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男子やめました  作者: 是々非々
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決断前

 二週間後、DNA検査の結果を聞きに行ったが、当然何ら問題は無かった。遺伝子的にもこの身体がオレの両親から捻出されたものだと太鼓判を押された時は安堵した。


 検査後も学校での扱いはさして変わらなかった。

「男には戻れないって診断を受けた」と伝えれば、勝山や由佳さん達からは励ましを受け、軽はずみな男子らからは慰めとセクハラを、警戒派の女子からは尚のこと立ち回りに気を付けるよう忠告を受けた。

 後藤さんにはせめて遠巻きにするくらいの距離感でいて欲しいものだ。


 今日も退屈極まりない授業を聞きながら思索にふける。半ば理解することを放棄した解と係数との関係の証明を、いがぐり頭の数学教師が朗らかに説明していた。

 そんな誰もまともに聞いていないような授業がチャイムによって終止符を打たれ、待ちに待った昼休みがやってきた。


「ありがとうございましたっ!!」


「コラァ!走るなぁ!」


 終了の礼と共に、食堂組は財布を片手に廊下へと飛び出す。オレは弁当持参なのであれを体験したことは無いが、勝山曰く、「あれは一種のトライアスロンだ」らしい。トライアスロンを経験したことは無いオレと彼は、しばらくトライアスロンがどれだけ過酷なものなのかについて考えを深めた。

 さて、昼休みになれば当然昼食を摂る。オレは由佳さん達の集まる机へ向かい、すっかり小さくなったお弁当を開いた。


「わぁ……空ちゃんのお弁当、今日も美味しそう」


 いつも菓子パンを頬張る紬さんは、オレのお弁当のファンである。しかし、彼女自身がお弁当を持参すると、偏食家であるが故にひと月でおかずのレパートリーに窮するという。何ともお母さん泣かせな娘だ。


「紬はホント空ちゃんの弁当好きよね。卵焼き何個食べるの」


「だって日替わりなんだもん。甘いのとか、しょっぱいのとか」


 それを聞いて由佳さんが首を傾げる。


「ふーん、珍しいね。卵焼きってだいたい味付け同じな気がするけど」


「あぁ、なにせ母さんとオレじゃあ味付けが違うからな」


 今日はオレの自作だ。母さんは卵焼きは甘いものが至高と言って憚らないが、オレはだし巻きが究極の卵焼きだと確信している。

 そんなオレと母さんは、日によって弁当の担当を交代している。特に決まりはない。なんとなくの気分次第で決まる。

 それを聞いて紬さんは戦慄(わなな)いた。


「そ……それはつまり、空は料理ができると……?」


「うん。まあ人並みには」


 母さんは面倒くさがりであるので、料理のレパートリーを故意に狭めている。それに不満を言えば、作らざるもの食うべからずと冷や飯を食わされたので、オレの趣味は料理となった。初めて作った温もりがありながらも悪ふざけとでも言うべきあの肉じゃがの味は、いつでも鮮明に思い出せる。

 思えばあの時、母の偉大さと料理の奥深さに心を奪われたのだ。


「ふ……ふふ、女子力高いね……私大丈夫かな」


 紬さんは目を荒ませながら菓子パンを貪る。


「いやでもすごいなぁ、私もこんな美味しそうにはできないかも」


 楓さんもしきりに感心している。彼女もどうやら料理をするようだ。そのうち彼女の料理も勝山の胃に収まるのだろうか。


「まあ昔からしてたから……そういう楓さんはどうなの?そのお弁当は?」


 彼女の手にもまた、色とりどりのオカズに彩られたお弁当が持たれている。きっと彼女のような女の子にお弁当など渡された日には、満腔の感謝を込めてそのお弁当を保存しかねない。男冥利に尽きるというものである。

