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男子やめました  作者: 是々非々
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でも、男子でもないよ

5パターンくらい話の流れ選別してたら遅れました。

 家族に隠しごとはできるだろうか。

 俺はできないタチだ。夏生は例え俺が目を隠していた状態であっても、俺の精神状態を言い当てる目を持っている。幼少の頃より俺と遊び呆けていた、勝山という野生児から受け継いだものと俺は睨んでいる。

 こんなことを言っている事情は察するにあまりあるだろう。俺は今、自室にて夏生と応対している。

 今しがた、後藤さんとの下りを洗いざらい話したところである。

 夏生の表情は厳しい。


「……お姉ちゃん、言っちゃ悪いけどダッサいね」


「……自覚はある」


 今回の件は、俺が曖昧な態度でいたこともややこしさを深めるのを手伝っている。後藤さんはやり過ぎだろ、と俺はどこかで思っているが、このままではいずれ起こっていたことだろう。

 ふと、石山先生に見せられた顔に傷の入った少女の姿を思い出した。ぞわりとした感触が背中を撫ぜた。


「お姉ちゃん的にはさ、どーしたいの?」


 しばらく続いた無言の間を、夏生が遠慮がちに破った。

 俺は答えられなかった。男としての負い目はあるが、俺は女だ。何度も何度も考えたが、これ以降思考が進むことは無かった。

 夏生は質問以降一切話しかけてこない。問題を先送りにもしなければ、自分が口出しするつもりもないという意思表示に他ならなかった。

 思考が堂々巡りに陥るなか、俺が藁にもすがる思いで思い返したのは青山にしていた悩み相談だった。


『女らしいとか男らしいとかオレらしいとか――分かんないんだよなぁ』


『そうか。俺もそういうのは分からんな』


 ……解けた。

 ケクレがベンゼン環を発見したが如く、コペルニクスが天動説から地動説へと転回したが如く、オレは心のモヤが晴れ渡るのを感じた。

 結論を出すことが間違いであったのだ。


「オレは――分からないことにする」


「はぁ?」


 夏生はオレが話している時によく浮べる表情を浮かべた。不満を隠そうともしない顔である。

 運動部というひどく簡潔な考えを尊ぶ文化圏にいる夏生は、少し込み入った思考を悪とするきらいがある。


「オレ、前からクラスのやつに男らしいとか女らしいってのが分からないって相談してたんだ」


「へえ、よく聞いてくれるね、そんなの」


 確かに。青山は世話焼きなのかもしれない。


「まあ青山のやつが面倒見いいだけだろーな。それでだ、あいつはそう聞いた時『俺も分からん』と答えたんだ!」


「俺……男なんだね。で、分からないってダメじゃん?ハッキリしてよ」


 夏生は青山が男であることを気にしてから、話を全く聞いていないことをひけらかした、

 オレは全く不満である。


「そう。いいか、その分からないってのがミソなんだ。誰も、男らしいとか女らしいとか意識してないんだよ。思えばそうだな、男子だって連れションに行くし、女子だって胡座をかく。世の中に男にしか出来ないこと、女にしか出来ないことなんて……あれしか無いんだよ」


