SS:ベルとメグミの出会い2
鼻孔をくすぶる良い匂いが部屋の中に漂っている。
その匂いにベルは目を覚ました。
視線の先には、木で造られた天井と蝋燭を置いただけの灯りがあった。
(ここはどこなんだろう? ……あれ? 声が出ない!?)
ベルは何度も声を出そうとするが、何故か声が出せなかった。
思い当たる節は一つ、多分さっき人間を気絶させたあれだろう。
(どうしよう。このまま声が出せないままだったら)
「あれ? 目を覚ましたの?」
ベルが声が出せなくなったことに困惑していると部屋に唯一取り付けられていた扉が開かれた。
そこから入ってきたのは、黒く長い頭髪を後ろで左右にわけた髪型で橙色の瞳をした若い女性だった。
その黒髪の女性は、扉を閉めて手に持つ良い匂いの原因だと思われるものをベルの側にあるテーブルに置いた。
「お腹空いたでしょう? お母さんが作ってくれたシチューなんだけど……魔人の人ってシチュー食べれるのかな?」
ベルは彼女が自分の正体を知っていることに驚き、それと同時に彼女を警戒し始める。
「魔族と人間は相容れない存在、決して人間が全員シズカさんのように貴女を受け入れるとは思わないでください。むしろほとんどの人間が貴女を敵と見なし殺しに来ます。ゆめゆめお忘れなきよう」
ベルは前に自分の付き人を務めているカトレアがそう言っていたことを思い出した。
さっきだって自分を殺そうとしてきたやつがいた。ただ人間と仲良くしようとしていただけの自分を。
ベルの目の前で椅子に座ってこちらをじっと見ている女性は、何故自分が警戒されているのかわかっていない様子だった。
その時、「ギュゥゥゥ」という音が再び鳴り響く。
女性はその音を聞いた直後に、ふふっと小さく笑う。
「やっぱりお腹が空いているんだね? 冷めないうちに食べて。うちのお母さんの料理美味しいんだよ」
黒髪の女性は笑顔でそう言った。その笑顔は警戒していたベルに驚きをもたらすものだった。なにせ自分を魔族だと知っているにも関わらず、この女性は笑いかけてくるのだから。
ベルは、テーブルに置かれたシチューの元に近寄る。そして、匂いを嗅いでみると、いままで嗅いだことのない匂いがしてくる。その匂いに顔がつい緩んでしまう。ベルは置いてあった木製の先が丸まったものを手に取る。
匂いを嗅ぐが、あまり匂いはしなかった。むしろ、シチューの匂いが原因で他の匂いがわからない。
(恐るべしシチュー!! お前は私を魅了する魔のアイテムだな。しかし残念だったね。私はその手にはのらないよ)
そして、ベルは大きく口を開けて食べる。木の匙を。
「なにやってんの!?」
ベルの謎の行動にメグミは驚いて声をあげた。
「……硬いし、これ美味しくない」
「そりゃ匙だけ食べても美味しい訳ないじゃん!!」
そう言って、ベルの持つ匙を取り上げて、シチューを匙ですくい、ベルの口元まで運んだ。
ベルは疑いの眼差しを向けながら、そのシチューを食べる。
「うっ」
「う?」
「うっまぁぁぁぁぁぁい!!」
「気に入ってもらえて良かった」
「ん? 私……声出てる? やったーー!! やるなシチュー!!」
(声が出せてなかったんだ。っていうか匙かじった時から声出てたような。……まぁいいか美味しそうに食べてくれてるし)
ベルはメグミから匙をぶんどってかじりつくようにシチューを食べていた。それはもうすごい勢いで食べているもんだから、さっきみたいに木の器を食べられないだろうかとメグミが不安になるくらいだった。
ベルは食べ終わったシチューの器をテーブルに戻した。
その器には白い液体が1滴もついていない綺麗な状態だった。
「ごちそうさまでした。お姉さんありがとう」
「どういたしまして。……そういえば名乗ってなかったね。私はメグミ。この家の一人娘なの。よろしくね。あなたは?」
「私はベル……」
ベルは口をつぐんでしまった。メグミと名乗った彼女に自分の真名を名乗っていいものかと迷ったのだ。
「そっか。ベルちゃんっていうのか~。よろしくねベルちゃん」
「……怖くないの?」
「何が?」
「私が魔人だって知ってるんでしょ? それなのにさっきからそういう風に接されると調子が狂うっていうか。なんというか……う~、とりあえずなんでなの!!」
急に怒り始めたベルに戸惑うメグミだったが、なんでだろ~と前置きしてから、
「ベルちゃんが可愛いからかな?」
と微笑みを浮かべながらベルを真っ直ぐ見つめそう言った。
「えっ!?」
その言葉にベルは数ヶ月前のことを思い出した。
シズカという自分が初めてなついた人間、いや、それまで人間を敵だと思い、信じて疑わなかったベルにとっての常識を覆した人間、彼女と初めて出会った日のことを。




