これからも
「私も変わったねえ」
「うん?」
中間試験も終わった、ある日のこと。
私と仁は町中を連れ立って歩いていた。今は金曜日の夕方である。私も仁も、制服の襟元を少し着崩していた。
ふと、ゲームセンターが目に留まった。自動ドアのガラスに写った自分を見て、不思議な感覚に囚われる。着崩した女子制服に、暑くなってきたので涼しくなるように、と付けた前髪のピン、所定より少し上げたスカート。私は私で、そして私でない様だった。
この感覚は何度目だろう。ふとした時に浮上する、かつての私の視点が主張する。でも、随分久しぶりにこの主張を感じる気がした。隣に彼がいるのも初めてな気がする。そう思い、ぽつりと呟いた。
「ほら、見て見て」
そう言ってゲーセンの自動ドアを指差すと、ちょうど同じ地域の中学の制服を着た男子たちが出てきた。彼らと目が合い、すぐそらして誤魔化す。目線を戻せば、また私と、隣りにいる仁がこちらを見ていた。
「どうよ!板についてるでしょ」
この女の子然とした私を見てよ、そう目線で伝えれば、仁は微笑んで私の頭に手を被せた。
「そうだな」
「それはそれとして、ゲーセン行こ」
「おう」
そして私達はゲーセンに足を踏み入れた。入口の方にあるクレーンゲームはスルーだ。私達は揃いも揃って下手なので、一度手を出すと永遠に百円玉を吸い取られる。
どんどん奥に進む。クレーンゲームゾーンを過ぎると、リズムゲームが立ち並ぶ区画に入る。仁は太鼓タイプのリズムゲームに目をつけた。少し先にある、円形の画面の筐体に目を奪われていた私もくるりと立ち返り、筐体の前で並ぶ。
「とりあえず、やるか」
「ういうい」
いつものルートとか、絶対やりたいゲームがあるわけじゃない。でも、何となく始まったゲーセン巡りは、このようにぬるりと時間が過ぎていく。
お互いの財布から百円硬貨が無くなった。お札を崩す程でもないか、と目を合わせる。仁は肩をすくめながら、シューティングゲームのコントローラーを戻した。リズムゲームをしていたのは数十分前、今はリズムゲームの区画よりさらに奥に進んでいた。
「昔はこういうゲームがあったら飛びついてたな」
拳銃の形を模したコントローラーを見ながら彼は言った。
「わかる。わかるけど……意外だね」
「何がだ?」
シューティングゲームの筐体から離れながら話す。周りの音が大きいから、私と彼の距離は近い。
「ほら、仁は剣道家だし?」
「うん?」
ちょうど私の声に被さるように、横の筐体から『フィーバー!』と電子音が鳴る。そのせいで聞こえなかったのか、仁はまた一層顔を私に近づけた。
「仁は、剣道家だし!」
「そうだが……まあ、昔は特撮とかも見てたしな、日曜の」
私が声を大きくすると、仁はふいと視線だけずらして言った。
「そうなんだ」
そう言うと、「あぁ」と返して仁はほんの少し歩調を強めた。
「からかったわけじゃないよ?」
「分かってるよ」
彼はそう言いつつも、少し照れているようだった。意味もなく、ちょくちょくスマホで時間を確認している。
私は彼の秘密をまた知れた気がして、ずっとわくわくが止まらなかった。
試験期間が過ぎたとはいえ、私たちが使えるお金が増えたわけじゃない。そそくさとゲーセンを後にすると、私たちは目的もなく町を歩いた。
カポカポとローファーが鳴る音を残しつつ、夕焼けに染まる空を見る。
「なあ、空」
「なに?仁」
仁がぽつりと呟くように私を呼んだ。
「どこか寄るか?」
投げかけられた質問は、そんなに難しいことを聞いていない。でも、「いいや」と答えたら、今日はもう解散なのだろう。ちら、と彼を見ると、口を少し尖らせてものを考えているようだった。何となく帰りを引き延ばしたいのは、お互い様らしかった。
歩幅狭く歩きながら考えていると、自販機の前を通りかかった。
「そうだ!この前の分、奢って?」
「そういえば言ってたな……」
