12話 深き眠り6
俺がそう言うと、師匠は一瞬驚いた表情を見せる。
しかし、その表情を見せたあと、その美しい顔に優愁の影が差す。
それは、俺に今まで見せたことがなかった表情だった。
師匠は慌てて後ろを向いた。その行動はまるで俺に顔を見せないようにしているように思えた。
いつも、明るく笑い飛ばしてくれる彼女は一度だってそんな表情を俺の前で見せなかった。
俺が魔導学園に入学すると言った時だって彼女は笑って送り出してくれた。
両親も、おじさんも、国民だって、周りの人は全員俺を殺そうとしているんだってこの人に出会うまでずっと思っていたんだ。
そんな人にこんな悲しそうな表情をさせたと思うと胸が苦しくなってくる。息がつまりそうになる。
それでも、俺にはやらなきゃいけないことがある。聞かなきゃならないことがある。
「いいさ。そういうことなら退くとしよう。ただ、一つだけ言わせて欲しいんだ」
師匠は、そう言うとこちらの方を向いた。
その顔には笑顔が浮かんでいたが、いつもとは違い、どことなく悲しそうな表情になっていた。
「私は嬉しいんだよ。誰も信用出来なくなり、そして大切な妹まで疫病で亡くし、生きる気力さえ失いかけていた幼かった頃の君が、今では大切な場所を見つけている。私はそれが何よりも嬉しいんだ。……だから、絶対にその居場所を守れよ」
その言葉が俺に昔の記憶を思い出させる。
俺のたった一人の血が繋がった妹、名前はマヤと言って、俺より二つ下の子だ。動けない俺の手を毎日のように握ってくれて、一緒に寝てくれるような優しい子だった。
当時の俺にはその存在が心の拠り所だったなんて考えもしていなかった。
……そういうのは、いつも失ってから気付くものだ。
初めて自分が無力だと思った日。
呪われた子だと人に忌み嫌われ、彼女の葬儀に参列することすら許されず、国葬をただ窓から見せられただけ……。
彼女に別れの言葉も告げさせてもらえず、動けない自分に歯噛みした。
あの屈辱が今でも忘れられない。
だから、同じようにカトウまで失いたくない。あいつが起きるなんて保証は何処にもないんだ。あのまま、死んでしまうかもしれない。
もう何も出来ずに、死んだことだけを知らされるなんて絶対に嫌なんだ!!
「……師匠、俺はあなたに聞きたいことがあります」
「……なんだい?」
空間転移魔法を発動させて、中に入ろうとした師匠を俺は呼び止めた。
呼び止めた俺に不機嫌そうな顔をした直後、そういえば用件聞いてなかったな、とでも思っているような顔になった師匠がそう聞いてきた。
「俺の友人がルーンを開花したことにより、意識を失ったんです。どうすればいいですか?」
「それが代償の最中だってことは、……どうやら分かってるみたいだね。……そうだね~。なら五十日待ってみるといい。正確には千二百時間、それで目を覚ます」
「本当ですか!?」
「ああ」
「ありがとうございます!!」
その言葉に希望が見えた俺は頭を下げて師匠に礼を言った。
夕方にもう一度行って、ミチルにはその時に伝えるとしよう。
「聞きたいことはそれだけか?」
にやついた師匠の顔はまるで全てを見透かしているんじゃないかと疑いたくなった。
「最後に一つだけ」
俺は深呼吸をして、乱れていた呼吸を整える。どうやら無意識に興奮していたようだ。
「大天使サリエルの居場所を知りませんか?」
「知らん」
即答だった。驚きもせず、ましてや考えることすらしていない。
「お前が何を思って彼を探そうとしているのか知らんが、天使を敵にまわすのはやめておけ」
きっと俺を思っての言葉なんだろう。だが、
「まぁ、こう言ったところでお前が素直に聞く訳ないというのは分かってる。だが、絶対に後悔することになるぞ」
図星をつかれて、ビクリとする俺を見て師匠はため息をついた。
「一応忠告はしたからな。それでもやるって言うなら、それはお前の自由だ。ではマルクト、次会った時に君が生きていることを願ってるよ」
そんな不穏な言葉を残して、師匠は自分で作りだした空間転移魔法で何処かに行ってしまった。
あとに残された俺は師匠が消えたところを見続けていた。
何分見ていたのかは覚えていない。
再び何処にいるのか分からなくなってしまった。
俺はもう二度と、師匠と共に歩むことは出来ないのだろうか?
師匠の修行が嫌だった訳じゃない。
師匠との生活が苦しかった訳じゃない。
師匠が嫌いだった訳じゃない。
だって、師匠に出会えたから、今の自分があるんだってちゃんと自覚している。
あの楽しかった日々に戻ることはもう出来ない。
俺のした選択はそういうことだ。
あの瞬間を後悔していないと言えば嘘になる。でも、ああしなかったらもっと後悔したと思う。
だからこそ、まずはやるべきことをやる。
シズカが死んだ直接の原因はあいつだ。復讐なんて何も生まないのは分かっている。でも、あいつはベルをまだ狙っている。
正直言って最初は誘き寄せるのにちょうどいいなとしか思っていなかったけど、今では違う。
まだ二ヶ月程度しか経っていないが、それでも、彼女の姿を見ているといつの間にか本気で守りたいと思ってしまった。
それなら、やるべきことはたった一つ、
「俺は天使だろうが、神だろうが、なんだろうが、俺の大切なものを傷つける者を絶対に許さない。絶対にお前を倒すぞ!! 大天使サリエル!!」
路地裏の他に誰もいないその空間で憎しみを込めた眼差しのマルクトは高々と宣言した。




