SS:ベルとメグミの出会い7
カトレアが告げた言葉に冒険者達は絶望する。
「ふむ。カトレア殿、男だけとはどういう意味かな? 別に全員やっても構わんぞ?」
冒険者達の絶望に染まった表情を見て口の端を上げて笑っているメレクが、カトレアに向かってそう言う。
「申し訳ありませんメレク様、ですが、私も久しぶりに暴れたいと思いまして」
そう言ったカトレアの口からは白い息が出てきた。
「そうか。それは実に楽しみだな。……それなら」
メレクは、歯で親指に傷をつけると出てきた血を自分の周りに円を描くように撒いた。
「コール!! スクアーロ!!」
円の外に出たメレクはそう叫んだ。
すると、円の中が黒くなっていき、そこから一人の魔人が現れた。
「お呼びでしょうか? メレク様」
そう言った男の口には鋭い歯が並んでおり、皮膚が青い。背中には三角の背鰭がついていた。
「スクアーロ、貴様にはベル様をお守りする任務を与える。1分の間、我々魔人以外の者を絶対に近付かせるな」
「かしこまりました」
「……よりにもよってスクアーロ君なんですね」
「何か問題か?」
「いいえ。ただあの子は融通がきかないので少し苦手です」
「だが忠実だぞ?」
「それはそうなのですが」
戦いの最中であるにも関わらず、二人はそんな会話を始める。だが、それでも二人に隙はまったくなかった。
◆ ◆ ◆
メレクはスクアーロがベルをカトレアから預かったのを確認すると冒険者達の方を向いた。
「貴様たち、これから私は皆殺しにする。だが1分。1分の時を過ぎた後、私は手を出さないことを誓おう」
そんなことを言い始めた。
(また始まってしまいましたか。メレク様の狩り)
カトレアは心の内でそう思うのと同時に冒険者の男たちは逃げ始めた。
当然女たちも逃げようとしていたのだが、
「……なにこれ?」
逃げようと足を踏み出そうとしたところで気付いた。
自分の足が地面と共に凍らせてあることに。
だが、気付いたと同時に凍らせられているという事実が脳に伝わり、痛みを感じ始める。
痛みを感じた彼女たちは悶絶し始めた。
「あなた方は逃げる必要はありませんよ」
そう言って手を女性冒険者たちに向けている。
横からメレクが行ってくると言ってきたのでカトレアもお気をつけてと返す。
メレクは地を蹴り、逃げた人間を追いに行った。
「我が名はカトレア、魔界では氷獄門の番人をしていた者だ。今はベルフェゴール様の御身をお守りする立場にある。ここまで言えば貴様たちが死ぬ理由はわかるだろう?」
カトレアがそう言うと彼女が着ている白いワンピースの裾がバタバタとなびく。
銀色の髪も首筋のあたりまで舞い上がっており、それが彼女たちの恐怖心を煽る。
冒険者達の中でも魔力の感受性が一際強いアガットは目の前の魔人が内に秘めた魔力を高めているのを感じることができた。
ここにいる6人の女性は全員、実力が冒険者全体の中の上だ。たった一人の魔人相手なら恐がるなんてあり得ない。
それにも関わらず、目の前の魔人相手に全員竦み上がっている。
「アイスワールド」
悶絶の声しか聞こえてこない空間の中でカトレアがそう言うと、女性冒険者の6人を刺すような冷気が襲った。
冷気を浴びていた時間は数秒だけだった。
しかし、冷気を浴びた6人は安堵するどころか焦り始めた。
彼女たちの足から上の方に向かって徐々に凍り付いていたからだ。
彼女たちは口々に助けてほしいと言ってきたが、カトレアがそれに応じることはなく、数秒後には6人全員が完全に凍り付いてしまった。
完全に凍り付いてしまった6人の方に再び手を向けたカトレアは「アイスミスト」と唱えた。
直後、氷像と化した6人は粉々に砕け散ってしまった。
◆ ◆ ◆
カトレアは砕け散ったのを見届けた後、ベルのもとに向かおうとする。
「!? お目覚めでしたか」
気を失っていたはずのベルはいつの間にか目覚めており、ひざまづいている体勢のスクアーロを斜め後ろに控えさせ、カトレアのすぐ後ろに立っていた。
