SS:ベルとメグミの出会い3
「大丈夫ベルちゃん?」
昔のことを思い出していたベルは、至近距離でメグミから呼びかけられたことにより現実に帰還した。
もう二度と会えないあの人と目の前にいる彼女が一瞬重なった。思えばあの人だって、自分を魔人だとわかっていたにも関わらず、自分を窮地から救ってくれた。
それは当時のベルにとって人間と魔族は相容れないという考えを変えさせる出来事だった。正直怖いと感じたこともあったが、それでも、お父さんの前に全てを投げ出したような表情を見せたあの人を見捨てたくない。死なせたくない。今度は自分があの人を守りたい。そう思えた。
だから、とどめを刺そうとしていたお父さんの前に立った。両手を広げ、あの人を庇うような姿勢を見せる私に、お父さんは戸惑いを隠せない様子だったが、私が嫌いって言った瞬間、慌てふためいていた。
ちょっとだけその姿が面白かったけど、命を狙われたにも関わらず、私に嫌われたくない一心ですぐにあの人をしょうがない、と言って許してくれたお父さんのことが私は大好きだ。
お父さんが部屋から出ていったあと、私に抱きつきながら泣き続けるあの人はそれから一緒に暮らすようになった。
「自分を助けてくれた恩人に何か返せるまでは一緒にいたい」
そう言ったあの人は、毎日私に抱きついてきては撫でまわしてくる。
それが最初はちょっと苦手だったけど、後々それがないと落ち着けなくなってきた。いつの間にかあの人の膝の上が私の特等席になっており、よくカトレアが怨めしそうな目であの人を見ていた。
「こっちにも座っていいんだよ」
とお父さんが自分の膝の上を勧めてくるのを私が断る。
そんな平和な日常がいつまでも続けばいいのにとベルは願っていた。
しかし、そんな願いは一ヶ月程で潰えることとなった。
大天使サリエルと名乗る緑色の髪をした男が現れたことによって。
あいつが来なければ、お父さんは自分を庇って殺されることはなかった。
あいつが来なければ、あの人は自分を生かすために命を燃やすことなんてしなかった。
全てはあいつのせいであり、飛び出してしまった自分のせいだ。
お父さんを信じきれずに、戦っているお父さんの下に駆け寄ったから、私が狙われ始めて、それを庇って二人は死んでしまったんだ。
後悔の念にかられて、ベルの目からは涙がこぼれ始める。
急に泣き出したベルに戸惑いながら、メグミはポケットからハンカチを取り出し、ベルの涙を拭う。
でもまだ泣き足りなくて、ベルはメグミの豊満な胸に飛び込み泣き続けた。
メグミもそれを受け入れ優しい手つきでベルの頭を撫でる。
◆ ◆ ◆
しばらくすると、扉をノックする音が聞こえてきた。
その音にベルは飛び上がり、目元を服の裾で拭った。
「メグミ、知らない声が聞こえてきたんだけど、もしかして目を覚ましたのかい?」
それは男性の野太い声だった。
「うん。まだちょっと顔色は悪いけど目は覚ましてるよ。今、シチューを食べ終わったとこ」
「そうか。ちょっと会ってみたいんだが、ここを開けてくれるかい?」
「こう言ってるけど大丈夫?」
メグミはベルに向かって確認する。
ベルは相手が誰かわからなかったが、メグミが信用している人物なのは確かなため、無言で頷いた。
「わかった。ちょっと待ってて。今鍵開けるから」
そう言ってから、メグミは扉についているつまみを使って解錠する。
そして、扉を開けるとそこには、メグミと同じ黒い髪の男女が立っていた。
「君が魔人の女の子かい?」
そう言ったのは男の方だ。
見た目は人の良さそうな顔立ちで目元が垂れているのが印象的だった。体型は中肉中背で何故か緑色のエプロンをしている。
「まぁまぁまぁまぁまぁ!! お人形さんみたいな可愛らしい子ね。本当に魔人なの? とても信じられないわ!!」
興奮した様子でベルをまじまじと見ている女性は、メグミとよく似た容姿だが、メグミと違って髪はおろしている。
その見た目から若干メグミより年が上なのだろうとベルは思った。
「……この人、メグミのお姉さん?」
と気になってメグミに尋ねると、三人が急に笑い始めた。
何故笑われたのかが分からないベルは頭に疑問符が浮かべる。
「この人は私のお母さんだよ」
ベルの質問に答えたメグミがそう言うと、
「は~い、私がメグミのお母さんでマイカって言います。いつもはそこの畑で野菜や果物を作ってるのよ」
マイカと名乗ったメグミの母親が力こぶを見せようとしているが、まったくつくれていない。
「メグミのお母さんって若いんだね~」
メグミに向かってベルは思ったことを言った。
ベルがこの時見せた無邪気な笑顔は、マイカの心をがっちりキャッチしてしまう。
「!?」
人には反応できないような速度で急に抱きついてきたマイカ。
抱きつかれたベルも急なことで驚いている様子だった。
「かわいいよ~。この子なんで魔人なの? 魔人じゃなかったら食べちゃいたいくらいなのに~」
そう言った彼女は舌でくちびるをなめた。
その言葉を聞いたベルはこの時、生まれて初めて自分が魔人で良かったと感じた。
「いい加減にやめたらどうだいマイカ? いったん落ち着いた方がいい」
「いやよ~。この子が可愛いのがいけないのよ。私はただ可愛い子を愛でているだけよ」
そう言いながら自分の胸にベルの顔を埋めるマイカ。
メグミよりも大きい胸のせいで息がしづらくて苦しかったが、彼女の胸の中はとても暖かかった。母親を早くに失ったベルが久しく感じられなかった気持ち良さと懐かしさがそこにはあった。
ベルは彼女の腰に手をまわしその気持ち良さを堪能する。
マイカもそれを拒まずに受け入れた。
(なんでこんなに暖かいんだろう? もしかしてこの服が原因なのかな)
と彼女の着ている服をまじまじと見る。
触り心地はなかなかよかった。
メグミとマイカは二人とも、ベージュのセーターに膝下まである茶色いスカートを着ている。
顔を上げて何故同じ服を着ているのか聞いてみると、この町では女性は基本的にこの服を着るのが決まりなんだそうだ。
メグミのクローゼットを見せてもらうと二人が今着ているものと同じ服が数着あった。
そのうちの一着を着させてもらうが、サイズがまったくあっていないためだぶだぶで動きづらかった。
実際に着てみてわかったが、さっき感じたのはこの暖かさじゃないし、そもそもメグミの時には感じなかった。
つまり、結論からいうとメグミのお母さんがすごいということだ!!
そんな結論を出しベルにマイカがこの町の内情を教えてくれた。
なんでもこの町の町長さんが縦セタというものが好きらしく権限を最大限用いた結果なんだそうだ。それがまかり通っていることにベルも驚きを隠せない。
(世界って広いんだな~)
というのがベルの正直な感想だった。




