13話 付与士2
テーブルに置かれた客用の湯飲みでマリアが淹れてくれたお茶を俺とエリスは椅子に座りながら飲んでいた。
久しぶりに飲んだ彼女のお茶は昔と変わらない。
「相変わらず美味しいんだよな~。他の所員が淹れてもこの味には遠く及ばないし。なぁマリア、いったいどうやってこの味を出してるんだ?」
さっきから、こっちを楽しそうな目で見ているマリアにそう尋ねると、
「あはは、冗談きついよマルクト君。それ教えちゃったら私の存在価値無くなっちゃうじゃん」
彼女の見せた笑顔が、エリスの自信を打ち砕いていく。
エリスだって自分の容姿がいいことくらい分かっている。自分とよく似た双子の妹があれほど綺麗なのだから、少なくとも双子の自分が醜いとは思っていない。
そんなエリスですら、彼女には遠く及ばないと思ってしまったのだ。
「いやいや、そんなことないだろ。お前程の美貌と性格なら結婚の申し出だって山のように来てるだろうに」
「う~ん、そんなの私にとってはどうだっていいんだよね~。マルクト君以外の男に興味無いし。むしろ、マルクト君見てると他の男って喋る猿にしか見えないんだよね~」
「……相変わらずなのか。……よくもまぁこんな俺なんかのために人生捧げるなんて言えるよな。俺にそこまでする価値なんてないだろうに……」
「いやいや、マルクト君ほど優れた人間はいないよ!! まず、容姿は身長百九十センチの長身で、透き通るような青い髪、金色の目は鋭くて恐怖を与えるような印象をしているけど、むしろそこがいいわね。目も鼻も口もそのどれもがバランス良くついているからすごくかっこいいわ!! それだけじゃないの!! 肉付きはしっかりしていて、服の上からじゃよくわからないんだけど、引き締まった筋肉をしていてそれがまた最高に美しいの」
机を叩いて立ち上がったマリアは顔を赤らめながら急にそんなことを言い始めた。
自分の容姿を熱弁してくれるのは嬉しいんだが、こういう時の彼女はちょっと怖い。普段おとなしいぶん、なおさら怖い。
うっとりとした眼差しをこちらに向けてくるマリアと、興味深そうにこちらを見てくるエリス。
二人の視線を感じながらお茶を飲む。
「それから、黒ランクという世界で二人しか未だに公認されていない最高位の魔法使いで、魔法使い達の憧れ、六賢老の賢者にまでスカウトされる程の実力者!! 確かに学園では規定のせいでユリウスさんに次ぐ二番目の成績だったけど、魔法の分野ではあのユリウスさんを遥かに上回ってトップ!!」
「お~」
感心したような声をあげるエリス。マリアはそれを見て更にヒートアップする。
「魔導フェスタで状態異常完全回復魔法を発表し、審査員の満場一致により、金賞を受賞して、魔法開発研究所にスカウトされてるのよ!! しかも、その後、24歳の若さで主任にまで上り詰めたのよ!! これは本当にすごいことなのよ!!」
「……先生って本当にすごい人だったんですね~」
「まぁ、一応ね」
◆ ◆ ◆
それから二十分マリアがその話をやめることはなかった。
特に、高等部の異名を話された時は恥ずかしくて死にたくなった。
「それから、彼の将来性も魅力的よね」
彼女の言葉がふいに耳に入り込んできた。なんとなく嫌な予感がして、止めようとしたのだが遅かった。
「やっぱり王子だし、将来王様になれるかもしれないわよね。もちろん、なるかならないかは彼の自由なんだけどね」
その言葉をマリアが言った瞬間、場を沈黙が支配した。
マルクトの発している殺気が、強制的にマリアを黙らせたのだ。
マルクトを見た瞬間、喋ることができなくなったマリアは、エリスの方をちらっと見た。すると、エリスは驚いた表情のまま硬直していた。
しかし、それはマルクトが殺気を見せる直前からだった。
「あれ? もしかしてこれって言っちゃ駄目なやつだった?」
エリスとマルクトの様子を見たマリアもさすがに自分の失言に気付いたようだ。
「……ごめんマルクト君、まさか言ってなかったなんて思ってなくて」
申し訳なさそうに謝る彼女を見て、ため息をついたマルクトは(もう言ってしまったことをどうこう言っても仕方ないか)
と彼女を許すことにした。
マルクトは気を鎮めるために深呼吸をしてから、
「……いいよ。ちなみに他の誰かに話したことは?」
そう聞いた。
その問いにマリアは首を無言で横に振る。
「それなら、他の誰にも絶対に言わないで欲しい。……約束できるか?」
その言葉に無言で頷くマリア。それを見て、エリスの方を改めて見る。
未だに彼女は、先程の発言が飲み込めていない様子だった。
どう説明したもんかと考えていると、ふいに部屋の扉が開かれた。
「おうマルクト~、出来たぞ~。さっさと金寄越せ~」
そんな呑気な声を出しながら、自分の椅子に座った元担任。その姿を見て、マルクトはこの場で話を続けるのをやめることにした。
「マリア、お茶くれ~」
「……自分でついで」
そんな素っ気ない返事に
「マルクトにはついでるのに俺にはついでくれね~のか~」
と不満そうに文句をたれるのを見ているとこの家族は相変わらずなんだなと思ってしまう。
「先生、金はここに置いとくんで、俺たちはもう帰りますね」
「なんだ? もう帰っちまうのか?」
「ええ。お世話になりました。ほら行くぞエリス」
自分の荷物を肩から下げ、袋に入ったエリスの制服を受け取ったマルクトは部屋から退室した。
それを見て、我にかえったエリスは慌てて後を追う。
「じゃあお父さん、私も帰るから」
「なんだ、お前もか?」
「うん。また週末寄るから、今度仕事せずにぐうたれてたら、お父さんのコレクション燃やすからね」
「お前正気か!? あれは大切なお宝なんだぞ!!」
「だったらちゃんと仕事することね」
マリアはそう言って同じように部屋から出ていった。
「……せっかくいつもより頑張って仕事終わらせてきたのに、また一人かよ」
そんなことをぼやいた後、無精髭の男は再びゴロゴロする作業に戻った。




