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男子やめました  作者: 是々非々
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男女の好みと己の好み

 状況を整理しようと思う。

 オレ以上にこの状況を把握している方に関しては、是非答え合わせをお願いしたい。

 オレは友達の由佳さん、紬さんらと一時別れ、小物売場を物色していた。男の時には横目で見るばかりだった、猫が座布団で丸くなっている小物を発見し、昔を懐かしんでいた。そこにクラスメイトであり盆栽を愛する男、青山仁が現れた。

 ふむ、分からん。


「――志龍、俺の顔に何かついてるか?」


「あぇ?いや、そういう訳じゃない」


 訳が分からず青山の顔を見ていると、日頃から盆栽然とした彼が口を開いた。妙に大人びた声が耳に届く。


「なんでこんな女々しい所にいるんだと思ってな。青山はこういうのに興味無いと思ってたわ」


「そうか。俺も猫は好きだからな」


「猫……あー……」


 青山はオレが手にしていた座布団で丸くなる猫の小物を見て言った。こんな女の子向けの小物を持っていたと今更ながらに思い至り、恥ずかしくなって棚に戻した。


「?

 いらないのか?」


 青山は不思議そうな顔をする。


「いや、俺も嫌いじゃないけどさ、なんか、女の子っぽいし」


 そう、何度も自問しているがオレは男子。下手に女々しい趣味を見せては、女子になりたいのかと揚げ足を取られかねない。

 そんな俺を見て青山は目を細めた。機嫌を損ねたというより、微笑むという面持ちだ。無表情と言っても通用しそうなレベルにとどまってはいるが。


「そうか。てっきり猫が好きなだけと思ったが。お前が好きなら良いんじゃないのか?」


「……なるほど?」


 確かに、青山のような男でも猫欲しさに小物コーナーに来るのであれば、女々しいだのなんだのを気にしなくても良いのだ。オレもかつては興味があったからな。

 そうとなれば、オレは猫を買いたくなった。棚に戻した小物を再び手に取る。


「ありがと、なんか目が覚めた。青山も何か買うのか?」


「あぁ、俺はこれだ」


 青山が手に取ったのは、オレのと同じ三毛猫が盆栽をつついているものだ。ここに来ても盆栽なのかと感心する。


「じゃあな。志龍は柏木と南原と一緒だろ。あいつら万年筆の前で騒いでたから、合流してきたらいい」


 青山はそう言うとレジの方に向かった。


「そっか。教えてくれてありがとう。また来週な」


 青山は「ん」とだけ返事すると、そのまま行ってしまった。

 あいつ、小物だけ買いに来たのか。それだけ思うと、由佳さんと紬さんに意識を向ける。


「……万年筆でもまた悩んでるのか?」


 果たしてノートは選んだ後なのだろうか。

 シャーペンコーナーとノートコーナーに挟まれた場所に万年筆のブースがあったはずなので、選んでいないのだろうなと予感して、オレは小物コーナーから出た。


 ーーー


「いやー、万年筆ならボールペンでも良いよね」


「由佳さあ、何回もそう言ったじゃん。変わったの見るたび止まるのやめてよね」


 オレが合流した時には、由佳さんは万年筆を諦めて笑っていた。紬さんはまたも不服そうに頬を膨らせている。


「まだノートを選んでないのか?」


「あ、空ちゃん。そうなの、由佳のバカがまーた悪癖発揮しちゃってさ」


 紬さんは不機嫌そうな顔をこちらに向けて言った。


「いや、ホントに良いと思ったんだけどね?まだ早いかなーって」


「もう!そういうのはいいから、早くノート見に行くよ。ここだけで何時間潰すつもりなの」


 結局、ノートコーナーでも変わり種のノートをいくつか見つけ、由佳さんの心が惑わされ、文房具屋から出たのは入ってから一時間後のことだった。最終的に選んだのがシンプルな大学ノートであったので、紬さんは憤慨した。

