表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男子やめました  作者: 是々非々
100/101

近くと遠くと

 威勢のいい運動部の掛け声を聞きながら、私は机にかじりついていた。

 中間テストというのは、案外早く迫ってくる。そして課題の量も増してくる。その量の多い課題は私から優雅さを奪い取り、先日由佳達とカラオケに行った時、カバンに英単語帳を忍ばさせた。

 結局それを開くことはなかったが、家に帰った時にそれを見て、勉強できてない!と心を焦らせた。


「――ふあ~。疲れた」


 人もまばらな図書室でそう呟いた私は、備え付けの時計から自分の勉強時間を振り返り、休憩しても良いかという気になった。解きかけの問題集を閉じて頬杖をつくと、窓際の席ゆえにグラウンドや体育館が目に入る。

 サッカー部がわらわらと走り回るグラウンドのそばを、制服姿の生徒が帰りがてら見物している。その隣を練習着姿のバスケ部が走り抜け、その進行方向には体育館があった。

 換気のために開けられたらしい窓を覗けば、剣道場が目に入った。図書室からは剣道部が陣取る体育館が見える。図書室の窓は閉まっているので聞こえないが、パチパチと竹刀のぶつかる音がしているのだろう。


「お」


 ぼんやり見続けていると、どうやら仁らしい人物が立ち上がった。どうやらあいつも何かするらしい。

 私は詳細を知らないが、壁に向かってひたすら竹刀を振り始めた。


「がんばってるなあ」


 そのままじーっと見続ける。見続け見続け、彼が10振りもしたかという時、私はぼんやりしていた頭を振った。


「よし、がんばろ」


 私はシャーペンを握り、問題集に集中し始めた。

 一度集中しきって疲れていたが、不思議とそれからも勉強ははかどり、結局暗くなるまで自習は続いた。なんだか真面目なガリ勉ちゃんになった気分である。どこか普段と違う自分になれた気がして、私は得意な気分になった。

 てこてこといつもより歩調早く歩いていると、体育館への渡り廊下から笑い声がした。ふと足を止めてそちらを見やれば、なんと道着姿の仁が曲がり角から姿を見せた。私が目を丸くして驚けば、彼もまた驚いたように一度足を止めた。一瞬そのまま見つめ合ったが、彼が「よう」と手を挙げたので、私も「よっ」と軽く応えた。


「練習終わったの、今?」


「ああ、ついさっき終わった」


 部活終わりの彼は、どこか熱を持った空気をまとっていた。顔を見れば、汗が流れて髪も濡れていた。

 手には財布を持っていたので、私がさっき通り過ぎた自販機に向かいたいらしい。


「飲み物?」


 せっかく会ったのだ、この後は彼と一緒に帰ろう、そう思った。そして私がそう聞くと、仁はうなずいた。なので、一緒に歩いて自販機に向かう。

 自販機は下履きのまま歩くことを許された、野外の休憩スポットにある。仁が引いたガラス張りのドアから外に出ると、夕暮れも落ちかけた紫がかった夕焼けが見えた。どこか夜のにおいを感じながら自販機の前に来る。仁は500円玉を取り出して、「どれにする?」と言った。


「奢ってくれんの~?じゃあレモンティーで」


「わかった」


 続いて仁がスポーツドリンクを買い、私たちはそのまま並んで立ち飲みをした。

 ぷは、と一口飲めば、横では仁がぐびぐび音を立ててスポドリを飲んでいた。よほど練習がハードだったらしい。

 ぱちり、と音を立てて、近くに伸びる電灯がついた。

 重いカバンを下に置くと、仁はベンチに腰掛けた。ちょうど向かい合う形になったので、私は立ったままでいた。仁は「座るか?」と首をかしげたが、私は「いいよ」と首を振った。


「今日は遅かったな」


 練習終わりで疲れているはずの仁だが、どこかやわらかい表情でそう言った。


「図書室で勉強してた」


「そうか。長い時間やってたんだな」


「すげーだろ」


 今日の成果を報告すれば、私はますます得意な気分になった。ニッと笑えば、仁はフッと気が抜けるように笑った。


「図書室から剣道部見えたよ」


「確かに、場所的に見えるよな」


「五時半くらいにさ、窓際で竹刀振ってなかった?」


「少し待てよ……あぁ、そういえばそれくらいだったかもな」


「見えてた」


「本当か。……というか、分かるのか」


「ぽいなーって」


「当たってる」


「だろ?なんか奢って」


「今買った」


「これはノーカン」


「そうか。……また今度な」


 ぽつぽつと話すと、私たちのどちらもペットボトルの口を閉じていた。もう特に飲む気もないので、カバンの中に入れた。

 顔を上げても、仁も私も動かなかった。なんとなく、落ち着いた重みのある空気が流れていた。この場所は静かで、ずっと遠くに運動部たちの喧騒が聞こえている。

 そんな場所で見つめ合っていると、ぼんやりと最近のことを思い出した。


(そういえば、キスのこととか騒いじゃったな)


 他のカップルたちに助言を求めていたのを思い返し、私は落ち着かない心境になった。したいことがバレバレで恥ずかしい。


「空、座らないならそろそろ行くか?」


「んー……」


 仁の問いにもぼんやり返し、私は不思議そうにする彼を見た。


「お疲れだなー」


「まあ……そうだな。ありがとう」


 なんとなくこの場を引き延ばしたくて、思いついたことを口にする。私は部活終わりの彼の姿も好きである。緊張のほぐれた、素に近い姿のような気がするのだ。


「なあ、そろそろ……――」


 彼がスマホで時間を見て立ち上がろうとした時、それを押さえつけるような体勢で、ちう、と私は彼に口づけた。目を開けたまま、そのまま彼の目をのぞき込む。いつもより、目が開いた気がした。

 ぺた、とまた彼が腰を下ろしたことで口が離れ、またさっきの位置関係に戻る。しかし、さっきとは全然空気が違っていた。


「できたな、キス」


「……そうだな」


「びっくりした?」


「そりゃな。でも、そうだな」


「うん?」


 仁はすくっと立ち上がり、私の頭に手を置いた。


「嬉しかったな、今度は空からで」


「……そっか」


 私はそれだけ言って、先導するように歩き出した。

 なんとまあ、驚いたことに、あれだけ難しく思っていたことは、いとも簡単に超えられる壁だった。


 その後の帰り道は、普段より彼の温かみを感じられていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ア゜っ [一言] 更新ありがとうございます、更新ありがとうございます。
[良い点]  更新来てたぁーーー!  ありがとうございます!
[一言] 待ってた
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