13話 付与士1
「かったり~な~」
木貼りの床で寝転がりながら、無精髭を生やしたボサボサ髪の中年男性がそんなことをぼやいた。
「だり~、早く隕石落ちてこの世界潰れればいいのに」
と不穏なことを言っている彼の耳に、パタパタと廊下を走っている音が耳に入ってきた。
急に引き戸の扉が開かれ、若い女性が部屋に入ってきた。
「お父さん!! こんなところで何やってんの? 仕事は!?」
「だるいからさぼった」
「また仕事断ったの!? もう今月何件目よ~」
男は寝転がったまま、う~んと唸ってから
「今月依頼をもらったのが三十六件で、めんどくさくて断ったのが二十四件で、相手にむかついて断ったのが十件、眠くて断ったのが二件かな~」
「全部じゃん!! せっかくいい力持ってるんだからさ。世のため、人のために使う気ないの?」
「そんな自己犠牲の精神持ってたら、こうして日がな一日だらだらしている訳ないだろ? もうちょっと考えて発言しろ」
そんなことを言い始めるくそ親父にイライラして、彼女は彼の腰をおもいっきり蹴りはじめる。
「何すんだ!!」
「お前のような怠け者を置いておく余裕はうちにはない。学園からの給金も底をついている状態なんだから、さっさと仕事受けてよ、このくそ親父ー!!」
彼女は学生時代、学年一とまで称された程の美貌をしており、透き通るような金色の髪をした女性、スタイルが良く、この十年で更にその美貌に磨きがかかっている。
それは、とある男性を振り向かせるために努力したもので、一世一代の告白を断ったあの男への復讐のため、ここまで磨きに磨いてきたのだ。
そんな彼女にとって、目の前でだらけきっているこの父親は許せない。
「もういいからさっさと教師に戻ってよ。それか、仕事を断らずにやって!!」
「わかったわかった、次はちゃんと受けるからもう蹴るのやめろ!!」
そんな時、扉の呼び鈴が来客を告げる。しかし、店の扉の方ではなく、家の方からだったため、彼女はまた宗教の勧誘かと考えた。
こういう時は居留守に限る。いないと分かればいつものように帰っていくだろ。
そう思って出なかったのだが、その後に何度も何度も呼び鈴が鳴らされる。
さすがに迷惑だったので、部屋を出て、廊下を抜け、玄関の扉を開ける。
「うるっさいわね!! 居留守使ってるのが見てわかんないの? 宗教には興味無いって言ってるでしょ!!」
しかし、そこに立っていたのは魔導学園エスカトーレの真新しい制服を持った銀色の髪を腰のあたりまで伸ばした少女。そして、その傍らには、
「……マルクト君?」
彼女が長年想い続けてきた青髪の青年が立っていた。
◆ ◆ ◆
「お久しぶりですね先生。お元気でしたか?」
引き戸を開けて入ってきたマルクトの顔を見て、
「マルクトじゃねぇか!! 久しぶりだな、しつこく呼び鈴鳴らしてたのはお前かよ!!」
「鳴らしてたのは俺じゃないですよ。また居留守かなって呟いたら、俺の生徒が怒って連打したんですよ」
「……だって、せっかく制服出来たのに、また次の日曜日まで待つなんて嫌じゃん。私服で学校行くのどんだけ恥ずかしいか先生知ってる?」
「なんだ? お前の新しい彼女は学生なのか?」
「違いますよ。こいつは俺の生徒でエリスって言うんですよ。ん? どうしたマリア、そんな希望が潰えたみたいな顔して。何かあったのか?」
「……その子が新しい彼女なの?」
まるで、先程のマルクトの言葉が耳に入っていなかったかのように、マリアはそんなことを言い始める。
「いや、だからこの子は俺の生徒だって言ってるだろ? なんで同じ事を二度言わせるんだよ」
「先生、さっきからその美人お姉さんと知り合いみたいだけど、どういう関係なの?」
「えっ? こいつはマリアと言って高等部時代の同級生だ。俺の担任教師、そこに寝転がってる人な。その人の娘さんだ」
「はじめまして私はマリア。普段は魔法開発研究所で彼の助手をやっているわ。……それにしても、急に実家まで来るなんてどうしたの?」
「今回はマリアじゃなくて先生に用があって来たんだ」
「俺にか?」
「先生。エリスの服に効果の付与をお願いしたいんですけど良いですか?」
「え~」
嫌がるようにそんな声を出した無精髭の男。
「は?」
次の瞬間、マリアの顔が急激に殺意を宿した顔となる。
マルクトがマリアの方を見れば何時も通りニコニコしているが、マルクトが目を離すと、再びその顔に戻る。
「……わかった、引き受ける」
その言葉にガッツポーズをするエリス。彼女は無精髭の男に近付いて制服を渡した後、マルクトの元に戻る。
「終わるまで暇ですし、お茶でもどう?」
そう言った彼女の後をマルクト達がついていき、部屋からでていった。
その後、めんどくせ~って声が部屋から聞こえてきた。




