2話 魔王少女7
町の荒れ果てた姿に三人は絶句した。
壊された店。燃える家。倒れている人々。泣いている大人たち。
とりあえずマルクトは、泣いていた一人の男性に話を聞いた。
「おいあんた、いったい何があった?」
俺の質問にその男はこちらを見もせずに、ただ目の前の惨状を見つめ続けていた。
まるで現実逃避をしているかのようだったので、マルクトはその男の服の胸元を掴みあげ再度聞いてみるが、男の焦点はあっておらず、こちらに気付いているのかさえわからない。
しょうがないのでマルクトは男の頬を何発か叩いた。
頬を叩かれた衝撃で目が覚めた男は目の前のマルクトに怯える様子を見せるが、マルクトの衣服がやつらと同じものではないことがわかると、こう聞いてきた。
「……お前はあいつらの仲間じゃないのか?」
その質問にマルクトは彼の胸ぐらから手を放す。
「俺は一昨日この町にやって来た旅人だ。少し出掛けていたんだが、戻って来るとこの有り様だったんだ。……いったい何があったんだ?」
その言葉に胸を撫で下ろした男はこの日何があったのかを教えてくれた。
◆ ◆ ◆
なんでも、一時間程前に人拐いが現れ、町を襲ってきたのだそうだ。人拐い共は町の女、子どもを拐っていったらしい。
抵抗する者の中には殺された者もおり、まだ幼い子どもも倒れている者たちの中にはいた。
倒れている人々のほとんどは、町のためを思い抗戦した者たちだったが、圧倒的な戦力差で倒されていったそうだ。
マルクトは話を聞いて、この惨状に合点がいった。
どうりでこの町には男しかいないわけだ。
マルクトはベルとカトレアに、ここの連中を回復させるから、ここで待機するように言った。
だが、ベルは先程の話を聞いて、メグミが心配になり、飛び出していく。
マルクトはカトレアにベルのことを頼み、目の前にいる重症者達の治療に専念することにした。
◆ ◆ ◆
目の前の倒れている者たちを回復魔法で手当てをしたが、十四名程どうにもならなかった。
いくらマルクトがすごい魔法使いだとはいっても、すでに死んでいた相手まで蘇生できる訳ではない。
他の重症者は最低限、命が保証できるほどまでは治療し、町の人々に治療の続きを頼んだ。
重症の者は全て終え、次は軽症の者の治療を行おうとした時だった。
そんな時、ベルが焦った様子でマルクトのもとに駆け寄ってきた。
「メグミがいない! どこにもいないの!!」
回復魔法を発動している間にメグミが心配になって探しにいった二人が戻ってきて、メグミの家が燃えておりメグミが不在だったことを告げてくる。
「チッ……だろうな。こんだけ暴れてメグミだけ無事な訳ないよな。……今から二人に指示を出す。カトレアとベルはここで待機していてくれ」
「マルクト様はどうなさるおつもりで?」
カトレアの言葉にマルクトは彼女の目を見て、真剣な表情で答えた。
「俺は人拐いの連中を潰してくるよ」
その言葉に安心したカトレアは引き下がる。
しかし、ベルは納得できなかったようだ。
「いやだよ! 私も一緒に行く!私もメグミを助けに行く!!」
そんなベルをなだめるようにマルクトは彼女の目線にあわせてしゃがみ、優しく言葉をかける。
「ベル……さっき言うこと聞くって約束したよな? それにお前たちに今目立たれるのは俺が困るし、再び連中がくるかもしれないだろう? その時の連絡役としてここで待機していて欲しい」
「分かりました。この身をもってその使命、果たしてみせます」
カトレアはマルクトの指示に従う姿勢を見せていた。
未だに納得できないのか、ベルは「でもでも」と駄々をこねている。
そんなベルの頭をマルクトは慣れない手つきでゆっくりと撫でた。
「メグミは絶対助け出してみせる。だから安心してくれ」
ベルはその言葉に涙目で頷いた。
「……わかった。絶対の絶対に助けてね」
「任せろ」
マルクトは笑顔でベルに答えた。
◆ ◆ ◆
マルクトは探索魔法を発動した。
これは半径五十キロにいる一度見た人間なら誰でも探し出せる魔法だった。もちろん、相手を思い浮かべる必要はあるのだが、先日会ったばかりの少女を探すことなどマルクトには容易かった。
メグミたちはどうやら南の五キロ先にある牢屋のような場所に入れられているようだった。
先程話を聞いた男に、そこに何があるのか尋ねると、なんでも現在使われていない廃砦があるらしい。
おそらくその地下牢に囚われているのではないかとのこと。
俺は早速、転移魔法でその地下牢に転移した。
◆ ◆ ◆
町の女、子どもは一瞬で現れた俺に驚き、監守は目を見開いて絶望している様子だった。
……ああ、カードゲームの最中だったの? ごめんね。
とりあえず俺は監守たちに即効性の眠り薬を塗ったナイフで切りさいた。
魔法は上に気取られる可能性があったため、さっき町で何本か用意していたのである。
監守を無力化した俺は一応連れ去られた人数がいるか確認したところ、メグミだけいなかった。
他の者に聞いてみると、なんでも、さっき人拐いにたてついて上に連れていかれたらしい。