 オレは勝山に無形の怨念を込めた。


「あぁ、これはお母さんの。私はまだ、人に振る舞える腕前じゃないからさ」


 そう言ってはにかむ彼女だが、オレは知っている。既に勝山はいくらか彼女の飯を食らっていることを。それを聞いてゴールデンウィーク中には血涙を流したものだ。今やそういうシチュエーションは夢物語となってしまっているが。

 どちらかと言えば渡す側である。


「またまたぁ、オレ知ってるよ――」


 そのことでからかおうとすれば、ニッコリと微笑みを浮かべながら口を押さえつけられた。

 言わぬが華だ。乙女心は繊細である。


「……紬ちゃん、元気出そうね」


「あうあう、私はどーせガサツですよ……バタークッキーが備長炭になる女ですよォ……」


「やさぐれないでよ……」


 由佳さんが紬さんを慰めている。このことに関しては、オレは一切詮索しないことにした。


 ーーー


「……そうか。難しい問題だな」


「そうなんだよ。なんていうか、暖簾に腕押しというか、何やっても手応え無くてさ」


 その放課後、オレは青山と連れ立って靴箱に向かっていた。教室の配置上、剣道場に向かうには靴箱の前を通る。それにちょうどオレが帰る足がぶつかり、一緒に歩いているところだ。


 その途中、この体になってからというものよく話すようになった青山に、オレは悩みをぶつけていた。彼は岩のように何を言ってもただ聞くに徹してくれるので、オレの口は非常に回る。


 「男らしいとか女らしいとかオレらしいとかさ、考えすぎて分かんないんだよね。後藤さんとかに怒られることだって、そうじゃないのと何が違うかも意味不明なんだよ」


 「そうか。俺もそういうのは分からんな」


 「そうだろー?だよなあ」


 青山は聞き上手である。

 そんなことを話しているうちに下駄箱に着いた。


 「あ、じゃあオレ帰るから。青山も練習がんばれよ。じゃあな」


 「あぁ、ありがとう。じゃあな、志龍」


 青山は剣道着をたなびかせて去っていった。今日もクールである。

 男の時にあれくらい気取っていれば女子からアプローチを受けたろうかと思案して、童顔の男が気取って何になると笑った。何よりもう女子からモテたいとかは思わない。


 「さて、帰ります……か……」


 オレの靴箱に靴は入っていなかった。

 代わりに一枚の紙が置かれている。一瞬ラブレターという可能性も疑ったが、それなら靴を隠す必要は無い。何より、その手紙はノートの切れ端のようだ。

 恐る恐る取り出す。すでに心臓が不穏な弾みをし始めている。今までこんなことは起きなかった。しかし、もしかするとオレが最も恐れていたことが起きようとしているのかもしれない。

 手紙には短く「屋上」と書かれていた。「後藤冴子」の名前とともに。


 落ち着かない足取りで階段を上る。もしかすると、後藤さんの集めた男に囲まれるのだろうか?それとも女子からリンチにでもされるのだろうか?わざわざ帰られないようにする手の込みようだ、ただ事ではないだろう。

 屋上は本来開放厳禁だ。そんな中でオレへの不快感を隠そうともしない彼女に呼び出されたのであるから、オレはこれ以上無いほど緊張した。

 そんな感情から喉が痛いほど渇き、なるべく早くつかないようにゆっくりと歩いた。先生には言いたくない。彼女は「女々しい」オレを敵視しているのだ。女性の彼女からの誘いに怯え、先生や友達と連れ立って呼び出しに応じるような「男らしくない」行為は嫌がるはずだ。

 オレはか細くなった指を引き結び、握りこぶしを作って気合いを入れた。

 眼前には屋上に続く扉があった。本来あるはずの南京錠は外されている。

 オレは立て付けの悪くなった扉を肩をついて押し開け、そのまま屋上へと出た。


 そこには、オレのローファーを傍らに置いて一人で立つ後藤さんの姿があった。


 「――志龍くん。話があるんだけど」


 志龍くん――という懐かしい響きと共に、後藤さんは不満げな表情でオレを待っていた。

文字数3000くらいでも良いだろうか……。

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