新発売!とステッカーの貼られた毒々しい色のジュースを指さして言った。
いや、別に私に自販機の開拓者精神があるわけではない。
もう家に帰ってしまうのがもったいなくて、苦し紛れにノールックで指し示したのがそれだったのだ。
私が「おや、なんだこれは」と思ったのは、彼に深緑色の缶を手渡されてからだった。
彼の手を見ると、そこにはコーラがあった。「いいなあ」と、私の口から洩れた。
ーーー
「ふあー……。つっかれたあ」
「結構歩いたもんな」
ジュース片手に何か話そうか、と、私たちは近くにあった公園のベンチに腰掛けた。
さっきよりも青みがかってきた夕暮れを眺めつつ、カシュ、と缶を開けた。
「そういやさ、今度どっか出かけようよ」
いうなればデートである。しかしそうは言わない。なぜならバカップルぽいからである。
そして、私がデートの計画を話題に出したのは、前に勉強会をしたときに、デートの約束をしたのを思い出したからだ。あの時は確か、キスをするのに夢中になった私たちは、場所を決めていなかった。
「そうだなあ……遠出とかしたいな」
「いいね~。何かあったっけな~……。隣駅とか……あんま知らないな」
「……要リサーチだな……」
そこまで話して、お互いぐび、とジュースを飲んだ。
私の毒々しいジュースは、いやにすっぱくて背筋がぞくりとする味だった。
「うひ、失敗した~~~…………」
私が缶を遠ざけると、仁は覗き込むようにパッケージを読んだ。
「……キウイプラム味……?で、炭酸……かあ」
「すごい味する。なんか、ぞくってきたわ」
私の頭から、デートの話など吹き飛んだ。あまりに慣れない味なので、べえっと舌を出す。
「ちょっと飲んでみてよ!」
ぐい、と缶を仁に押し付ける。私はいそいそとコーラを飲んだ。缶を押し付けられた仁は、においを確かめて首をかしげると、ぐい、と思い切りよくジュースを飲んだ。
と同時に、眉間にしわを寄せていた。
「んぐっ……!?」
「あははは!失敗したって言ったじゃん!ほらティッシュ」
彼も味に驚いたのか、下を向いて少しせき込んだ。どうして思い切りよく飲むんだと、彼の背中をさすりながらティッシュを渡す。
「ありがとう……。いや、どんなものかなと」
「こんなもんだよ」
「すごいものを買ってしまったな」
じろ、と二人で缶を見る。
まだ半分も飲んでいないジュースを見ながら、私たちはへらと笑った。
「まあ、どこに行くかはそのうち決めよう」
仁は座りなおしてそう言った。ちゃっかりと私の手のコーラとかのジュースを入れ替えた。
「そうだね。とりあえず、いつも通りでいっか」
「あぁ」
そこまで言い合い、またお互いにジュースに口をつけた。
「うぐう……」
「ほどほどにしたほうが良いんじゃないか?」
「そうしたいのは山々どす……」
でも、もったいないじゃん?そこまで言う前に、私の声は小さくなった。
私たちの空気が静かになった。薄暗くなる中、近くを通りかかる車のタイヤの音が遠ざかる。
「なあ」
「うん?」
私の声に、仁は顔を向ける。
私は倒れこむように、彼とキスをしてみた。
「……な、なんだ?どうした?」
珍しく声を上ずらせて、仁は言った。
「やー。なんとなくしたくて?」
「……そうか」
仁はそれだけ聞くと、私のほうにぐい、と身を寄せ、はあ、と一息ついた。私も負けじと距離を詰める。
ほんのり彼のにおいがした。
「私、すっかり男子やめちゃったな」
「今更戻られても困る」
私がポツリと吐いた言葉は、返す言葉にはじかれ消えた。
様々な評価を頂くこととなるかと思いますが、ここで一先ず完結とさせていただきます。
私が思う、空さんの男から女への揺蕩いは、きっとここだと思いました。
閑話形式で、消化してないイベントなどを書けたらと思っております。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。