12話 深き眠り5
ルーン
それは、世界で百人しか持っていない能力。神より選ばれた者のみに与えられるその能力は神秘の力とも呼ばれており、持つ者は、他を圧倒する力を得られる。
だが、ルーンは代償を欲す。
代償は、その者が大切にしているものだと言われており、それを取り戻すことは、ほぼ不可能と言われている。
◆ ◆ ◆
(魔法だけなら最強と言われている俺ですら、ルーンの代償には抗えない。だが、あの人なら、もしかしたら師匠ならあいつを助けてくれるかもしれない。俺をあんな地獄から救い出してくれた師匠なら)
人通りの多い街道を歩きながら、マルクトはその人物を思い浮かべた。
クリーム色の髪を胸のあたりまで伸ばした妖艶な魅力を持つ女性。今は何処で何しているのか知らないが、師匠の助けがどうしても欲しい。
「でも俺、師匠の居場所知らないんだよな~。探索魔法だって半径五十キロまでしか探せないし」
「やるだけやってみてはいかがでしょうか?」
斜め後ろを一定の距離で歩いてくるクリストファーがそう進言してくる。
彼の意見を聞いて、ミチルに自分の出来る限りのことをすると言っていたのを思い出し、そうだなと返す。
脇道に入り、周りに誰もいないのを確認してから探索魔法を行使する。
あの神出鬼没で、一ヶ所にとどまらないあの人が絶対見つかる訳ないと思って使ってみた。だが、
「はあ!?」
割りとすぐ近くで反応があった。
場所は…………この道の角を曲がった先!?
俺は探索魔法を行使したまま、彼女の元に向かおうとするが、円に浮かんでいた光る点が急に走り出した。
気付かれたか!!
俺も、その点に引き離されないよう、すぐに追いかける。
「クリス。お前は先に帰っといてくれ!! 昼飯の用意を頼む!! それと今更だが、今日仕事休む!!」
それだけ言って道の角を曲がった。
◆ ◆ ◆
「なんで逃げるんだよ!!」
彼女はなかなか姿を掴ませない。まるでこちらの位置が分かっているかのように、タイミング良く別の道に入ってる。
(相変わらず、逃げるの上手くて腹立つな)
昔も修行とか言って追いかけさせられたんだよな。捕まえられなかったら、晩飯が食べられなくなるというおまけつきで。当然互いに魔法無しのルールでやるから、あの化け物になかなか追いつけなかったんだよな。
「だが今回は友人の命がかかってるんだ。悪く思わないで下さいよ」
マルクトは、「convergence」と呟いた。
その瞬間、踏み込んだ地面が抉れ、マルクトは高く跳躍する。
レンガで出来た壁を壊さないように気を付けながら、壁から壁へと跳躍し、屋上まで登りきる。
そして建物の屋上から空へ跳ぶ。
(おそらく位置は知られている。……だったら空中から、……いた。北西の方角三百五十メートル先)
マルクトはすかさずその場所に行くため、転移魔法を行使した。
◆ ◆ ◆
目の前に現れたマルクトに戸惑った様子を見せる藍色のローブを羽織った女性。
「追いかけっこはもうおしまいですよ」
そう言ったマルクトを見て彼女はため息をついた。
「あ~やだやだ。転移魔法なんて教えるんじゃなかったな~。せっかく久しぶりに追いかけっこが出来ると思って張り切ってたのに」
そう言いながら彼女はフードを取った。
そこには、クリーム色の髪を胸あたりまで伸ばし、藍色の瞳をした女性。スラッと伸びている肢体は白く美しい。妖艶な魅力を醸し出しており、二十代後半にしか見えない。
前髪で左目を隠しており、目鼻立ちの整った見目麗しき女性だった。
「お久しぶりです師匠。相変わらず二百年生きているとは思えないほど若々しいですね」
「だろ? こんな美しい魔人なんて他にいないだろ? お前もようやく、私の凄さに気付いたか。」
そう、彼女の言った通り、俺の師匠は元魔人なのだ。
彼女は元々最高位の魔人で、しかも魔王候補だったらしいのだが、なんでも同じ魔王候補だったグリルという魔人に敗北し、この世界に逃げ延びてきたのだそうだ。
その際、倒れていた所を当時の賢者の一人が見つけ、可哀想に思い駄目元で超回復魔法を使ったらしい。
その際、魔人の特徴はほとんどなくなり、人間となってしまった。
と昔本人から聞いたことがある。
「そういえばさっき、カルマから聞いたぞ? あいつの学園で教師やってるんだってな? ……よりにもよって、あの筋肉だるまのところに行くなんてな~。どうだ? 今からでも、カルマのところなんかやめて、私のところに戻ってきなよ」
師匠は、そう言って俺の方に手を差し出してくる。
それを見た俺は呆けてしまった。
なんて言った? 私のところに戻ってこい?
呆けている俺の姿を見て師匠が微笑みかけてきた。
「お前は充分やるべきことをやった。世間に誇れる立派な弟子になったが、まだ教え残したことがある。私と共に帰ろう。この場所はお前のいるべき場所ではない」
穏やかな口調で言ってくる師匠から俺は目が離せなかった。
ずっと欲しかったものがその手を掴めば手に入る。
この人に認められたくて、魔導学園で俺は五年間学んだんだ。
ルーンが開花してから五年間、身動きがまったく取れなかった俺をあの場所から連れ出してくれた人。
それから、五年間ずっとこの人の下で学び続けた。鍛え続けた。
いつかこの人の役に立ちたいと夢見て、このマゼンタに来た。
そして、その師匠が今目の前で自分を欲している。
マルクトは彼女の方に歩み寄り、その手を掴もうとした。しかし、掴もうとした瞬間、硬直してしまった。
掴もうとしたとき、この人と別れてからの十年で出会った仲間達の顔が浮かんできた。特にこの一年間の出会いは多かった。そして最後に、ベルの顔が浮かび、カトウの顔が浮かび、最後にシズカの顔が浮かんだ。
(本当にいいのか?)
彼らの顔が消え、そんな疑問が心の内に浮かんだ。
彼らと共に生きてきたこの十年は自分の中で大切ではなかったのか?
いや、そんな訳がない。考えていなかっただけで、きっと心の奥底ではずっと分かってたんだ。
だから、師匠の手をとろうとした俺は無意識に躊躇したんだ。
「悪いけど、俺には大切な居場所が出来たんだ。だから師匠の元には行けない」
俺は目をそらしながら師匠にそう言った。




