた。こちらに気付けば、すぐさま取り繕っていたが。
あいつはどうやら男やら女やらを過度に意識しているらしい。俺とて庭先の盆栽に猫がたむろする様子が気に入って買いに来るくらいなのだし、好みの問題だと思うのだが。顔をほんのり赤くしながら小物を戻すさまを見つつそう伝えれば、志龍は嬉しそうに小物を取り直した。
正直、ここまで表情豊かなやつとは思っていなかったが、声色と表情がようやく一致しだしてしっくり来ている気がする。前は無表情ながらもカラカラとよく笑うやつであった。
猫の小物では姉さんにしきりに弄られた。「気になる子とでも一緒に買ったの?」などと言っていたが、友達と同じという意味では図星なので、はぐらかすに留めた。
ーーー
――志龍は無防備が過ぎる。
体育でうっかり照井に引っかかって転んだ。心配はかけまいとすぐに起きあがり、先生に保健室に行くよう言われて保健室に向かったのだが、そこには志龍しかいなかった。
つい「なぜ」と聞いてしまったが、あいつは生理が来ているという話だったなと思い出し、少しばつが悪い。しかし、そういうわけならやつに負担をかける訳にはいかない。さっさと消毒でもして戻ることにした。
ただ、勝手に使っても良いと置かれている救急箱は、ケガをした手では扱いづらい。もたもたしていると、志龍が起き上がって傷の処置をすると言った。「男が廃る」などと言われ、変に「女だろ」などとは言えない。どっちつかずと言っていたが、今は男の気分なのだろう。ありがたくその言葉に甘える。
志龍は本当に心配そうに手当をしていた。苦しいだろうに膝をついてまで世話を焼いてくれるその様は、本当に女性的に映る。そういう風に見えだしたのは、志龍が女子たちとよくつるむようになってからだ。少なくない影響は受けているのだろう。
手を取られても、やけに女らしさを意識した。華奢で柔らかな手は俺とは正反対の綺麗な手で、やんわりと握りこまれる感触がこそばゆいものだった。
そして処置を終えれば、志龍はその場にうずくまった。どうやら無理をしていたらしい。すっかり血色の悪くなった顔は、言い訳の余地なく俺のせいだ。
セクハラと罵られることを覚悟で、俺は志龍を抱えた。
その体は予想よりも華奢で軽く、柔らかかった。女子などを抱えたのは初めてだったが、こんなにも儚いものだとは想像だにしていなかった。腕の中で志龍が身動ぎするが、その抵抗すら弱々しい。
そのままベッドに寝かせて見下ろせば、少し残念そうな顔をしてこちらを見上げる女子がいた。その顔色は依然優れない。抱きかかえただけでも拒否されて良いものだと思うが、このままこの弱々しい生き物を放置していいものかと悩んだ。結局、何かできないかと申し出れば、志龍は腹を温めて欲しいと言った。
――セクハラにはならないのか?
そもそも、男と一対一でいることに気負うものは無いのか。元男というだけあって、その辺りの感覚は未だ薄いらしい。
だが、一度申し出たのに撤回するのは不誠実で、俺は仕方なく腹に手を置いた。ここも柔らかい。少しでも押せば押し潰してしまうだろう。
しかし志龍の顔は優れない。なぜかと思えば、「おへその辺りがいい」と志龍は言った。
思わず硬直する。
そんな下手なところに手を置いても良いと言えば、下衆なやつならちょっとした「手違い」を起こすのも無い話じゃない。それを確かめるために問ただせば、「青山だから」と返ってきた。
ざわりとした感覚が芽生える。目の前の女子は、今まで告白してきたどの女子よりもこそばゆいことを宣った。
俺は怒らないようにと牽制し、恐る恐る手を移動させる。
志龍はあろうことか色っぽい声を出し、そのまま俺の手を受け入れるように目を閉じた。
健康な男子高校生に見せてはならない様子だ。俺は本能が警鐘を鳴らすのを感じた。このままでは、駄目だと。
思わずいつ終わるのか聞けば、志龍はリラックスした表情で「もう少し」などと言ってしまう。
堪らなくなって、俺は志龍を直視するのをやめた。無限とも思しき生殺しの時間は、保健室医の森岡さんとクラスの女子によって終止符を打たれた。俺はもう限界だったので、志龍の方は顧みることなく、さっさと保健室を後にした。
その日は志龍の感触が忘れられず、いつもの倍近い黙想を敢行した。
彼は盆栽大好き黙想マイスタークールガイです。
誠実な性格してます。




