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男子やめました  作者: 是々非々
22/101

大きさ

 まさかあの剣道部きっての期待株、女子たちの憧れの的である青山ともあろう男が転ぶとは思わなかった。

 だがその膝小僧は確かにすり減り、だくだくと血を流している。処置もおざなりに来たのか、少し砂が付いたままであった。


「……志龍はなんで、ここに?森岡さんは?」


 くるぶしほどまでしかない靴下を赤くさせながら青山は聞く。ベッドから控えめに顔をのぞかせるオレしかいないのが気になったのだろう。


「森岡先生なら職員会議だってさ。オレは……体調が悪くてね」


「そうか……じゃあ自分でするか」


 そう言って青山は救急箱を探していたが、彼の利き手である右手にも痛々しい擦り傷があり、ものを探すのも難航しているようだ。


「青山お前、傷ひどすぎるだろ。どんな転げ方したんだよ」


 ちょっと、というにはあまりにも血が多い。下手なことをすれば膿んでくるレベルだ。

 青山はなんてこともなさそうにしているままだったが。


「サッカーで交錯した。といっても、俺が勝手に柔道部の照井に引っかかって転んだだけだけどな。その時は軽いけがだと思って一人で保健室まで行くって言ったんだが、ちょっと洗ったらこれだ」


 青山は真っ赤になった右ひざを見やりながら言った。

 その間も慎重な手つきで救急箱を漁っているのだが、傷をかばいながらなのでどうにもうまくなかった。


「――はあ、青山は座ってろって。オレがやってやるから」


 前々から相談に乗ってくれたお礼である。特に彼に決心を促すものではないが、困っている友人を眺めるだけというのもよろしくない。

 遠慮がちに「体調は大丈夫なのか?」と聞いてくる青山を「ここで引っ込んだら男が廃るぜ」と論破し、オレは手持ちのハンカチを水に濡らした。女子たるものズボンで手を拭いてはならないという母さんの訓示が初めて効力を発揮した瞬間である。

 手近な椅子に座っていた青山の前に膝をつき、改めて傷を見た。


「……うわぁ」


「道具さえ出してくれれば、後はやるぞ」


「気にすんなって。乗り掛かった舟だ」


 傷は深そうだった。オレのような鈍い痛みではなく、ヒリヒリとした刺すような痛みが走っているであろう傷口。その表面についたままの砂を、濡らしたハンカチでさする。


「っ……!!」


「ごめんな。すぐやるから」


 青山は小さく呻くだけだったが、絶対に痛いはずだ。見ているだけでおもわず身もだえるほどなのだから。傷口は幸いにも二、三回できれいになった。次に青山の右手を取り、いくらかマシだがそれでも目に付く砂を落としていく。青山の手は、オレの柔らかな手と比べて骨ばって大きかった。手で触れる部分にはごつごつとした剣だこがあり、およそ同じ生物とは思えない触り心地だった。

 今度は消毒液で消毒する。ガーゼに少し多めに液をたらし、拭われて晒されている深い傷跡をなぞった。


「ぐぅっ!?」


「我慢だぞ!暴れるなよ」


「分かってる……驚いただけだ」


 既に体が傷を塞ごうとしているのか、ガーゼには黄色いシミがついている。これだけで、どれだけ深い傷か察することができるだろう。大きめの絆創膏を張り付け、膝の処置を終える。続いて手のケガにも、新しいガーゼに浸した液で消毒を施した。拭ってみれば、思いのほか小さなケガばかりだったので、それぞれに普通サイズの絆創膏を巻いてやった。


「終わったぞい」


「あぁ、助かったよ志龍。ありがとう」


 いつもの仏頂面にわずかな微笑みともつかない表情を浮かべて青山は言った。その仏像のような微笑みで何人の女子を落としてきたのか。学校のアイドル柊先輩もきっと、この笑顔を見たに違いない。

 さて、青山が余裕を取り戻したのはいいが、今度はオレが限界だった。痛みをこらえて治療をしてやったのだが、圧迫するような体勢が災いしてか、オレの痛みは勢いをぶり返していた。


