SS:ベルとメグミの出会い4
和やかになってきた雰囲気の中で、メグミの父親が真剣な顔でベルに声をかけてきた。
「私はね、ベルさん。君が家族に手を出しさえしなければ、何者だっていいんだよ。大切な家族が君にもいるだろうしそこだけはわかって欲しい。父親にとって、娘と妻は命より大切なものなんだ」
「……うん、知ってる」
自分を命がけで助けてくれた父。彼の最期は今も瞼を閉じれば鮮明に思い出せるし、この先何十年生きたとしても忘れることはできないだろう。
あんな絶望的な状況だったにもかかわらず、あの時、魔王グリルは死ぬまでこっちに笑顔を向けていた。
それがどういう意図で向けられたものなのかはベルにはわからない。
自分の命を娘を守るために使えたことが嬉しかったのか?
悲しむベルに恐怖を与えないように笑顔を作っていたのか?
今となってはその答えは誰にもわからない。
それでもたった一つだけわかることがある。
それは、あの時二人はベルを守るために行動して、それをやり遂げた。その結果、こうしてベルは生きている。
あの二人がいなければ自分の命はなかったし、こうしてこの家族と出会うこともなかっただろう。
ベルの答えに、驚いた表情を見せるメグミの父親。そんな彼に向かってベルは笑いかける。
「私は、あなたたちに何もする気はないよ。私に人間の尊さと醜さを教えてくれた人が、人間の世界には手を出したら負けって言葉があるって教えてくれたんだ。平和を重んじるあなたたち人間にとって私のような魔族が邪魔なのはわかる。だからいつか、魔界に戻らなくちゃいけないのもわかる。……ただ、魔界の皆を守れるような力を得られるようになるまで待って欲しいの」
そう言ったが、その笑顔には哀愁が漂っていた。
彼女は、魔人とは言え明らかに幼すぎる。見た目だってまだ5歳くらいの彼女が、この先の人生に不安を感じているのは当然といえば当然だろう。
ベルの言葉にメグミの父であるサドゥバドとマイカは互いを見て頷きあう。
「別に急がなくてもいいのよ。あなたのペースで一歩一歩進んで行けばいいのよ。それでもし、行き詰まったり、立ち止まりそうになった時はいつでもいらっしゃい。おいしい料理を作って待ってるわ。もちろんそれ以外の日だっていつでも歓迎するわ」
そう言いながらマイカはベルの頭を撫でる。
それは、先程メグミが撫でてくれた時と同じように優しく相手をいたわっているのがひしひしと伝わってくる。
しかし、メグミが撫でてくれた時よりも暖かさを感じられるような気がした。
自分は魔人で彼女は人間。人間という種族と魔物という種族は絶対に解りあえないと数ヶ月前まで思っていた。
しかし、その考えはシズカと出会ったことでベルの中で変わっていった。
彼女と共に暮らし始めたことで、彼女からはいろいろなことを教えてもらった。人間の住む国のことや、ここはグルニカという国のほんの一部分でしかないこと。その中でも人間についての話が一番気に入っていた。
人間の尊さを聞いた。醜さを聞いた。脆さを聞いた。そして大切な者に向ける愛という感情を教えてもらった。
愛は魔人にも共通する感情だった。
幼きベルには知らないことだが、それでも父やカトレアのことが大好きだったし、人間であるシズカのことも大好きだった。
しかし、今回のは何か違う。
自分とマイカは出会ったばかりだ。嫌いではないが特別大好きという訳ではない。でもこのぬくもりはベルを懐かしい気持ちにさせてくれるから大好きだった。
ベルは顔を見上げてマイカの顔を見た。
その時マイカの顔が別の女性に見えた。
金髪の長い髪を一つの太い三つ編みにしている女性、その瞳はエメラルドのような緑色だった。
もう覚えてなんかいないはずなのに、ベルはそれが母であると信じて疑わなかった。
「……ママ?」
その呟きを聞いたマイカは後ろを振り返ってみるが、同じく振り返っているサドゥバドの姿しかなかった。
振り返ったマイカはマイカのままだった。そこに母の面影はもうない。
その時ベルは決心した。
人間と魔族が共存できる道を探すことを。
敵対関係にある人間と魔族、この二つの種族が共存できる道がきっとあるはずだ。だって自分はこの人たちと憎みあっていきたくないのだから。
だから探す。自分は魔を統べる王なんだ。自分がやらずに誰がやるというのだ。
彼女の「人と魔人仲良くしていこう大作戦」はこうして始まっていくのであった。
◆ ◆ ◆
「そういえばベルちゃんはどうしてあんなところにいたの?」
スプーンをシチューの器に戻したメグミが思い出したように聞いてきた。
今4人は一階に降りていた。
頭を撫でられていたベルのお腹が再び鳴ったため、もう一度シチューを食べることにしたのだ。その際、全員で食卓を囲んでいるという状況なのである。
そんなメグミの質問にベルは顔を上げる。
その口の周りにはシチューがついており、それをマイカが笑いながらハンカチで拭った。
口の周りを拭かれたベルは、「ありがと」と無邪気な笑顔でマイカにそう言った。
その無邪気な笑顔の破壊力は凄まじいもので、その笑顔を向けられたマイカは顔を真っ赤にして悶絶し始めた。そんな彼女は数秒後に真剣な表情になると、サドゥバドの方を向き、
「パパこの子欲しい」
とか言い始めた。
ああだこうだと口論になっている二人を無視して、メグミは再び、
「それでどうしてなの?」
と聞いた。
ベルはえっとね~と前置きしてから、
「実はカトレアが倒れちゃったの」
と言った。
◆ ◆ ◆
カトレアとは、ベルの側近を務める魔人である。
銀色の髪は肩まで伸び、その目は同じ魔族にまで恐れられる程鋭い。
時に厳しい一面を持つが、それはベルのことを思ってのことだとわかっているからこそ、ベルも信頼を寄せている。
明るく周りに慕われるシズカとは違ったタイプの美人で、周りを寄せ付けないクールなタイプの美人だった。
魔王グリルからも一目置かれており、ベルの側近という大任を任されていた。
そして、普段から人間の姿をしているほど人間を気に入っている。
そんな彼女が、先日ベルの修行を終えた後に倒れた。
基本的に魔人は光属性の魔法が使えない。実際ベルも使えなかった。
だが、それでいい。普通の光属性の魔法を使われれば魔族はダメージを負ってしまうからだ。
そのため、魔人は薬草かポーションを使用して回復する必要が出てくる。そのため、ここまで取りに来たのだった。
◆ ◆ ◆
最後まで説明し終えると、サドゥバドが、
「ポーションと薬草なら一応うちで扱ってるから、もうちょっと待っててくれれば取ってくるよ」
そう言って席から立ち上がり返事すら聞かずに戸を開けて家の外に出ていった。




