SS:ベルとメグミの出会い5
「良かったね~。いっぱいもらえて」
「うん」
もらったリュックサックに同じくパンパンになるまで入ったポーションと薬草。どんな病気にかかったかわからないため、メグミの父は扱っている薬草とポーションを一通りくれたのだ。
「お父さん張りきっちゃって、他の店からも買ってきたらしいし、それなら、そのカトレアさんも元気になるんじゃないかな?」
「そうだといいな~」
ベルは嬉しそうにそう言った。
◆ ◆ ◆
現在二人は町の歩道を歩いている。
木造建築の建物が建ち並んでいる町。そこに住む人々は活気に溢れている。男性の衣服は結構自由なのに、女性の着ている服は本当にメグミたちと同じような格好だった。
ベルも一応その服を着た方がいいと思っていたのだが、サイズがあわなかったため、ベージュのローブを羽織っている。意図した結果ではないが、ローブのお陰で翼も隠すことができた。
ローブを羽織っている女性はベルだけではないので特に目立つことはなかった。
ベルは初めて間近で見た人間の住む町に興奮した様子だった。
たまに人差し指を立てて建物を見るという行動を見せるベルが気になって、メグミは何をしているのかと聞いてみた。
「これ? 家って指より大きかったんだな~って思ったんだ」
何を当たり前のことを言っているんだろうかとメグミは思ったが、ベルの次の発言に驚かされる。
「私ね。森より先に行ったことないんだ。だからいつも窓からしか見てなかった家がこんなに大きかったなんて知らなかったんだ~」
いつも窓から見える町、比べればいつも指の方が大きかった。あんな小さい場所にどうやって人間は住んでいるんだろうって毎日のように思っていた。しかし、実際に見れば、指どころか自分よりも大きい家が建ち並んでいるのだ。さっきから興奮がおさまらない。
それに、町には知らないことがいっぱいだった。
さっきだってメグミの父から、牛串という牛の肉を焼いて串に刺した食べ物をもらった。
香草の匂いが鼻腔をくすぐってきて、かじりつけば牛の肉厚がちょうどいい焼き加減を伝えてくる。かじりついたところから溢れてくる肉汁がまた独特の旨みを持っていてかなり美味しい。
今まではベルにとって食べ物というのは、食べれれば良かったし、そもそも魔王城にいれば何も食べなくてもお腹が空くなんてことはなかった。
(人間文化っていいな~、戦いばっかりの魔族とは大違いだね)
そんなことを考えるくらいにはベルも気に入っていた。
◆ ◆ ◆
そうこう考えているうちに、町を出て昨日あの3人組に出会ったところについた。
一応、森の前まではおくると言ってメグミもついてきている。
(そういえば、昨日のおじさんが持ってたサンドイッチってのも美味しいのかな? 今度会ったら食べさせてくれないかな~)
そんなことを思いながら歩いているベル。
「あの~、そこをどいていただけませんか?」
ベルの隣を歩いていたメグミが急にそう言った。
ベルもその声の向けられた方を見ると、そこには昨日出会った3人組がいた。しかも、そのうしろに多くの武装した人を引き連れている。
「おいそこの魔人。昨日は世話になったな。今日は仲間を引き連れてリベンジに来たぜ」
3人組のうちの男が声をかけてきた。
「そこのあなた、わからないかもしれないけど彼女は魔人なの。早くここから立ち去りなさい」
鍔の広い三角帽子をかぶっている女性がメグミの方を向いてそう声をかけてきた。
どうやら、メグミが自分を普通の人だと勘違いしていると思っているようだ。
こんな怖い人がいっぱいいるんだ。メグミが逃げたって私自分は文句は言わない。むしろここまで送ってくれただけ感謝の念が絶えない。
このおばさんの言うとおりなんだ。
メグミにここまでありがとうって言わないと。
ベルがそう思って口を開こうとした時、メグミが急にベルの前に立った。
