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男子やめました  作者: 是々非々
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セカンドオピニオンは無い

タイトル回収回。

活動報告にて弁明があります。

「……緊張してきた」


「まぁそうだよなぁ」


 少し型落ちの普通車に揺られながら、父さんとオレは呑気に緊張していた。

 目指すは地域の大学病院。このあたりの人間なら誰もが名前を知る大病院である。

 オレは今日、ここのお医者様に性転換の症状を診察していただき、また、簡単な身体検査とDNA検査までされる予定となっている。一日かけての大検査に、まるで自分が大病を患ったかのような感覚になって気が重くなった。


「なに、帰られなくなることはないんだから、気楽にいこう」


 父さんは柔和な笑みを浮かべている。

 オレは「他人事だと思って……」と軽く睨み、遠目に見える病院を前に項垂れた。


 ーーー


 ツンと鼻を刺す薬品臭が身をこわばらせるのを感じる。

 病院の受付で西先生の紹介状を提示すれば、ノータイムで中に通された。こんなことは初めてで、オレも父さんも分かりやすいくらい緊張していた。目線が定まることを知らず、特に面白くもないのにそこらじゅうの張り紙を読み上げた。

 やがて看護師さんに通されたのは、奥ばった所にある診察室だった。


「中で先生がお待ちですので、どうぞ」


「は、はい。失礼します」


 引き戸を開け、カーテンをくぐると一人の快活そうなおじいさんに迎えられた。

 西先生も日焼けしているが、この先生も負けず劣らず日に焼けている。白衣の上からでもわかるほど姿勢も整い身が締まっていた。


「よくきたね!とりあえず座っておくれよ!!」


 そう言ってくしゃりと人当たりのいい笑顔を浮かべる先生を見て、オレはすっかり緊張を忘れてしまった。


 促されるままに、先生の前の椅子に腰を下ろす。オレの後ろでは、父さんが看護師のお姉さんに勧められて腰を下ろしていた。


「確認だけど、君が志龍空クンだね?先週までは男だった」


 顔に微笑みを浮かべるままに、先生は聞いてきた。オレはそれに頷く。


「はい、志龍空です。西先生の紹介できました。よろしくお願いします」


「よろしくお願いします。失礼、申し遅れましたが主治医の石山(いしやま)です。いやあ、少し興奮してしまいまして、自己紹介が遅れました。申し訳ない」


 眉をハの字にして石山先生は言った。どうやら実際に性転換をしたオレを見て興味が湧きたったらしい。さっきから手元の資料を流し目に確認している。オレの男時代の顔写真や身長が記録されているのが見えた。以前母さんが言っていた「送ったデータ」とやらだろう。水曜の夜に「送っといた」とだけ言われた。


「保険証を見てもなかなか信じられないよ。そのうち変わるかもしれないが、登録が男なんだからね。お父さん、この子は本当に息子さんですか?」


 父さんはすぐさま首肯した。


「ええ、間違いなく息子です」


「そうですか……。残念でしたね、とでも言うべきなのでしょうか。私としましてもこの症状はしっかりと見たことが無いものですから」


 先生は探るように呟いた。しかし、父さんは穏やかな顔をして首を振る。


「いえ、空が不幸な目に合わなければいいのです。それより先生、空はどうなのでしょうか?」


「あぁ、失敬。柄にもなく緊張しているようです……では、空くん」


 先生は居住まいを正してオレを見た。それはさっきまでの軽妙な雰囲気ではなく、まっすぐにオレの瞳を捉える真剣な眼差しだった。


「これから、君にいくつか質問をしますが、まず先に伝えなければならないことがあります」


「はい」


 石山先生は古ぼけた紙の束を取り出した。何かの冊子のようだ。表紙には『非西洋医学界における身体の性別転換事例に関する考察』とあった。


「西君からどこまで聞いているかは知らないが、僕は若い頃に……馬鹿げてるって笑われるかもしれないけど、性転換について調べたことがあるんだ」


 真剣な表情で、簡単には頷けないことを言う先生。しかし、実際にそれを体験したオレにとっては地獄に見た一筋のクモの糸のようにも感じられた。

 この一週間で、気にしないようにはしていたが、それでも好奇の目には晒されていたし、男にも女にも見られない感覚に孤独を感じていた。その一方で、好意的には接してくれる友達もいたが、あくまでも扱いは「女の子」だった。

 現実と心の乖離が激しい。


 先生は続けた。


「詳しいことは省くけど、当時僕は見聞を広げるためにアジアに行っていてね、そこで現地の民間療法を調査していたんだ」


 先生はそこで言葉を区切り、さっきの冊子を一枚めくった。そこには笑顔で写真に写る女の子の画像があった。その子のお腹は膨れており、妊娠していることが分かる。また、違う女の子の画像もあったが、その子はさっきの子とは一転して険しい顔をしており、その顔には引っ掻いたような痛々しい傷跡があった。

 なぜ、こんな女の子の画像が貼られているのか。それはこの冊子がなんなのかを考えればすぐに結論できた。


「……まさかこれって」


「そう、僕はその時に性が一夜にして変化する奇病に出会ったのさ」


 そう言って先生はまたしてもページをめくった。さっきとは違い、今度は白人の男の子の画像があったが、その子は物憂げな表情で佇んでいる。


「これは僕が世界で三例だけ発見した性転換の事例さ。これを調べるのには十年かかった。この三人で直接出会えたのは最初の妊婦の子だけだしね。他はそれこそ百年以上前の事例もある」