カトレアは、スクアーロと同じようにベルに向かってひざまづこうとしたが、その前にベルが太ももに抱きついた。
きっと怖かったのだろう。魔人とはいえまだ何の力もない五歳の少女なのだ。
カトレアはそう思って、ベルに一度手を離してもらい、しゃがんで彼女を抱き寄せる。
「もう大丈夫ですよ。私達がついています」
そう言ってベルを慰めようとするが、ベルは泣きそうな顔でふるふると首を横に振る。
その意味がわからないカトレアは頭に疑問符を浮かべてベルを見る。
ベルの小さな口はカトレアがまったく予想していなかった言葉を放った。
「カトレア大丈夫?」
そもそも今回城を出てきたのだって、カトレアが倒れたからなのだ。それなのにあんなに暴れたら、悪化してしまうんじゃないかと思い、ベルも心配したのである。
だが、当の本人はまったくわからない様子で何故自分が心配されているのかわからない様子だった。
直後、
「ベルちゃん!!」
と森の方から喜びに満ちた声が聞こえてきた。
その声に振り返るベル。
声の聞こえた場所にいたのは黒髪ツインテールの少女メグミだった。
◆ ◆ ◆
メグミは、ベルの無事な姿を見て嬉しくなり、近寄ろうとする。
「やめなさいスクアーロ!!」
カトレアの制止の声が野原に響く。
しかし、その言葉が放たれた時には既にスクアーロがメグミのすぐ横で振りかぶっている最中だった。
メグミも気付いて避けようとするが、避けられるような距離じゃなかった。
しかし、スクアーロの攻撃はメグミに届く直前に戻ってきたメレクの手によって止められた。
「メレク様、何故邪魔なさるのですか!?」
「この者が我々を呼んでくれたからこそ危機に気付けたのだ。この者を殺す必要はない」
「しかし」
「そうだぞスクアーロ。メグミは私の友達なんだ。手は出すな」
「魔王様……かしこまりました」
不満そうな顔になりながら、ひざまづくスクアーロ。
「魔王様?」
スクアーロの言葉に反応を示すメグミ。
ベルもその疑問に答えるべきか迷ったが、
「私は、先代魔王グリルの娘で、現魔王のベルフェゴール。黙っててごめんなさい。……でも嫌われたくなくて、言えなかったんだ」
ベルは、覚悟を決めてそう言った。
ベルはメグミの顔を伺うように覗きこもうとするが、メグミは何も言わずにただ驚いた表情をしているだけだった。
そうなるってわかっていたベルは、メレクが作った城につながるゲートを通って帰ろうとする。
3人は既にベルを待っているだけの状態だった。
ベルがゲートの中に左足を入れようとした時だった。
「いつでも遊びに来てね!! 今度は私がシチュー作ってあげるから。絶対にまた来てよ!!」
メグミがそう大声で言った。
その言葉が心底嬉しくて、でもなぜか涙が出てくる。
ベルは服の袖で涙を拭ってから、メグミに向かって
「うん!!」
と短く返事をしてゲートに入っていった。
◆ ◆ ◆
「……そう言えば何で倒れたの?」
城に戻って二人っきりになってベルが唐突にカトレアに聞いた。
そこでやっと二日前のことを言っていることに気付いた。
「実は私、暑いところ苦手なんです」
ベルは、それで? とカトレアに続きを促す。
「昨日の炎天下でちょっと熱中症になってしまいました」
「……それで大丈夫なの?」
ベルが再び心配そうに聞いてくる。
「はい。もう大丈夫ですよ。冷凍室に入ったらすっかり元気になりました」
カトレアは、ベルに心配していただき誠にありがとうございますと伝えたあと、部屋を退室した。
「……冷凍室って入ったら元気になるんだ」
そう呟いてベルも部屋を飛び出していった。
その数十分後、凍えた状態のベルが冷凍室から見つかったことで、魔王城は再び騒がしくなった。
今回でSS:ベルの冒険は終了です。
ここまで見ていただきありがとうございます。
次回からは4章を開始する予定です。
というわけでこれからもよろしくお願いいたします。