腕を広げ、まるでベルを庇っているかのような体勢で、冒険者達の前に立つ。
「何のつもりにゃ?」
不思議そうな顔をしながら聞いてくる猫耳の女性。
彼女が手に装着しているグローブを見てメグミは恐怖が募っていく。他の冒険者だって見ただけで、ただの町娘である自分よりもきっと強い。それでも
「こんな子ども相手に1対複数なんて卑怯だと思います」
メグミは冒険者達に向かってそう言った。
メグミの言葉に一瞬の沈黙ができた後、冒険者達が腹を抱えて笑い始めた。
その中で、こちらを指さしながら笑っていた一番前に立つ男、確かベルにリベンジをしに来たと言った男だったはずだ。その男がメグミに向かって笑いながら言ってくる。
「お前バカなのか? 魔人相手に卑怯もなにもないだろ。実際昨日だって3人で挑んだら返り討ちにあったんだ。それなら数を増やして再度挑むに決まってるだろ? そいつを野放しにすれば、世界に災いをもたらすかもしれないんだからな」
その言葉にメグミは何も言い返せない。
彼女だってベルに出会うまでは魔人は怖いものだと思っていたのだから。
魔人は倒すべき相手のはずだ。それなのに、今は後ろに魔人であるベルを庇っている。自分でもおかしいとわかっている。でも、この手は下げない。今彼女を守れるのは自分しかいないのだから。
「……そいつらの言うとおりだよ」
決意したメグミに後ろにいるベルが声をかけてきた。
「……ベルちゃん?」
「もういいから、さっさとどっか行ってよ。メグミに何かあったら私がメグミのお父さんから怒られちゃうもん。だから……早くどっか行ってよ!!」
最後の声は、荒らげたものになっており、メグミの決意を揺らがせる。
ベルが何を言っているのかよくわからない。
ただ、頭が真っ白になっていく。
ベルの方を向いたメグミ。そこにはフードを目深に被ってプルプルと震えているベルがいた。
ベルはもう一度、先程よりも強い口調で「早く!!」と短く言った。
その言葉でメグミは走り去っていく。
走り去る彼女の目尻からは涙がこぼれていた。
◆ ◆ ◆
どちらに走っているかなんて彼女にもわからない。ただ、地面を見ながらひたすら前に走る。
(……なんであんなこと言うの? 私はただベルちゃんを守りたいって思っただけで、……そうかこの考えがいけなかったんだ。ひ弱な私じゃ、強いベルちゃんの邪魔になっちゃうだけだもんね)
そう考えながら走っていた彼女はふいに何かとぶつかった。
「おい、そこの小娘。ちゃんと前を見て歩かんか」
尻もちをついたメグミは、そう言った人物を見上げた瞬間、息がつまった。
2メートルを越えるであろう鍛え上げられた体躯に山羊のような角をはやした彫の深い顔立ちの男がそこに立っていた。
「メレク様、彼女が脅えております。その顔は狂暴にしか見えないのですから、少し下がっていてください」
そう言ったのは、男の後ろから出てきた女性、白に近い綺麗な銀髪を肩まで伸ばした女性だった。
彼女は、メグミの方に手をさしだし「大丈夫ですか?」と優しく声をかけてくる。目付きは鋭いが、その美貌で優しくされると同性のメグミもときめきそうになる。
そこで思い出した。この女性がベルの言っていたカトレアという女性の容姿と一致する。
隣に魔人を引き連れているのだからおそらく間違いないと思う。
◆ ◆ ◆
(彼女に全てをかけるしかない)
そう思い至ったメグミは、カトレアの肩を掴んで、
「ベルちゃんを助けてあげてください!!」
そう伝えた。
その言葉に二人は顔を引き締めた。
「場所は?」
短くカトレアがそう聞いた。
その言葉に希望を見いだしたメグミ。彼女は走ってきた場所を指さす。
「あなたは大人しくここで待っていてください」
指の先を確認したカトレアは、メグミにそう言ってからメレクと共に、主の窮地に向かった。




