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男子やめました  作者: 是々非々
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そうですよね、それが正解ですよね

 突然だが今は五月である。そして俺は高一である。

 高一の五月というのは、まあ結構クラスとかの空気も固まりつつ、それぞれの顔と名前が一致し始める時期だ。

 かく言う俺も、割とクラスでの立ち位置を確立し始めていたのだ。積極的に目立たぬ男子という方向で。

 が、急転直下。俺は今可愛げな女の子である。さらには元男という曰く付きの。これほどの変化があれば、自然と俺の立ち振る舞いも見直さねばならない。

 こんな物言いの女子は考えものだという俺の中の男が悲鳴を上げているが、俺は俺なのだ。

 俺らしく振舞おうというのが俺の出した結論だった。妹の夏生はいい顔をしなかったが、何しても可愛いから良いと許可を頂いた。


 さて、そんな五月に原子ごと作り変えられた俺は、日を跨ぐことを待つことなく家に担任の教師を呼び出し、緊急の面談を行っていた。家族ぐるみで。


「……えぇと、空さんの件で話があると伺ってきたのですが……」


 客間にてもてなしを受けているのが我が担任、葛城(かつらぎ)絵里香(えりか)その人である。童顔を精一杯のナチュラルメイクとフチなし眼鏡でカモフラージュしようとして失敗している、小柄のポニーテールの彼女は俺の姿を探すように目を右往左往させた。

 もちろん目の前に座る俺のことは気にかけていない。


「……先生、今日は本っ当に無理を言ってしまい申し訳ありません。しかし、急いで伝えなくてはならないことがあるのです。空の件で」


「ぇ、いえ、生徒のために努めるのが私たち教師の仕事なので……。それより、先ほどから空さんの姿が見えませんが、一体なにが?」


 父の畏まった態度に釣られるように、先生もきゅっと身を縮める。この人の仕草があざといので、密かに男子からの人気を集めている。女子らからも小動物的扱いを受け、本人は不服そうだが。


「今から話すことは誓って真実です。このことはご理解願います」


 父はずいっと身を乗り出し、唸るような声で念を押した。これから息子が女になりましたなんてファンシーなことを言う男にはとても見えない。

 そうとも知らずに先生は緊張の面持ちで深くうなずいた。


「もしかして、その、病気とか……でしょうか?入院中でいらっしゃるとか?」


「いえ、病気では、ないと思います。空は家におりますし」


「はぁ」


 しかし、先ほどの空気感とは一転、全く要領の得ない回答に先生は混乱している。

 だってそうだろう、普通なんか病気とか考える。末期がんとか、大事故とか。父さんもさっさと言ってしまえばいいのに、めちゃくちゃ俺の方をチラチラ見ている。父さんは陽気な人物なのだが、こと決断という面で見れば他人任せというきらいがある。今もまた、俺に「言ってもよいのか?」と伺いを立てているに違いない。言わないでどうするのか。

 顎で促せば、父さんは意を決したような顔になった。


「息子空が……娘になりまして。この子です」


「え?」


 そう言われて初めて、先生は俺のことを穴が開くほどに凝視した。そこには恐らく面識のない美少女がいるはずだ。自分のことを美少女と評するのは決して驕りではない。俺自身自惚れているわけではないが、もはや俺の中にいるもう一人の男の俺が賛辞を送っていると理解してほしい。いち男子として見れば俺は非常に見目麗しいのだ。


