12話 深き眠り2
パリンという音が部屋中に響いた。床にばらまかれた破片がどうやら音の原因らしく、そこには女性が一人立っていた。
その音に驚いたつり目で可愛らしい少女が隣の部屋から顔を覗かせる。
「ミチル姉さん大丈夫?」
「ええ、驚かせてごめんなさいね。ちょっと取っ手がとれちゃったみたいで落としてしまったの」
「……それってあの人のカップ?」
「ええ、なんでこんなに早くとれちゃったのかしら? 先月買ったばかりなのに……」
「何か不吉なことが起こってたりして」
アリサは冗談のつもりで言ったのだが、ミチルはなんでもかんでも真に受けてしまう性格だったため、アリサの言葉にミチルは顔を青ざめさせる。
「……テツヤさんに限ってそんなことはないわよ。多分不良品だったんじゃないかしら?」
「でも遅すぎない? 昼食を食べるだけだったんでしょう? もう九時過ぎてるんだよ。普段の私ならとっくに寝てるよ?」
アリサの指し示す時計は、確かに九時半を過ぎていた。
「そうね~、確かに少し遅いわね。でももうそろそろ帰って来ると思うし、晩御飯も温め直しておきましょうか」
そう言って、彼女が料理の皿を持った時だった。扉についている呼び鈴が来客を告げる。
「あいつが帰ってきたのかな?」
「悪いんだけど、アリサちゃん出てきて貰える? 私少し手が離せないの」
わかったと言ってからアリサは扉を開けにいった。
「おか……えり? なんでメルラン先生がこんなところにいるの? ていうかどうしたのその傷?」
アリサが扉を開くと扉の先には豪奢なドレスに血をにじませたメルランがふらふらしながら立っていた。
ドレスも傷が多くついている様子で、何があったのかと気になるのもおかしくはない。
「ミチルいる?」
彼女は息を切らしながら短くそう言った。
「ミチルさんなら奥にいるよ」
それを聞いたメルランは廊下を走りミチルの元に行く。
靴も脱がずに入るという非常識な行動、彼女の傷だらけになったまま行動しているところ、未だに血がにじんでいるところを見るとまだ真新しい傷なのだと思われる。おそらく手当てもしていないのだろう。雷攻の魔女と呼ばれる程光属性に特化した彼女が回復をしていないのだ。それらは普段の冷静で常識的な彼女からは見られない行動。
確実に何か起きたとアリサは思った。
(ここに来たということはあの男に何かあった?)
先程のカップのことといい、何か嫌な予感がする。
彼女は自分の嫌な予感が外れることを願い、メルランの後をついていく。
◆ ◆ ◆
ガチャリと扉を開くとそこにはミチルさんがあの男の夕食を温め直そうとしていた。
その顔はメルラン先生を見て驚いた様子だった。
「どうしたんですか!? 傷だらけじゃないですか。今手当てを」
「ミチル、それどころじゃないの!! カトウ先生が、カトウ先生が倒れて意識がないの!!」
それを聞いたミチルは目を見開き、顔は青ざめ、口元を手で覆う。
手から離れた皿は割れ、後ろによろよろと二、三歩下がりへたりこむ。
「テツヤさんは……今どこ?」
「ついてきて。……アリサちゃん!!」
「はっ、はい!」
カトウが倒れたと聞いて放心状態になっていたアリサは、メルランの自分を呼ぶ声で現実に戻ってきた。
「私はミチルを連れてカトウ先生のいる国立病院の三階五号室にいると思うから。アリサちゃんはマルクト先生を呼んできてちょうだい。私が許可するから魔法も使っていいわ」
「なんで? 先生が通信魔法で通信すればいいんじゃないの? 私も二人と一緒に行くよ!!」
「駄目なのよ。相手の正確な居場所がわからないと通信魔法は使えないの。そのためには探索魔法で位置を把握する必要があるの。でも闇属性に適正のない私じゃどうしても無理なの」
「そういうことならわかった。ミチルさん、ちょっと行ってくるね」
そう言ってアリサは風属性の魔法で自分の脚力を上げ、マルクトを呼びにいった。