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男子やめました  作者: 是々非々
21/101

お赤飯はかく語りき

ArmourZoneを聞きながら書いてたらバトル展開になっていて書き直しました。

皆さんも気をつけてください。

 朝、目が覚め身を起こす。それと同時に肩に垂れる黒髪は、少しクセになっていて直すのに苦労しそうだ。くァ、とあくびをすれば子猫の鳴き声のような可愛らしい声が漏れ出る。形の良いレモン型の二重(ふたえ)を携え、あどけなくも筋の通った鼻を持つこの姿こそが、女の子となったオレである。

 女の子となって早ひと月と少し、ついにこの体にも違和感を感じなくなったオレであったが、今日は久しぶりに妙な感覚がした。端的に言って体がだるい。夏風邪でも引いたかなと、六月のすっかりじめじめしだした空気を感じながら起き上がった。

 刹那、オレの思考は停止する。

 オレがつい寝苦しさから掛け布団を蹴りあげてしまうのはいつものことなのだが、そうすることによってさらけ出された下腹部が赤く染っていた。未だ乾き切らないぬらっとした感覚が股間にある。間違えようもなく血であった。

 すわ、血尿か!?などと思っていたが、しばらくして完全に眠気が飛べば、ついに生理が来たのだと遅れて安心した。


「……休みたい」


 あろうことか今日は水曜日である。つまるところ体育があるのだ。じくじくとした下腹部の痛みを感じ、オレは前途の多難さに狼狽えた。

 最近の体育はダンスに移っており、こんな痛みで飛んだり跳ねたりすれば、あまりの負荷にたちまちのうちに床へと倒れ伏すだろう。


「お姉ちゃん、まだ起きないの?朝ごはんもうできてるってママが…………あ」


「……きちゃった」


 月のものが。


 「お、お姉ちゃんがとうとう女に……!」


 夏生はなぜか目を輝かせていた。そして言い方には気を配っていただきたい。


 「来るまでもなく女だよ……はぁ」


 何となく家族に月のものが来たことを話すのは気恥ずかしく感じ、オレは改めて自分が女子ということを意識したのだった。

 ――子を成せると意識すれば、少し物悲しくなり考えるのをやめた。


 ーーー


「お赤飯炊けてるわよ」


「なんでだよ」


 オレは夏生と連れ立って階下へ降り、恥じらいながらも生理が来たと報告した。父さんは何やらしみじみとしていたが、一方で母さんは嬉しそうに炊飯器を開けていた。

 中で炊かれていたのはふっくらとした白ご飯――ではなく、小豆の赤さがめでたい赤飯だった。


 聞くところによれば、一家の娘が初潮を迎えた際は、それを祝うために赤飯を炊くという娘の羞恥心を省みない風習もあるという。夏生が中学に上がり立ての時期に一度赤飯が振る舞われたことがあった気がするが、恐らくあの辺りで夏生も朝に血まみれになって倒れていたのだろう。

 ちなみに夏生とはふたつ違いであり、彼女は現在中2である。かつてのオレのように精神を病むこともなく、平然と14の期間を謳歌している。


 話を戻そう。オレは現在わけも分からず炊飯器を凝視している。

 訳は簡単である。娘の初潮を予期する母さんはエスパーかなにかやもしれない。


「なんでって、もうそろそろ女の子になってひと月たったし、昨日はダルそうにしてたから、今日あたり来るんじゃないかなって炊いといたのよ」


「なんで予め赤飯を炊くっつー選択肢があるんだよ……違ったらどうするつもりだったの?」


「その時はなっちゃんの初試合記念日とかにするわよ」


 母さんはサラダ記念日のような気安さで日々の出来事を記念日に祀りあげる。かつ記念日が並立することも厭わず、今日などは「パパの結婚申込記念日」と「夏生の初試合記念日」やらが祝われている。特にケーキなどは無い。


「まあ……いーけど。今日は体だるいからお弁当お願い……」


 席に着いて自分用に置かれたご飯をパクつく。

 ちなみにここに来るまでに自室で夏生に生理グッズの手ほどきを受けた。まるでオムツのようなものが股にある感覚に違和感を感じつつも、オレはいつものように一日をスタートさせる。


 「あ、今日は体育は先生に言って休みなさいよ。生理中は融通きくから」


 「あ、そうなんだ。じゃあ、そうする……」


 下腹部の鈍い痛みから素っ気ない返事になったが、オレは心底安堵した。

 実質今日の体育は休み時間のようなものだと思うと、何となく得をした気分に浸れて良いものだと気楽なことを考えた。


 ーーー


 学校に着くと、股ぐらの痛みが一層強く感じられた。痛みと出血の関係は分からないが、夏生に持たされたポーチのナプキンを変えることもあるなと、オレは自席にてうずくまって予感していた。現在は見てくれなど気にもしないから、この痛みを和らげる体勢を模索している。