「この子が空です。あぁいえ、別に手術とかじゃないんです。朝起きたらこうなってたと言いますか……」


「アサオキタラコウナッテタ!?」


 まるで合成音声のようなイントネーションになり、先生は顔を歪ませながら困惑した。

 だよね、それが普通だよね。家族が動じて無さすぎるんだよね。実の親の立ち直りの早さには度肝を抜かれたが、先生の絵に描いたような驚きようにほっとさせられる。

 懐に大蛇でも飼っていそうな志龍家とは異なり、先生は目をちかちかさせながら茶をすすった。


「そ、そそそ空……ちゃん?先生のこと、分かる?というか本当に空さん?ドッキリとかじゃなく?」


「分かりますよ、葛城絵里香先生。今四年目で、俺らが初めての担任。自己紹介の時は空手が趣味と場を湧かせ、初日から時間割を間違えてクラスに入ってきましたね」


「……た、確かに……私のクラスの生徒みたいですね……」


 そうだろうそうだろう。何せ趣味もこのクラス間違え事件も口酸っぱく箝口令が敷かれたからな。知っているのは当然うちのクラスだけということになる。先生は何やら遠い目をしている。いいと思いますよ、俺はドジっ子好きですよ。


「……性転換手術……でもなさそうですね、顔つきも身長も違いますもんね……」


「いや、ホント魔法みたいに変わったんですよね。でも、こんなに変わったからこそどうしていいか分からなくて……」


 そう、学校でどう弁明すれば良いか分からないのだ。そもそも俺だと言って分かってくれるかどうかも微妙だし、分かったとしても微妙な扱いになるのは目に見える。助け船が必要だ。

 つまり、先生助けて下さい!ということだ。


「ここまで来ると、なんというか……もう手術とか整形とかじゃ説明つかないですし……病気って言って通すしか無い気がしますね」


 どうやら病気で通すつもりらしい。手術で説明つかないのに病原菌のせいにするのはどうも通る気がしないが、現状それしか打つ手がない。

 良いんですよ、遺伝子組み換え人体実験に付き合いましたとかでも。ここまで変わってしまえば、それがリアルに聞こえてくるのが笑える話だ。


「え、もう説明出来ないし女の子になりましたで良くないですか?どこにウィルスが入ればこんなことになるんですか」


「「「…………」」」


 夏生は非常に思い切ったことを言う。本人の性格がサバサバしたものであるからか、それとも姉欲しさからであるのか、俺たちの偽装工作を根本から爆破せしめた。

 彼女は幼いころから歯に衣着せぬ物言いで、純真な少年や俺の清らかなハートを粉砕してきて憚らなかったが、この女体化騒動においては更に磨きがかかっているように感じられる。確かに嘘をつかないのは美徳だが、この場合つかない方がおかしい気がするのだが。

 しかし、今回粉砕したのは心ではなく思い込みだったようだ。


「それもそうね、だって無理があるんだもの。いっそ開き直る方がマシだわ。一応人間ドッグや婦人科には検査しに行きますし、異常があれば連絡しますね」


「そうだね、とりあえず空に頑張ってもらおうか。いやあ助かりました先生、明日からも娘をよろしくお願いします」


「いえ、こちらとしても助かりました。いきなり女の子になったと言われたらどうすれば良いか分かりませんしね。……その、できればご家族の方も一緒に職員会議に来ていただけませんか?明日このことを報告しないとなので……もちろん空さんも一緒に」


「あぁそうですね、こんなこと扱いに困りますよね。私が明日ソラを送るついでに出席します。ご理解頂けるように頑張りますので」


 といった具合に、またも俺の意見は無視して話が進んでいった。葛城先生は半分上の空ながらも夏生の案に乗っているのが、俺の憂鬱を促した。

 俺としても非は無いし、それで通しても構わないのだが、そうなると純粋にクラスメイトらに受け入れられるかどうかは俺の話術にかかっている心持がして、俺は明日を思って項垂れた。

 病気のせいで……という言い訳は通用しないようだ。


 ーーー


「ねえ、お姉ちゃんって呼んでいい?」


 なぜそこまで順応が早いのか理解に苦しむ。

 夕食後、家族で寛いでいる最中の提案だった。彼女が昼間言っていたお姉ちゃんが欲しかった発言は冗談でもなんでもなかったようだ。夏生にしては神妙な面持ちであるので真面目に見つめ返してしまった。