「あれ……って……」


「……夏生にはまだ早い。この話は残念ながらここまでだ」


 妹の情操教育は慎重を期して行わねばならない。場の勢いでとんでもないことを口走りそうになった。兄として恥じ入るばかりだ。


「とにかく、オレは女子として生きる。でも、やることをいちいち男らしいとか女らしいとか気にする気は無い!……どうせ、オレには恋なんてできないからな」


「お姉ちゃん……」


 元男の女子を養う男がどこにいようか。

 男としての歴史を否定したくないオレとしては、もはや恋愛という青春における主要素を抜かすほか無かった。

 そう言い切り満足していると、夏生が胸元に飛び込んできた。

 兄の時ではついぞ叶わなかった距離感に戸惑っていると、夏生は花が綻ぶというより、花火が弾けるといったような笑顔を浮かべた。


「嬉しいよ!言いたいことはあるけど、お姉ちゃんが前みたいによく分かんないこと言いながら堂々としてくれて!あたし、そんなお姉ちゃん好きだよ!」


「夏生……っ!」


 感動して抱き返そうとすれば、夏生はさらに腕をオレの腹に食い込ませた。

「うぐぅ」という呻き声が漏れると共に、夏生はストンと表情を落とした。


「ただし、恋はしてよ。女の人相手でもいいから、お姉ちゃん……お兄も春を謳歌して」


「……お、おう」


 オレは恋ということに関しては、こと夏生に成すすべが無いらしかった。


 ーーー


 翌日、オレは少し緊張しながら通学路を歩く。昨日固めたばかりの決意がほころばないよう、少しばかり胸を張ってだ。

 気持ちが切り替わったからなのか、今日は周囲の様子を観察する余裕があった。

 周りは特筆するようなところもない通勤通学時間の様相を呈していた。中年は眠気をかみ殺し、若者はその活力を前面に押し出している。学生は友達同士で連れ立って歩き、明るい声を響かせていた。オレのことを気にする様子は一切無い。

 オレは慣れない間は、勝手に元男の負い目を感じていたが、そんなものはオレの勝手な思慮深さの押し付けであったらしい。オレはいくらか足取り軽く学校へ向かった。


「――言いたいことがあるんだけど」


「……はい」


 そんなオレは、教室に入った途端に柏木さんに連行された。昨日のこともあるので強く出られないオレは、大人しく柳さんらもいる教室の一角に移動した。


「昨日はどういうつもりなの?いきなり無視されて、結構傷ついたんだけど」


 眉を寄せ唇を尖らせた柏木さんは、まるで一昨日のことなど無かったように言った。フラれたのだから、そりゃ気にするとは思うのだが。


「私、言ったよね。また明日って。なんで昨日は無視したの?」


「……あ、そ、れは……その……」


 ここで告白のことなど話すのは間が悪い。周りには柳さんや日比谷さんまでもがいるのだ。南原さんはいない。朝練でへとへとになった彼女は、朝礼前一分でいつも惣菜パンを早弁する。


「一昨日のことはみんな知ってるよ?驚いたなぁ、男の時、そんな素振り一切なかったし」


 いつものようにオレの髪をいじくる柳さんが言った。

 彼女の言うとおりだ。実際、少し気になる程度のことであったし、告白なんてしたいとも思っていなかった。なぜことをしたのかと言えば、後藤さんに嘘をつくためである。嘘のために嘘の告白をし、その相手が友達であることに急に罪悪感が芽生えた。

 オレはとんでもなく不誠実な真似をしているのではないだろうか。


「――え?そ、空ちゃん?大丈夫?泣いてるよ?」


「……えぇ?」


 柏木さんは女になって初めて対等に話してくれた女の子だ。そんな彼女を裏切るような負い目は、オレの虚弱な涙腺を崩すには十分すぎた。

 オレはしばらくそのまま喉を震わせ、周りの目など気にせず柏木さんたちに撫でられるまま突っ伏した。


 10分ほどすれば、罪悪感は柏木さんに謝らねばならないという使命感に変わっていた。

 オレは洗いざらい一昨日のあらましと、オレの昨日定まったばかりの決意を話し、柏木さんには平身低頭謝った。決意に関しては皆一様に苦笑いを浮かべていたが、後藤さんには怒りを、オレの謝罪にも怒り、そしてお許しを与えた。