「……おい、志龍。お前大丈夫か、顔青いぞ?」


「ぃ、やぁ~……げ、限界きた……」


 やけにベッドが遠い。この感覚は、便意が限界に来た時に見る遠方の我が家くらいの感覚である。

 まあ、さっきもこの距離は移動してきたのだし、しばらくここで休めばすぐ楽にはなるだろう。そう気楽に構えていたのだが。


「そうか、こんなところで座ってたら体に障るぞ。――後で謝る」


「――え、わっ」


 青山がなにやら背後で言ったと思えば、体を浮遊感が襲った。それと同時に感じるのは、やけにがっしりしたものに膝裏と背を支えられている感覚だ。

 ふと上を見れば、いつもより青山の顔が近い。とどのつまり、オレは青山に抱きかかえられていた。それもファイヤーマンズキャリーなどではなく、お姫様抱っこというやつで。


「――あ、青山~?」


「文句は後で聞くから。とりあえず寝てたベッドに行くぞ」


 そう言って、有無を言わさずに青山は歩き出した。オレとしても、すぐさまベッドに戻れるし文句はないのだが。――なんか、気恥ずかしい。

 男なら間違いなく捨て置かれるか肩でも貸されるかという状況なのに、青山は親切にもオレの全体重を支えている。そんな状態で真先に感じるのは、まるで包み込まれるような体格差と、体つきの性差だった。運動部らしく引き締まった体躯は、かつてのオレとは比べるまでもなくたくましい。オレがヒョロガリだったわけじゃない。青山が過剰なだけだ。試しに少し身じろぎしたが、全く動じる気配はない。

 それを情けなく思う面も、頼もしいと思う面も、はたまた少し恨めしい気もして、オレは何ともつかない不思議な心持になった。


「……寝かせたらいいか?」


「あ……あぁ、うん。お願い、ありがとう」


 とはいえベッドなどものの数歩でたどり着く。無事降ろされたオレは、安堵とも残念とも取れる気持ちでいた。人肌は暖かい。雪山で遭難した時は裸で温めあうのが良いとするどこの誰が表明したとも知れない一説がそれを裏付けている。青山は「悪かった」といったが、オレはそれに「気にすんなって」と返した。


「……本当に大丈夫か?その……そういう時は、どうすれば楽になるんだ?」


 何か気にするように青山は聞いてくる。こちらとしては日ごろの感謝のつもりだったのに、気のいいやつだ。すっかり日ごろの相談のせいで口が軽くなったオレは、遠慮することなく森岡先生に習った対処を教えた。


「お腹に手を当てて、あったかくしたら楽になるよ。……て、マジでやるのか?」


 青山は無事な方の膝をベッドにつき、こちらへ乗り出した。


「……丁寧にしてもらったし、ハンカチも汚したしな、それくらいはする。あと、ハンカチは俺が洗う。そんなの持って帰ったら親御さんが心配するだろ」


 そう言って青山はオレの手から血だらけのハンカチを奪い取り、そしてその大きな手をオレの――。


「これでいいか?」


「……うぅ~ん」


 オレの鳩尾(みぞおち)の下に置いた。夏服越しに伝わる手は温かいが、むやみに腹筋が熱を持つばかりだ。

 楽になるのはここではなく、――


「――おへその辺りが、いい、かな?」


「…………そうか」


 お互いを取り巻く空気が固まった気がした。青山もへそといったあたりで少しばつの悪そうな顔をし、お腹に置かれた手もこわばった気がする。


「……いいのか?」


「……まぁ、青山だし、いいかな」


 万場などであるならお断りだが。なにせ女子からあれだけの人気を誇りながら、鉛のように浮いた話一つない実績を持つ。何かの縛りプレイのように一人身を好む彼なら無問題だ。


「…………怒るなよ」


「――……んぅ」


 青山は腹筋から撫でるようにしてへその辺りまで手を移動させた。表記上艶っぽい声になっているが、これが男なら「おがぁ」といった声になる。可愛らしい声帯のなせる業である。

 それにしても、青山の手は大きく熱い。頼もしくオレの下腹に近い位置を覆うそれに身をゆだねる。じんわりと温もりが伝わるのを感じ、また、薬が回ってきたのか痛みも随分マシになった。


「――……まだか?」


「ん~、もうちょい」


 離されるのが物寂しい気がして、オレは延長を申し込んだ。青山は別段拒否するわけでもなく、無言のままに手を置いたままに、体の向きを変えてベッドに腰かけた。後ろ手にオレを温めているといった具合だ。

 しばらくそうしていると、急に保健室の引き戸が開けられた。


「――え?」


「――あらぁ、私は言いつけはしないけど、場所は選びなさいね」


 そこには由佳たちと森岡先生がいたのであった。

 青山は慌てたように立ち上がり、「授業戻るんで!」と、授業終了間際にも関わらずに姿を消した。


「志龍さん、あの子、カレシ?」


「――ぶほっ!?違いますよ!」


 おせっかいおばちゃん気質の森岡先生は、いたずらに笑っていた。

TSもの書いてるくせにTSFが何なのか未だに把握しておりません。

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― 新着の感想 ―
[一言] バトル展開になったって逆にバトル展開がどんなのか気になる。
2022/03/05 12:33 退会済み
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