 そして今は、三人で連れ立ってモールの中を歩いている。目的地は今をときめくJK達御用達のスイーツ店だそうだ。


「てか、空ちゃんのそれかわいいよね」


「あ、それ思った。すごい女の子っぽいよね」


 シャーペンとは別に、透明のプラスチックケースに入れられた猫の小物を見た二人は言う。

 反応は予想していた通りで、女々しさを感じているらしい。


「まぁ、前から気になってたんだ。猫好きだし。今は女子になってるから、買っても違和感ないだろ?」


 そう言うと、二人は得心したように頷いた。


「空ちゃんは猫派か〜。私は犬派だな。飼ってるし」


 由佳さんが言う。見せてくれたスマホの待ち受けには、アホ面で飛びかかる柴犬の姿が映されていた。


「私はハムスターかな。犬猫も良いけど、ちっこいのがいい」


 照れながら紬さんがそう言えば、場の空気はすっかり弛緩したのだった。

 余談であるが、南原紬という女の子は身長が小さい。高校生にして144(本人によれば146)センチという体躯を誇る。


 そうこうしていると、通路が交差する地点に設けられた広場に出た。広場の中央には円を描くようにベンチが配置され、その中央には大型のバンを装った露店が鎮座している。

 以前楓さんと皐月さん、そして母さんと夏生と訪れたクレープ屋であった。


「ここのクレープはなんやかんや食べたくなるんだよね」


 由佳さんは小銭を数えながら言った。


「ダイエットしてる時にも食べたくなったりして、地獄だった」


 そう言って、ダイエットをした経験を明かしたのは紬さんだ。そんなに小さいのに、減量などして大丈夫なのか?

 そう不審がっていると、紬さんは鋭い目をこちらに向けた。上目遣いなのでイマイチ迫力にかける。


「……空ちゃん。変なこと考えなかった?」


 しかし底冷えするような声色で紬さんは問い詰める。


「いえ、何も」


 やぶ蛇は地の文でも控えることにしよう。


 オレ達は意気揚々とクレープを購入し、ベンチに並んで腰かけた。

 オレがチョコのクレープを買った時は驚かれたが、オレも違和感は拭えないのだ。「てっきりソーセージとか入ったやつを買うと思った」とは由佳さんの談である。

 だが、どうにもクレープは甘いのが良いのだ。ガッツリ系のはメニューを見ただけでお腹いっぱいである。


「うぅん、甘い」


 そして美味い。中に詰まっている生クリームに舌鼓を打ちつつ、オレはクレープを楽しんだ。


「……空ちゃん美味しそうに食べるねえ」


「男子ってこういうの食べないイメージだった」


「うん、俺も前は食えなかったんだけどさ。この体になってから甘味には強くなったな」


 チョコなど食べようものならブラックコーヒーを用意していたあの頃が懐かしい。そういえば中学に上がってからは、外食でスイーツを頼むことも少なくなったし、高校生になる頃には皆無となっていた。なのに、この体になった途端にスイーツもいける口になったのだ。

 女体の神秘である。


「空ちゃんは穏やかで話しやすいわぁ、後藤さんとかより気が楽だよ」


 由佳さんの言葉に、オレは思わず手が止まった。

 後藤冴子さん。女になったオレを敵視する、男性不信気味の少女だ。

 紬さんも由佳さんに続く。


「冴子はいい子だけど、ほんと男の人がダメだからな。雑談から男子への愚痴になるのもお決まりになってる」


 なるほど後藤さんは日頃の生活でも、男子から多大な被害を被っているらしい。本人は優しそうな容姿をしているので、気軽に絡む男子も多いのだろう。


「事情を知ってたら、気持ちは分からなくもないけどさ〜。あそこまで言われるとちょっと気が悪くなるかも」


「まあ、それ以外はいい子だから構わないけどな。早いとこトラウマが無くなればいいけどな」


 結局、後藤さんの話題はそれだけで、後は他愛ない話に流れていくのだった。

 トラウマとは一体なんなのだろうか。


 今日は結局それきりで解散となった。途中まで三人で歩き、家の方角の違いからオレは二人と別れて帰った。

 空を赤く染める夕日が眩しい。

 明日は、いよいよ西先生に言われたお医者さんにかかる日なのだ。

 男に戻れるかどうかが分かるかは知らないが、良い結果が出るように祈った。

盆栽したことないです。

思っていた以上に評価が頂けて嬉しいです。

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