SS:ベルとメグミの出会い1
~これはマルクトとベルが出会う2週間程前のお話~
闇夜の森に奇怪な声が響きわたる。
そんな不気味な森の中に一人の少女がうつ伏せに倒れていた。
黒いドレスに身を包んだ少女は、ウェーブがかった金色の髪を肩のあたりまで伸ばしており、エメラルドのような碧色の瞳という特徴を持っていた。
端から見ると美少女といっても差し支えのない少女だが、その背中には蝙蝠のような黒い翼がついていた。
普通ならこの森に住んでいる魔物が我先にと襲いかかってきそうな状況にも関わらず、魔物たちは彼女に近付こうとすらしていない。
「うぅ~、転んじゃった。ここの森ってなんでこんなに根がうねうねしてるの?」
頭をおさえながら起き上がる彼女は、自分を転倒させたうねうねしている木の根を睨み付ける。
彼女が木を睨み付けると、彼女を転ばせた木に浮かんでいた顔が怯えた様子をみせる。
そして、彼女の周りにいた樹木の魔物は全員立ち去っていった。数としては三十匹程いた。
「……あんなにいたんだ」
そう言って立ち上がった少女は自分の膝元についた土を払う。
擦りむいた傷のせいで涙目になっていたものの少女は再び近くにある人の住む町を目指して歩き出す。
◆ ◆ ◆
夜が明けて、少女はやっと森を抜けることができた。後ろを振り返り、そびえ立つ城を見て「カトレアごめんね」と呟いた。そして再び町に向かって歩き出す。
しかし、彼女は思い出す。自分を今、最大の危機が襲っていることに!
そのせいで、まったく足に力が入らず、目眩までしてきた。ふらふらと数歩歩いただけで、へたりこんでしまう。もう立ちあがる気力すらわいてこない。
(自分を倒そうと考えている何者かの奇襲? 精神攻撃? 未知の病かもしれない。魔王である自分を襲うとは……とんでもない能力者が側にいるのかも)
彼女はそう考え、周りを警戒するが何も見当たらない。それどころか気配すら掴めない。
彼女がプルプルと震え始めた直後、「ギュゥゥゥ」という低い音が彼女のお腹から聞こえてきた。
どうやら彼女はお腹が空いていたようだ。それもそのはず、彼女は、一日中森の中をさまよっていたのだ。大人の足でなら迷わなければ一時間程度で走破することが可能な道、しかし、少女の足では半日かかるうえに、先程の木がちょくちょく移動して、彼女に睨まれるまで道に迷わせていた。
育ち盛りの少女が一昨日の夜からずっと森をさまよい続け、食料を何も食べていない。
お腹が空いて倒れてもおかしくはない。
しかし、彼女にはお腹が空いたなんて発想はなく、未だにわかっていない様子だった。
そんな彼女の元に、四十代くらいの太った男が1台の荷馬車を率いてこちらの方に歩いてくる。
彼女は、その男が握っているサンドイッチに目を奪われ、口元から無意識によだれを垂らす。
彼女は自分の背中にある翼を男に見えないように隠して、男が来るのを待つ。
「やぁ、お嬢ちゃんこんにちは。ここいらでは見ない顔だけどそんなところに座ってどうしたんだい?」
「おじさん、その手に持っているの何?」
「ん? これかい? 君はサンドイッチを知らないのかい? これはね、家で育てた麦で作った特製のパンでハムとチーズ、それからトマトにレタスを挟み込んで塩胡椒を用いて味付けした私の特製サンドイッチだよ。お腹が空いているようだし食べてみるかい?」
「うん。ありがとうおじさん!!」
男が彼女にサンドイッチを差し出そうとした時、
「おい、そこのあんた!! そいつは魔族だぞ!! 離れてろ!!」
若い男の声が野原に響いた。
「なんだって!?」
そう言って差し出そうとしていたサンドイッチを手元に引っ込める男。
彼にそう言ったのは、後ろに帽子を二人の女性を引き連れた若い見た目の男だった。
「今からそいつは俺たちが討伐するあんたは離れて見てな!!」
「そうだったのか。危うく食べられるところだったよ。助かった」
「ちがう。私はそんなことしないもん」
「黙れ!! そんなこといってどうせまた人間を騙して食らうのだろう? お前たちのこすい手は見飽きてるんだよ」
サンドイッチを持ったおじさんは、三人に「ありがとう」と言った後、自分の荷馬車に乗り込んでそのまま町の方に戻っていった。
「相当位の高い魔人だとお見受けします。ここは三人で本気を出した方が良さそうです」
男の後ろにいる杖を持った黒く広い鍔の三角帽子を目深にかぶった長髪の女性は男にそう言った。
「アガットがそこまで言うほどの相手か? それなら俺とアニエスで魔人を攻撃する。アガットは支援をよろしく頼む」
「了解にゃ。まずはこのアニエスちゃんがこの魔人を翻弄してみせるにゃ」
猫耳の橙色の短い髪の女性は手にグローブを着けて、少女に襲いかかってきた。
それに続いて剣を持って襲いかかってくる茶髪の男。
後ろに立って杖を翳している女性が何事か呟くと、二人の速度が上がる。
お腹が空いて動けないベルに、二人の攻撃が届こうとした時。彼女の碧色の瞳がひかる。
「私の邪魔をしないでよーーーーっ!!」
彼女は自分の心の底からそう叫ぶと男の剣は彼女に届くあと一歩のところで止まり、ふらふらと地面に倒れる。他の二人もどうやら同じように意識を失い倒れたようだ。
少女はよろよろと立ち上がり、自分の力によって倒れた三人を一瞥するとそのまま町に向かって歩き始めた。
しかし、一キロは歩いたかというところで彼女は倒れて意識を失った。
◆ ◆ ◆
彼女が倒れてから数分後、そこに黒髪の少女が現れた。
黒髪の少女は、倒れている少女を発見すると近寄っていく。
「あれ? この子なんで倒れてるんだろ? !? この翼ってもしかして魔族? ということはこの子は魔人なんだ。……どうしよう。……ううん、迷ってる場合じゃないよね。目の前で倒れている子がいたら助けてあげなさいってお父さんがいつも言ってたし」
黒髪の少女はそうと決めると、人目につかないよう自分の羽織っていたローブをかけ、意識のない魔族の少女を抱きかかえて帰路についた。




