12話 深き眠り4
ガラガラと引き戸を開ける音が室内に響く。
そこから入ってきた人物を見たミチルは不安そうな顔をする。
「迷惑かけたな」
そう短く告げるマルクトにミチルは首を横に振った。
「マルクトさんは大丈夫なんですか? 三十七時間も寝ていらしたんですよ」
「三十七時間? ……半日じゃないのか?」
ミチルの言葉に驚いた表情を見せるマルクト。すぐに自分の勘違いに気付き、状況を整理する。マルクトは置いてあった丸椅子に座り、顎に手を当て、少し考える。
「……てっきり半日程度だから、軽いダメージだと思っていたんだが、一日半も気を失っていたとなると話は別だ!!」
無言で考え事をしていたマルクトが急に喚いたことで、花瓶の花を換えていたミチルは、危うく花瓶を落としそうになる。なんとか花瓶を落とさずにすんだ彼女は、花瓶を安全なテーブルの上に置いた。
「……別に一日伸びた程度じゃないですか? なんで急に怒鳴るんですか? テツヤさんはまだ目を覚ます兆候すら見せないんですよ。もしかしたらこのまま死んでいくかもとお医者様だって言ってました。………そんなの私嫌だよ。ねぇ起きてよテツヤさん。ねぇテツヤさんってば!!」
悔しそうな顔で泣き出しそうになっているミチル。彼女はカトウの着ている青い病人服を掴んで体を揺らし、彼に向かって何度も何度も呼び掛け始めた。その姿を見ていると、何も出来なかった自分が情けなく感じる。
「……いや、これで何故カトウが起きないのかがなんとなくだがわかった」
その言葉にミチルは揺らす腕を止め、首だけでマルクトの方を見る。
「……それは本当ですか?」
目には隈が浮かんでおり、一睡もしていないのだろうことが伺えた。
きっと不安で眠れなかったのだろう。
「ああ、ただわかったところで解決できる問題じゃない。これは、カトウ自身にしか解決できない問題なんだ」
彼女の目に希望が浮かぶ前にそう釘を刺した。それを聞いたミチルは一瞬暗い顔になったが、すぐに首を振った。
「それでも……それでも私は知りたいんです。テツヤさんが目覚めない理由を」
彼女の顔には、どんなことでも受け入れるという覚悟があった。
その顔を見て、マルクトは話すことを決心した。
◆ ◆ ◆
「そもそも俺の操作が及ばなかったあたりから気付くべきだったんだ。これは、俺がどうこう出来る問題じゃないってことを」
「どういうことですか?」
丸椅子に座っているミチルが疑問符をうかべながらこちらを見てくる。
「そもそも、俺の操作って能力はルーンっていう神秘の力なんだ。神に与えられた力って言う奴もいるくらいの優れた能力で、これは基本的に魔法でどうこう出来るレベルじゃないんだ」
「そんなすごい力をマルクトさんは持っているんですね?」
「そうだが、カトウも一応持っているぞ」
「テツヤさんもですか!?」
「そうだ。能力の内容事態は俺も知らないが、開花したのは、カトウが倒れる数時間前だ」
カトウはヴェルニーチェとの戦いで敗北し生死の境をさまよった際に開花したとカトウ自身から聞いている。一瞬でユリウスの腕を治療したり、生き返ったというくらいなのだから治療系だとは思うが確定ではない。
「そうなんですか。……それで、それとマルクトさんが一日と半日も気絶していたのとどうつながるんでしょうか?」
「あれは、カトウのルーンが邪魔をしてくる俺に牙をむいたんだ」
「邪魔……ですか?」
「そうだ。まずこの病院では、今まで一日以上意識のない患者を出したことがない。これは、ここの医療魔法士のレベルが高いからだ。その専門家たちが、俺の目覚めた時には誰もいなかった。つまり、完全に匙を投げた状態だったということだ」
むしろ、カトウの時とは違ってこっちの原因ははっきりしている状況で回復特化型の魔法士たちがいない理由が他にわからない。最低でも看護師の一人くらいいたっておかしくはないだろう。
「そうだったんですか!?」
「ああ。他の医療施設は知らないが、ここではそういう規則なんだそうだ。それはつまり、魔法ではどうにもならなかったということだ。ということは、カトウの意識を失った原因は病やダメージなんかじゃない。それなら温泉行く前に全部治してる」
「それじゃあ、いったい何が原因なんですか?」
そう言ったミチルはあることに気付いた。ルーンがマルクトを邪魔だと考え牙をむいたため、一日半意識がなかったと先程マルクトは言った。
「もしかしてルーン開花の影響!?」
彼女は口を手で隠しながら、悲鳴をあげるようにそう言った。
マルクトはそれに無言で頷く。
「それで間違いないだろうな」
そう言ったマルクトは椅子から立ち上がると扉の方に歩いていく。
「悪いが、これ以上は力になれそうにない。目を覚ましたら連絡をくれ」
「待って下さい!!」
扉に手をかけていたマルクトをミチルが呼び止める。
「マルクトさんもルーンを持っているんですよね? どのくらいで起きたんですか?」
その質問になんて言えばいいかマルクトは迷った。しかし、知りたがる彼女に嘘をつくのは失礼だと思ったため、正直に話すことにした。
「俺は意識を失い続けることはなかった。……ただ、五年間、ほとんど身動きが出来ない状態にさせられた。当時の俺に許されたのは泣いて涙を流すことか、涙で霞んだ視界の中で俺を殺そうとする家族を見ることだけだった。……尊敬していたおじさんが俺に刃を突き立てようと構えている姿は今でもはっきり覚えているよ」
そう言ったマルクトの背中はミチルには儚げに見えた。
「……ごめんなさい」
「いいんだ。……もう過ぎたことだ。俺はもう帰るが、最後に一つだけ」
マルクトはそう言うとミチルの方に振り向いた。
「『ルーンの代償はその者の大切なもの』なんだそうだ。昔、師匠が言っていた。カトウにとってお前も大切なものなんだから、お前がその代償の一つにならないようにしっかりと寝ろ。じゃあな」
手をひらひらと振りながら、マルクトは病室を後にした。