 「……空、なにしてんの?」


 「あ、由佳。おはよ。ちょっと今は研究中」


 そうこうしているうちに、たいてい朝礼10分前くらいに登校する由佳がやってきた。この研究活動は思いのほか長く行われたらしい。

 由佳は苦笑いを浮かべていた。


 「そ、そう。私はやめた方がいいと思うな」


 「いや……こうでもしないと正直キツい……女子すげえわ……」


 そう言えば、由佳もこの研究の真髄を理解したらしい。得心したように「あ〜」と呟いた。


 「なるほどね。とりあえず……おめでとう?辛かったら言ってね」


 「ありがと。そうする」


 持つべきは理解のある友人だ。

 その後勝山もやってきたが、うずくまるオレを見て「どうした、夏生ちゃんの飯でも食ったかガハハ」と笑い飛ばしてきた。

 愛する妹の可愛らしい女子力を罵るその一言に、オレの馬場チョップが炸裂したことは言うまでもない。また、手と腹を痛めたのがオレなのも察すべきところだ。


 ーーー


 「母さん……」


 「……空、それは……」


 と由佳は言う。


 体育を控えたお昼休み。オレは由佳や楓に囲まれながらお弁当を開封した。当然である。なぜならお昼の時間だからだ。

 だがしかし、弁当に赤飯が敷き詰められているのはどういう了見であるのか。ただでさえ鈍く痛みを訴える腹が、さらに別角度から痛めつけられているのを感じる。

 今から生理について言おうかと思っていたのだが、あろうことか赤飯に先手を打たれた上に、紬や皐月からも生暖かい目線を頂戴し、――


 「…………」


 ――今日集った皐月の席にほど近い場所に陣取る青山からの、目配せほどの目線をオレは見逃さなかった。何見とんねん。

 「……そういうことです」とだけ言えば、一様に「おめでとう。あとご愁傷さま」と言われた。赤飯は雄弁である。


 「何となーくそろそろ来ても良いよねとは思ってたけど、まさかお弁当で知ることになるとはな」


 紬はアンパンを頬張りながら切り出した。


 「ほんとな。それに昨日の晩に体調悪いって言っただけで炊いてたし、母さんの行動力が怖い」


 「そういえば、志龍く……さんは今日体育どうするの?」


 ちなみにここには後藤さんも一緒だ。決して気安い間柄ではないが、居心地の悪くない関係は築けられつつある。


 「うん、ま、見学かな。母さんもしろって言ったし、正直キツいし……」


 朝からずっと、金的を受けた後に響くような痛みが延々と続いているのだ。三限から先の授業の内容はとうに忘れた。朝に少しでも体育に出ようとしていたオレが信じられない思いだ。


 「だよねえ。私、生理の時ひどいから保健室行ったりもするし。無理はダメだよ」


 珍しく皐月がまともなことを言ったので、素直にそれに頷く。体育の時間は寝転んだ方が良いかもしれない。

 わけも分からず感謝したオレだったが、楓さんに「今読んでる本が王道の騎士物語なの」と言われ、皐月が作品の影響をかなり受けやすい体質と知った。永遠に評論文でも読ませておけば良いのではないかと提案したが、物語でなければダメらしい。どうかまともな本を読んで欲しいと願う。


 そして体育の時間、昼休みは席で大人しくしていたために大丈夫だったが、体育館まで向かうのが億劫で保健室に引っ込んだ。

 保健室の森岡先生には、無理をせず横になり、痛みがひどいなら手を当てて温めろと言われ、なんなら先生が手を当ててくれた。


 「――……ぁ……」


 「志龍さんとしては初潮なのかしらね。慣れない痛みだろうけど、これからはそれも付き合うことになるのだから、少しずつ慣れなさいね」


 「はぃ……」


 寝転んで緊張が解けたのか、痛みが増した気がする。さっきまでは慣れたものだと気軽に考えていたが、オレの気合いの賜物だったようだ。


 「うーん、志龍さんは少しひどい方なのかしらね。初めてで混乱してるのかもしれないし、これから安定するかもしれないから分からないけど、これからは周期も数えなさいね」


 「そうします……」


 話半分に聞いて、オレは痛みに耐えることに注力する。先生が生理痛薬を処方してくれたが、効果が出るまではこのままでいいだろうと言ってくれた。オレもそれに頷いたのだが。


『森岡先生、森岡先生。いらっしゃいましたら職員室までお戻りください』


 「え」


 無慈悲にも校内放送で森岡先生が呼び出された。


 「あ、職員会議だわ……忘れてた。ごめんね、悪いんだけど次は自分の手で温めておいて。楽になるまで寝ておいて構わないから」


 「あ、はい」


 そう言って先生は出ていってしまった。

 オレは一人で腹を抑えてうずくまる。薬が効くのはいつなんだと、なぜか薬に対して憤懣(ふんまん)していると、保健室の引き戸がガラガラと空けられた。


 「……ど、どしたの?」


 「いや……少し転んで」


 戸を開けた生徒は青山だった。

 膝から血を流した彼は、少しバツの悪そうな顔をしている気がした。

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