13話 付与士3
「ねぇ、マルクト君。マルクト君ってば、ちょっと待ってよ」
玄関を出てから少し歩いたところで、上の空だったマルクトに後ろから声がかけられた。
「ん? どうしたマリアまだ何か用なのか?」
マルクトはその声の主の方に振り向いた。
別に怒って無視していた訳ではなく、エリスに袖をひかれるまで本当に気付かなかっただけだ。
「一ついい忘れたことがあってね。八月二日に新人が来るから、研究所に絶対来てね。所長から頼まれてたの」
「新人の世話は俺の担当じゃないよな?」
「そうだけど、今回入ってくる二人は特別で、マルクト君も会っておけ、だってさ。ちゃんと伝えたからね」
「わざわざすまないな」
「いいんだよ。それと……確かエリスちゃんだったよね?」
自分の名前を呼ばれたエリスは、マリアが手招きをしているのを見て、首を傾げて彼女に近寄る。
マリアは側に来たエリスの耳に自分の口を近付け、マルクトに聞かれないように小声で、
「私、まだ諦めた訳じゃないからね」
と短く告げた。
彼女は自分の言いたいことだけ伝えると、
「またね。マルクト君、たまには研究所に顔出してね」
とマルクトに手を振り、去っていった。
◆ ◆ ◆
夕暮れの街を歩いているマルクトとエリスの二人は会話をしていなかった。マルクトはそもそも自分から話すようなタイプの人間ではないし、エリスに関しては、先程の彼女が言った言葉が忘れられない。
何度も何度も頭の中で反復し熟考するエリス。
どうしたってそういう意味にしか思えなかった。
「……先生」
「なんだ?」
「先生はマリアさんのことをどう思ってるの?」
「……唐突だな。まぁ、仕事はきちんとしてくれるし、頼み事すると嫌な顔一つせずに引き受けてくれるし、結構いい奴だと思うぞ」
「いや、そういうことじゃなくて。……普通さ、こういう時は好きかどうかって意味に決まってんじゃん」
呆れたような視線を向けているエリス。
聞かれたことを答えたら文句を言われ、そもそも何故それをエリスに言わなくちゃいけないんだろうかと思いながら、マルクトは考える。
「……まぁ嫌いではないかな。学園生活から十年間ずっと側に居てくれてるし、俺のこと本当によく見てくれているし、たまに行きすぎて怖い時もあるけど、彼女が俺に対して好意を抱いてくれているんだっていうことが伝わってくる……だから彼女の想いに答えられない自分が本当に憎いと思うよ」
「……え?」
てっきり相思相愛の関係かと思いきや、最後の一言がエリスに疑問を与えた。
「もしかして、先生が王族だからあの人は釣り合わないと反対されたんですか?」
「……いいや、俺の地元の奴らに口出されたって特に聞く気ないし、俺もそこら辺気にしないことにしてるし」
先程、マリアが口を滑らせた「マルクトがとある国の王子」という情報を元にそう聞いたのだが、そうではなかったらしい。
どこの国なのかは気になっているが、さっきみたいに機嫌を悪くしてしまうかもしれない。しかも、少ないとはいえ周りに人だっている。
どこから聞かれるか分からないこんな場所では絶対に教えてくれないだろう。
実際、王族という言葉を言った瞬間、先生の雰囲気が少々怒りをはらんだものになっていたし。
とりあえず、問題は王族云々ではないことはわかった。
「じゃあ、あの人にはどうしても改善できない欠点があって、そこがどうしても無理ってことですか?」
「惜しいけど、違うな。あいつの欠点なんて、なんかあるのかってぐらい見つけたことないし。ていうか、悪いのは俺の方なんだよ」
「……どういうことなんですか?」
「単純な話、俺年上に恋愛感情抱かないんだよね」
その予想外な答えに開いた口が塞がらないエリス。彼女は慌てて首を振った。
「でもあの人って同い年じゃ」
「あいつ六月生まれで、俺十月なんだよね」
「……そんな些細な違いだけであんなに素敵な人を」
「それはお前の基準だろ? 俺にとってはその些細な違いでも無理なんだよ」
「……それ、あの人には」
「理由を含めてちゃんと言ったよ。それでもあいつは、俺を軽蔑せずに、むしろ絶対に振り向かせると意気込んでいる。……だから、申し訳ないんだよ」
そこで会話は終わり、二人は『Gemini』につくまで終始無言だった。
最後に、今日聞いた俺のことを他の奴に話すなよと釘を刺され、二人は入り口前で別れた。