……ええ、なんで大人しくしてられないかなぁ。
しょうがないので上に行くと、三十人程の屈強な男たちがメグミの服を無理矢利脱がせようとしていた。
メグミは抵抗していたがすでに下着姿になっており、男たちに囲まれていたのが隙間から見えた。
その行動に苛立ちが増してくる。
とりあえず俺は、一番後ろにいた男をさっきと同じナイフで首の頸動脈を切った。
斬られた男は悲鳴をあげて倒れた。
その悲鳴に驚いた男共は、こちらの方に振り向いてきた。
さすがに女の服を脱がしている場合ではないと気付いたらしく、全員が体ごと振り向いて武器を構えてくる。
全員の目がこちらを向いたので、俺は一瞬でメグミを転移魔法で地下牢に送った。
女が一瞬で消えたことと、仲間が一人絶命していることに気付いたリーダー格のような大男が叫ぶ。
「何をしやがったこの野郎!!」
そう言ってきたが、俺にはそいつのことなどどうでもよかった。
なぜなら、その場に見知った顔を見つけたからだ。
大声で喚く男の傍らに立ってるハイルケンを見て苛立ちが増していく。
(あの野郎……俺がいない時を狙ってきやがったのか……)
その時の俺は会話なんかする気がないほど怒っていた。
「お前らは罪を犯した。あそこに住んでいたリンゴ売りのおっちゃんはな、見ず知らずの俺に警告までしてくれる親切な人だったんだぞ。そのうえ、あそこのリンゴはすごくうまかったんだ。……なのに……」
「はあ? 何言ってんだお前」
「それなのに……お前らはあの人を殺したあげく、店を滅茶苦茶にし、売り物を勝手に持っていった。……その罪、万死に値する!!」
マルクトの言葉に合わせて無数の鋭い風の刃が男たちの体を斬り裂いていく。
この魔法は風の刃を飛ばすという風属性の簡単な小型魔法だが、それは一発での話。
その風刃の魔法をマルクトは数千発も放っていた。
マルクトは一発の大型魔法よりも多数の小型魔法を巧みに扱い、数で圧倒する戦法が得意だった。
見えない風の刃を受け、男たちは血にまみれ、悲鳴をあげながら倒れていく。
当然倒れた連中は避けられずに、悲鳴をあげながら斬られて逝くのみ。
そして、数千発の風の刃を放ち終えた時、誰も五体満足で立っていられなかった。
生きている者も果たしているかもわからない。
だがこれだけは言っておきたかった。
「お前ら、おっちゃんにあの世で謝っときな」
その言葉だけ残して、俺は再び地下に降りた。
◆ ◆ ◆
地下牢に戻った俺は捕らえられた女、子どもを全員移動させるために空間転移魔法を使った。
今回使用している空間転移魔法とここに来る際に使った転移魔法は別物である。
転移魔法は座標から座標へ飛ぶ魔法だ。
そのため、座標が分からないと飛べないし、一度に一人までしか運べないので多人数をいっぺんに運ぶことは不可能なのだった。
空間転移魔法も同じようなものだが、これは、転移魔法と異なり、空間を繋いだまま維持できるので、多くのものを運ぶのには便利だった。
まぁ使い分けとしては、魔力の消費量だ。
転移魔法が一とすると、空間転移魔法は十消費する。発動までの長さは転移魔法が早く、転移魔法に関しては別に使用者が飛ぶ必要はないということで一人で動くなら、転移魔法の方が便利だったりする。
ちなみに探索魔法と二つの転移魔法は闇属性の魔法である。
町に戻った俺は捕まっていた女、子どもと共に先程眠らせておいた見張りの男二人を町の者たちに渡した。
石を投げるのは、襲われた彼らの自由だ。
◆ ◆ ◆
俺はリンゴ売りのおっちゃんの元に向かった。
そこには、他の十三人の町の人と共に仰向けに寝かされている一人の男性がいた。彼らに動く気配はないし、息もしていない。
他の者たちには、隣で泣いてくれる人がいた。
家族なのだろうか? それとも、恋人なのだろうか?
そんなことを考えていた俺は、後ろに気配を感じて振り返った。
そこには先程助けたメグミが立っていた。
彼女はローブを羽織っていた。向こうを出る前に俺が渡したものだ。
(……なぜこんなところに?)
疑問を抱いた俺は彼女にそれを聞こうとしたが、直前でやめた。
彼女の呼吸は乱れ始め、目には涙が浮かんでいた。
その視線の先にあったのは、例のリンゴ売りのおっちゃんだった。
それを知った俺は、もしかしてと思い聞こうとしたが、彼女は「……お父さん」と悔しそうな顔でそれだけ呟いて去っていった。
後に残されたマルクトは、宿に置いていた大荷物を転移魔法で自分の隣に置いた。
それに驚く周りの者たち。
そして、マルクトはおっちゃんの方を向き、目を瞑って手を合わせた。
周りにいた者たちの視線はマルクトに集中し、数秒間の沈黙が辺りを支配する。
目を開けたマルクトは、荷物の中から先日買ったリンゴを二つ取り出した。
一つは彼の傍らにおいて、もう一つは自分で食べた。
「やっぱりうまいな。ここのリンゴ」
そう呟いたマルクトは、戦った跡がついた道を歩きながら、彼女の元に向かった。