12話 深き眠り3
アリサに案内されて病院にやって来たマルクト。
彼女にはこの場所にカトウがいることと帰りの途中で気を失ったことしか聞いていない。
何があったかを確かめるためにアリサと二人でここまでやって来たのであった。
ここまであまり距離はなかったので走ってきたのだが、隣で走っていたアリサが「もう無理」と言って倒れたのでここまで背負ってやって来た。
正直こんなことになるなら、転移魔法で転移すれば良かったと後悔中である。
ロビーの受付に行って、カトウの入院している病室を聞いて、咎められない速度で急いで向かう。
階段を上りきり、人を避けながら病室に向かう。
部屋を確認して、引き戸をひくと白いベッドにカトウは寝かされていた。
点滴がカトウの左腕につけられており、中には泣き崩れているミチルと、そのミチルの肩を支えている傷だらけのメルランがいた。
部屋が開かれた音で、メルランはマルクトとアリサの存在に気付く。
「……マルクト先生」
と呟いたメルランの言葉を聞いて、ミチルがマルクトの方に振り返る。彼女は切羽詰まった様子でマルクトが着ている白衣の襟を掴む。
「お願い!! テツヤさんを助けて!!」
泣きながらマルクトの体を揺らし、何度も助けてと嘆くミチル。
ミチルをそっと引き剥がし、襟を正したマルクトは
「やれることはやる」
ミチルに対してそう言うと、カトウの元に向かった。
「メルラン先生、カトウの容態は?」
メルランは、マルクトの隣まで行って聞かれたことを伝える。
「意識は未だにありません。倒れて一時間も経っていませんが、それ以外は特に目立った外傷はなく、呼吸も安定しています。医者の先生もこういうのは初めてらしく、治療法がわからないそうです」
メルランの報告を聞いたマルクトも、意識がないこと以外、カトウの体は正常そのものにしか見えなかった。
マルクトはカトウの体に左手を当て、ルーンの力で自分の魔力を注ぎ、カトウを調べようとした。
しかしその直後、マルクトは左腕をひきちぎられたようなダメージを受ける。
その痛みに顔をしかめ、手を勢いよくカトウから離し、痛みを感じた左腕を押さえる。
左腕は痙攣は起こしているが一応無事ではあった。
「大丈夫ですか!?」
隣にいるメルランが驚いたように声をあげる。
マルクトの額には冷や汗が浮かんでおり、尋常ではない様子だった。
「……一応大丈夫だ」
腕の痙攣はおさまるが、動揺はおさまらない。
こんなことは初めてだ。ルーンで症状が掴めれば、治す手立ても見つかるというのに。
マルクトは今起きた現象に歯噛みして悔しがる。
最悪な状態といってもいい。
だが、これ以外にもマルクトには一つ秘策がある。
状態異常完全回復魔法、不治の病すら治すことができたこの魔法なら、きっとなんとかなる。そう考え、マルクトは腕の痛みを我慢しのがら状態異常完全回復魔法を発動した。
しかし、発動した状態異常完全回復魔法の術式は、カトウの中にいる何かによって破綻させられてしまった。
大規模な魔法を破壊されたことにより、相当なダメージがマルクトにふりかかる。
「グァァァァァァアアアア!?」
それは、今までに感じたことのないダメージだった。自分はもうこれで死ぬんじゃないか、とそう思ってしまう程の苦痛だった。
マルクトの叫び声はマルクトの治療を見ていた三人を驚かせる。
「……くそっ……たれ」
最後にそう呟いてマルクトは床に勢いよく倒れた。
メルランがナースコールをしている声と、ミチルとアリサの心配する声が耳に届いてきて、マルクトの意識はぷっつりと途絶えてしまった。
◆ ◆ ◆
病院のベッドで目を覚ましたマルクトは、頭痛に顔をしかめる。昨日の術式破綻による魔法の強制解除が原因だとわかると、ベッドを叩く。
「なんで発動しなかった? いや、したけど術式を壊された感覚だったな。……なんだったんだあれは? またやるか? いや、あの様子からだと、多分使えないんだろうな? クソッ!! あれからどれくらい経った?」
マルクトは部屋に取り付けられた時計を見る。
部屋に取り付けられた時計の短針は、十一を指しており、開けられた窓からは昼間だということがわかった。
(昨日が夜十時前だったから、約十三時間経ってるのか)
両手両足の感覚を確かめる。どうやら、発動直後だったため、ダメージが少なかったらしい。気分は悪いが動けない程ではない。死や後遺症すらあり得る術式破綻が気絶程度で済んだのも、おそらくダメージが少なかったことと制服に付与されていた効果のおかげだろう。
病室のベッドから抜け出し、部屋にかけられていた何時もの自分の服に着替え、外に出ようとする。
しかし、扉を開けた先には気配を消していたクリスとリーナが立っていた。
「申し訳ありませんが旦那様、まだ動くのは危険過ぎます」
「……クリス、心配する気持ちもわからないでもないが、カトウの様子を見に行くだけだ」
「しかし」
「行かせてあげればよいではありませんかクリストファー様」
「リーナ」
「私達には止める義務はあっても拘束することまでは出来ません。最後は旦那様が決めることなのです」
リーナの言葉にそうですねと渋々頷いたクリスは、道を開ける。
「すまんな。お前たち」
そう言ってマルクトはカトウの病室に向かった。
◆ ◆ ◆
「本当に大丈夫だと思いますか?」
「何がでしょう?」
「旦那様はかれこれ三十七時間も意識を失っておられました。しかし、次も同じようなことになれば」
「気にしすぎです。旦那様は同じ過ちを繰り返す方ではありません。それは私達もよく知っているではありませんか」
「……そうですね。ありがとうございますリーナ」
「では、庭掃除一回分でいいですよ?」
舌を出してそんなことを言い始める彼女がおかしくて、クリスはつい小さく笑ってしまう。
その様子に、これはいけるかもと思ったリーナだったが、
「それはそれ、これはこれです。早く帰って終わらせなさい」
とクリスに言われた瞬間、不満そうな顔になる。
「うへぇ~」
そう言って渋々屋敷に戻るリーナ。彼女を見送りながら、クリストファーは主人の帰りを待つのであった。