「え、いや、なんで?」


「むしろお兄の今の姿でお兄という方が違和感あるし」


 そう言われて、窓ガラスの反射で映る自分を見つめる。男物のぶかぶかシャツを着た活発そうな美少女が見つめ返してきた。俺が本来の体であったなら、この無防備な姿にグッと来ただろうが、あくまでこれは俺なのだ。頭ではそそられど、それに体は反応を示さなかった。そうか、俺はやっぱこれなのか。


「……せめて家族くらいは男扱いしてほしいんだが」


 しかし、いくら女の子になろうと十五年間の男性生活の上に俺はいるわけであるので、そう易々とお姉ちゃん呼びを許容するわけにもいかない。昨日までお兄だったのだ、突然の変化は体に悪い。

 ここは頑として拒否である。


「えぇ~私お姉ちゃん欲しいって言ったじゃ~ん。夢のお姉ちゃん呼びを叶えてお兄~」


「ダメだ。あくまで俺は男だからな」


 俺は今までで培った兄としての風格を前面に押し出し、毅然とした表情を浮かべつつ夏生を睥睨した。

 あまりに威力があったのか、夏生はこちらを見たまま固まっている。


「……ねぇ、ほんとにダメ?」


 夏生はへこたれずに言う。どうやら風格にあてられても平気なほど精神が図太いようだ。


「ダメだ」


「かわいい妹の頼みなのに~」


 昔から妹には甘かった覚えがあるが、今回ばかりは譲れない。

 何物にも代えがたい俺の拘りがあるのだから。


「ダメ」


「……いいもん、あたしお兄の弱み、いくつか握ってるし」


 夏生は不敵に笑った。


「ほう、ならば言うがいいさ。俺の男としてのプライドが折れるとは――」


「――ベッドの引き出しを抜き」

「――今日から俺が夏生のお姉ちゃんだ」


 俺の男としての矜持は死んだ。夏生はどうやら魔性の女に育ちつつあるようだ。

 それはさておき、桃色雑誌の引っ越しに着手する必要があるらしい。夏生がいつ見たかは不明だが、だからと言って対策は練らねばならない。

 ゴミ袋片手に部屋を出る母さんを尻目に、俺は新たな桃源郷の場所を――。


「待って!母さん、そこには何もないから待ってくれ!」


 階段を上る母さんの足にしがみつく。このままでは俺の男が詰まった癖という癖が白日に晒されてしまうだろう。断固防がねばならない。俺の青少年の夢たちが走馬灯のように思い浮かび、なおのこと腕に力が入った。


「何言ってんの!女の子がエロ本なんて隠し持つもんじゃないでしょうが!!」


「俺は男の子だよぉ!ていうか息子の目の前でエロ本の処理とかマジでやめて!?ダメだよ、社会的に死んじゃう!」


「社会的にまずいもんなら余計に捨てます!明日からは女の子としての特訓に移るから覚悟しなさいよ!」


 そう言って母さんは強引に俺の部屋に押し入り、部屋中をひっくり返し、修正必至なゴミ袋たちは早々にゴミ捨て場に放棄された。市が指定する半透明のゴミ袋はきっと、朝登校する小中学生たちに忘れえぬ出会いと感動、そして男汁を刻み込むだろう。

 あえなく夏生に捕縛された俺は、撤収していく母さんの背中を咽び泣きながら見送った。名残惜しさではなく、恥辱からくる涙であった。


「兵どもが夢のあと……」


 がらんどうになったスペースを見てむなしさを覚える。傍らの妹は呆れを隠しもせずに「女の子になってから本当に顔に出やすくなったな……表情筋がやっと備わったのか」などと失礼なことをのたまっている。

 今日最大の受難はこれだとばかり思っていたのだが、これ以上の難敵が待ち構えていた。それは――


「じゃ、お姉ちゃん一緒にお風呂行こっか」


 ――入浴であった。


「なんで?」


 妹よ。俺は中身が男なんだけども?

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