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男子やめました  作者: 是々非々
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変化の悩み

短いです。

 家に帰ってすぐ、オレは泣きはらした目のままに母さんと夏生に報告を上げた。

「俺、もう戻れない」それだけ伝えれば、母さんも夏生も目を潤ませながらオレを胸元に引き寄せた。三人で抱き合うかたちとなる。


「つらかったのね、ごめんなさいね、お母さんは味方だから、だからもう泣かないで」


「お兄、ごめん。お兄は雑に扱っていいとか、どっかで思ってた。ほんとにごめん」


 夏生には少々睨みをきかせてやったが、「女の子確定祝いだ!」などと言って赤飯を炊かれるのではないかと怯えていたオレにしてみれば、真剣に向き合ってくれている家族に胸が温まって感極まるところだった。ツンとした鼻をすすれば、せっかく押しとどめた涙がじわりと溢れ出した。

 車で散々泣きはらしたのに、またも瞳を潤ませている。この体の涙腺の脆さは何とかならないのか。そう思いながら、オレは肩を震わせた。


 男に戻るという目標は、オレにとってかなり大きなものだった。この一週間平静でいられたのも、きっとそのうち戻れるからという思いの故だった。それがもうダメだなんて、実例と共に言われたのだ。泣くくらい、いいだろう。

 オレは言い訳するように泣く理由を考えては、それを涙に変えていた。女々しいことこの上ないと思ったが、果たしてこれが女性独特の心情なのかすら分からなかった。

 結局オレが冷静に考えられるようになったのは、夕ご飯を断りふらふらとベッドへ潜り込み、一度意識を落とした後だった。気が付けば深夜0時。夏生に言わせれば肌を殺す時間へと差し掛かっていた。


「……はあ」


 目が冴えた。いっそ寝てしまおうと目を瞑っていたが、かえってオレの意識ははっきりとし始める。

 その原因は、今日病院で見せられた写真であった。


「妊婦だったよな」


 オレと同じく男から女になったという写真の女の子は、幸せそうに笑っていた。あの幸せは、きっと女性としての幸せなのだろう。なぜなら、それ以上ないほどに「女性」としての機能が働いていたのだから。

 元男の精神を持つはずのあの子は、女性として愛されていたし、その愛を受け入れていたのだ。


「……わけわかんねえ。無理だろ、無理無理」


 脳裏に浮かぶのは万場ら軽薄な男子たちの姿だった。あれに言い寄られてクラっと来る女の子は、よほどの物好きか不埒物である。あるいは物好きかつ不埒物だろう。そうでなくとも、男と付き合うなんて真似は考えられない。

 そこまで考えて思い返されるのが、もう一枚の写真の女の子だった。痩せぎすな顔をしてこちらを睨み、炯炯とした目はひどく冷たい印象だった。何度も爪を立てたであろうミミズ腫れのような跡になった傷跡は、もはや女性としてのもとの印象すら誤魔化していた。


「……でもあれは、やだな」


 傷をつけたところで、何が変わるわけもなし。ただただ痛いだけである。きっとあの行為は、石山先生の言うところの「希望」ではないはずだ。


「わからーん。でも何が分からんかもわからーん」


 オレは男に戻れないから、女の体で生きていくしかない。でもこの先どうなるか分からなくて、でも周りからは男だったり女だったりに扱われている。それは嫌だが、結局オレはどう扱われたいのだろうか。男として接して欲しいというのは、前に進んでいることになるのか。だが、15年という歳月によって凝り固まった男子としての意識のまま、女らしくいるのはひどい自己矛盾だ。オレはオレらしくあればいい。これは、男としての生き方に逃避しているだけではないのか。否、そうではないのかもしれない。


「だぁーもう!分からん!誰かはっきり言ってくれ!」


 枕元でのんびりと眠る小物の猫を見て、オレはうっすらと青山の顔を思い出した。


 ーーー


 あれだけ悩んでいたのに一晩寝たら気が楽になった。

 いや、何も悩みが霧散した訳ではないが、とりあえず一日過ごすことにしたのだ。

 日曜日は有限である。


「はい、じゃあもう一回ね。わ・た・し」


「ワタシ」


「……なんかちがーう」


 そんな日曜日の昼下がりにて、オレはリビングにて夏生から「女の子らしい言葉づかいレッスン」なるものを受けていた。オレは一人称から下手くそなようで、何度も何度も私と言わされている。

 夏生自身が「あたし」と言うのに、私と言わされるのはどういうことなのか。それを追求すれば、「お姉ちゃんには私って言って欲しい」と返された。良き兄であるオレに、それを聞いてなお抵抗することはできない。この通り、私の練習をしている。


「うーん、ちゃんと言ってるんだけどなぁ。ワタシ」


「なんか、なんか違う。蜘蛛と雲くらい違う」


「板についてないわねぇ」


 母さんまで口を出しだした。テーブルに肘をついて茶をすするその姿からは、到底本気で考えているとは思えないが。


「……まあいいや。急に変えるのも変だと思うし、今は俺でいいよ」


「お、マジで?じゃあそうしとくわ」


 夏生は諦めたようで、「お姉ちゃんめ」と言いながらクッションに倒れ伏した。

 母さんはケラケラと笑う。


「ソラは昔っから人にやらされるのが嫌いだもの。ママっ子から母さんって言うようになったのも、勝山くんを家に呼んで笑われたからだからね」


「母さん、夏生には黙ってたのに蒸し返すなよ」


 今思い出しても恥ずかしい。小学五年生の夏、オレはママ呼びをようやく止めた。矯正には苦労したが、おかげで無事にママ呼びを卒業できたのである。


「……そうか、自分から私って言いたくなるようになればいいのか!!」


 それを聞いていた夏生は、クッションに顔を半分埋めながら叫んだ。


「何言ってんだ?」


 そう聞けば、夏生は顔だけこちらに向けた。


「お姉ちゃん、恋をしよう!男の人に!!」


「大バカ野郎」


 夏生のとんでもない思い付きに冷や水を浴びせるも、夏生は構わず話を続けた。


「お姉ちゃんが男の人を好きになったら、きっと女の子として見て欲しくなって勝手に私って言ってるよ!流石あたし、天才!」


「夏生よ、天才とバカは紙一重と偉い人も言っている。一回シャワーで水でも浴びて頭を冷やしてこい。一回り成長して風邪をひけ」


「なに!?バカは風邪ひかないって言いたい!?じゃあ風邪ひかないお姉ちゃんだってバカだね!」


「オレの場合は健康なんだよ!」


 母さんがお茶を入れてくれるまでこの言い争いは続き、そしてオレがはっきりと恋などせぬと言い切る前に話題は流れたのだった。

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