 そう言って、一枚の荒い画像をなでる。顔に傷のある女の子だ。きっと、教科書でしか見たことのない時代に生まれたのだろう。


「まあ、この子達が本当に変わったのかも分からないけどね。確かな身元も不明だったし、見世物のつもりだったかもしれない。でも昔からオカルト好きな僕には、調べる価値があると思ったのさ」


 先生は冊子を閉じた。


「お父さんも聞いてください。空君、もしかしたら君は違うのかもしれないが、恐らく君は元に戻れない。唯一見つけたこの女性も調べさせてもらったが、体は健康そのものだった。原因らしい原因は無い。現地の診療所では『陰陽病』と診断したそうだ。気の流れが成長するに従って変化することで起きるらしい」


 そう言われた瞬間、オレは意識が遠のいた。


 ーーー


 あの後、いくつか問診をされ、その後診察着に着替えて病院中を練り歩いた。血やら髪やらをふんだんに提供し、診察のたびに自分の健康を確かめた。

 一日検査した結果、オレは「きわめて健康。やや痩せ気味」という結果をいただいた。


「空君、主治医だなんだと言っておいて、突き付けたのがもう戻れないことなのは申し訳無い。ただ、僕の医者としてのエゴを押し付けただけだったね」


 最初に明るく接してきたのは、きっと心を明るくさせてショックを和らげようとしてくれたんだろう。今だって、柔らかな表情で話している。それに、なにも命にかかわるようなものじゃない。


「いえ……万が一の可能性でも俺のためにここまでしてくれて、ありがたかったです。ありがとうございました」


 オレがそう言って頭を下げると、先生は残念そうにため息をついた。


「……本当に、期待させてしまって申し訳ない。ただ、言っておかなきゃ君はいつか来ると思われる男に戻る日を待って、青年期を過ごすことにもなっただろう。それは君のためにならない。そんな希望の無い日々は、送らせたくなかったんだ。ごめんよ、僕のわがままで」


 先生は悲痛な表情でそう言った。


「……希望って、なんでしょう」


 男に戻ることが希望ではないのか。

 それを失ったオレは、いったい何を希望にすればいいというのだろうか。

 先生に目を向ければ、先生はまたしても真剣な目でオレを見た。


「僕の思う希望とはね、具体的じゃないんだよ。患者さんが、どれだけ思わしくなくても自分のことを正しく認識し、自分の足でしっかりと、一歩ずつ未来へ歩みを進めることを希望があるのだと、思ってる」


「未来、ですか」


 そう問えば、先生は大きく頷いた。


「ああ、未来さ。僕は医者として、主治医として、いくつかの道を示すことができる。一つは、信頼できる性転換手術を行う病院を紹介しよう。二つ目に、性について相談できる精神科医に紹介しよう。これだけしかないのが無念だが、どうしようか?」


「そうですね……」


 オレは結局、どちらにも首を縦に振らなかった。気休めのDNA検査の結果は二週間後に分かるとのことで、その日は終了となった。先生は「また、何かあれば相談に乗る」と言って、連絡先を教えてくれた。

 オレはそれだけでも嬉しくなり、お礼を言って車に乗り込んだ。


 ーーー


「――良かったのかい?お医者さんの紹介とか、手術とかは受けないで」


 車を運転しながら父さんが聞いてくる。

 以前オレは性転換手術をねだったので、それにも頷かなかったのは不思議だったらしい。


「ああ、うん。なんか、しちゃダメな気がしてさ」


「ダメ?」


 父さんは余計に不思議がった。


「うん。今日検査を受けて、健康だって言われて、女性としても問題ないって言われて、石山先生に話を聞いて、わざわざ手術までしてこの姿で元の性に戻るのは、俺のためになるのかなって思えたんだ」


「……うん、でも、きっと将来――」


「――結婚とか、全然想像つかないし、今こんなになっても友達がいて、楽しいんだ。勝山って覚えてる?小学校から一緒の。あいつ、俺が女になっても話し方で志龍だって言ってきたんだぜ?」


 オレは父さんの言葉を遮った。今のことで手一杯のオレに、将来を考える余裕はない。一歩先しか分からない。この姿で男になって、どうなるかなんて想像もできないのだ。


「俺を分かってくれる人がいて、この体が元気なんだよ。もう一回それを捨てて、どんどん歪になって、それで生きていこうだなんて、思えなかったんだよぉ……」


 今だって、元男の女なんていう歪な存在だ。中には不気味がる人もいるし、好奇心しか向けないものもいる。それだけに、自分に向けられる好意というものが一層大切に感じられた。


「……そうかい。なら、父さんはお前を支えるよ。頑張れ」


「わかってるよぉ……」


 オレは泣いた。女になって嫌なこともあったが、オレは幸運なことに人に恵まれ、何事もなく生活できていた。それを再確認させられ、高い声でしゃくり上げて涙をこぼした。

 今はそれでいい。

 オレはこの日、男子を止めることにした。

ここに乗せてた弁明を活動報告に移しました。

空ちゃん頑張って。

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