「もう、そんな中途半端な気持ちで告白なんてしないでよ」


「……ほんとにごめん」


 むくれた柏木さんに謝れば、彼女はいつものように口角をあいまいに吊り上げる微笑みを浮かべた。


「いいよ。それより、前みたいに由佳さん……いや、由佳って呼んで」


「えぇ?」


 なぜこんな時に?そう思ったが、柏木さんはそんな疑問の声にも動じなかった。


「だって、嘘でも告白できるくらいには私のこと気になってて、泣くくらい友情感じてるんでしょ?私だってそれくらい思ってるし、空って呼ぶからさ」


 助けを求めて柳さんや日比谷さんの方を見るが、二人はにこにこと手を振るばかりだ。あれは楽しんでいる時の顔で相違ない。


「――っゆ、由佳」


「うん、空」


 オレの緊張した声とは違い、弾むような声色でそう言い返すと、由佳はオレに抱き着いた。


「よっし!じゃあ今日から私ら親友だ!おーけー?」


「い、いえす、おーけー」


 オレには今日、勝山に続き二人目の親友ができた。これはこの先に実感することになる事柄となる。


 その後、柳さんたちも「前みたく下の名前で呼んで」と言ってきたので、「楓、皐月」と呼んだ。彼女らは嬉しそうではあったが、オレは猛烈な照れに襲われた。女子を呼び捨てるのになれる日は来るのだろうか。このあたり、オレの意識は男子であった。

 その後南原さんにも「おはよう、紬」と言えば、「やっほ、仲直りできたんだ、空」と平然と返された。

 面食らったが、「メッセきてたし」と、スマホのチャットアプリを見せられた。

 女子は情報の出回りが早い。男子はゲームやらわいせつ物、女子の下世話な話の流通が早いが、おそらく志向の違いなのだなと納得した。


「――ねぇ、どういうこと?」


「あ……」


 そんなオレが仲良く女子とつるむのは、一昨日の約束を反故にするものだ。

 怒りとも呆れともつかない表情をした後藤さんは、誰に言うわけでもなく、ただしっかりとオレの耳を捉えてそう言った。


「ねえ、志龍君、私、言ったよね?約束したよね?」


「……ごめん、後藤さん。オレは嘘をついた。由佳のことは友達としか思ってないし、オレはもう男じゃない」


 それが聞こえていたのか、クラスの一部は騒然とするが、オレはそう生きると決めたので、さっさと話が出回ってくれるに越したことはない。後藤さんは苛立ちを隠さない表情へと変貌する。


「ふざけないでよ……男じゃん、男だったじゃん……」


「あぁ、だったな。ところがどっこい今は女子の体なんだ」


「見りゃわかるわよ!」


 後藤さんは怒号を放ち、足を踏みしめる。いったい何が彼女をそうさせるのか。オレはいたくそれが気になった。


「オレはこういう歪な存在だ。だからいっそ、男とか女とか気にしないことにした」


「はあ!?あんな、青山君に色目使ったり、女の子と一緒にトイレ行ったり、男子から制服離したりするくせに、何が気にしないよ?」


「じゃあ、オレが男なら男友達に悩みを相談したりはしないのか?男なら、連れションはしないのか?男なら、自分のものを人に勝手にいじられるのに抵抗なくなるのか?」


「……っ!……!!」


 後藤さんは答えを探るように口をパクパクとさせるが、陸に打ち上げられた鯉のように、ただ開閉するだけだった。


「オレは今まで、男とか女とかを気にしてたけど、別にどっちの性別でもやったら自然なもんだったよ。らしいとからしくないとか、そんなのオレは思い込みだと思うね。気にしすぎなんだよ、後藤さんは」


「――……お、お前みたいなのに何が分かるってのよ!!」


「あっ、ちょっ、後藤さん!?」


 後藤さんは朝礼も間近に迫る中、顔を真っ赤にして廊下へと駆け出した。そのままほかの生徒をかき分けながら、階段の方へ消えていった。


「……オレちょっと行ってくる」


 放ってはいけない。そんな気がした。彼女は好ましくは思えないが、オレの知らない事情があり、きっとさっきの言葉がその琴線に触れたに違いない。

 由佳たちの「朝礼始まるよ!?」という言葉を無視し、オレは以前に彼女に呼び出された屋上に向けて走りだした。屋上に続く階段は、後藤さんの消えた階段ただ一つだ。

 誰もオレを追ってこなかった。それは、彼女と一対一で話がしたいオレにとっては好都合であった。

ド青臭い青春路線志向型です。

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