2話 魔王少女8
メグミは絶望していた。
この世の理不尽を彼女は膝を抱えて座りながら、嘆いていた。
彼女はこの日天涯孤独の身となった。
彼女の両親は殺された。
彼女の目の前で。
彼女を賊の手に渡さぬように。
抵抗した彼女の両親は斬られて、あっさりとこの世の幕を閉じた。
◆ ◆ ◆
明後日のお母さんの誕生日に町の有名な飯屋に食事をしに行く約束をしていたお父さんとお母さんは死んだ。
今日もいつものように、お父さんの仕事場にお弁当を届けていた私は、先日のごろつきが率いる人拐いたちに襲われそうになった。
そんな私をお父さんが助けてくれた。
「家に帰って母さんと、人拐いの連中がいなくなるまで隠れてなさい」
お父さんはそう言うと連中の一人に掴みかかって私を逃がしてくれた。
私はお母さんがいる家に向かって走り、お母さんに町での出来事を伝え、お母さんと共にお父さんの言うように隠れていたが、彼らに見つかってしまい、お母さんは私を連れていこうとする男にすがるように、連れていかないでくれと懇願していた。
そんなお母さんは次の瞬間、血飛沫をあげて倒れた。
お母さんは男に剣で斬られて、二度と動くことはなかった。
あのお母さんの最期の顔は今でも鮮明に覚えている。
きっともう一生忘れることはないだろう。
メグミの目からは涙がこぼれてくる。
二人はただ大切な一人娘を守っただけなのに殺された。
理不尽だ。
あんまりだ。
二人が何をしたというのだ。
この世に神がいるというのなら、なぜあのような自分の利益のために人を殺せる奴らを野放しにしているのだ。
そしてなぜ私のお父さんとお母さんのような善良な民を見捨てるのか。
アイツはお母さんの死に嘆いている私を連れていこうとした。
泣きわめく私をうるさいと言い、アイツは私たちの家まで燃やした。
私はこの日、帰る場所とお帰りと言ってくれる家族を失ってしまったのだ。
そのことを地下牢で言及したら、あいつらは私の純血まで奪おうとした。
彼が助けに来てくれなかったらと思うと、想像するのが怖い。
体の震えが止まらない。
あの連中に体を汚されて、人に奴隷として売られていたかもしれない。
そんな絶望を想像している時だった。
頭をポンッと叩かれた。振り向いてみると、そこには青い髪のあの人が立っていた。
「……隣、いいか?」
そう言ってきた彼に向かって頷くと、彼は隣に座り、私にリンゴを手渡してくれた。
「それさ。最後の一個なんだよ。すごくうまくてさ、帰りにまた買いに行こうと思ってたんだ。……おっちゃん、いい人だったな」
彼の言葉を聞いて、私はリンゴをかじった。
私はお母さんが育て、お父さんが売っていたリンゴをかじった。
美味しかった。
本当に美味しかった。
美味しすぎて涙が溢れ出てくる。
「いっぱい泣け。美味しい物食べたら涙が出てくるのは仕方ないさ」
そう言いながら、彼もリンゴを食べて泣いてくれていた。
◆ ◆ ◆
リンゴを食べ終わった私に彼は言った。
「一緒に来ないか? メグミのお父さんにさっき、あんたの娘のことはあんたの代わりに守るのを頼まれてやっても良いって伝えてきた。まぁメグミ次第なんだがな」
「……でも私お金持ってない」
「そんなのいらないさ。今さら居候の一人や二人、あんまりかわんねぇよ」
「……でも」
「しつこいぞ。俺を誰だと思ってるんだ? 世界で最も偉大な魔法使いだぜ。ただ飯が嫌なら働く場所と住む場所とそれから食事も3食つけるぞ。賃金は帰ってからの相談になるだろうがな」
働く場所も失った。
帰る家も失った。
家族も失った。
そんな私に彼は働く場所も、帰る家も、新しい家族も全て与えてくれると言っていた。
私は嬉しくてまた涙を流した。
「いいの? 私にそんなことする程の魅力ないよ」
私の言葉に彼はため息をついた。
「自分を卑下するな。俺はお前をかっている。それだけで雇うには充分だ」
なぜ彼は、私にそこまで言ってくれるのか?
でも、この機会を逃せば私は全てを失ったまま、世の中の理不尽に文句をぶつけながら、ほそぼそと暮らしていくしかないのだろう。
今日失ったものは二度と取りもどせはしない。
「……お願いしても良いんですか?」
その言葉に彼は白い歯を見せながら笑顔を見せた。
「もちろん!! 俺からの提案だしな!」
ならば言うことは一つしかないだろう。
メグミは立ち上がり、マルクトのほうに向かって頭を深々と下げた。
「これからよろしくお願いします」
その言葉にマルクトも立ち上がり、彼女に向かって手を差し出した。
「こちらこそよろしくな、メグミ」
彼は笑顔で私を受け入れてくれた。
彼の手を両の手で握ると、いきなりベルちゃんが後ろから抱きついてきた。
「これから一緒だね、メグミ」
「そうなの? ……うん、私も楽しみだよ!」
ベルちゃんの笑顔を見ると自然と笑顔になれた。
お父さん、お母さん、私はマルクトさんの家で働きます。
いつまでも見守っていてね。
私はこの日、新しい家族に出会った。