11話 終幕6
「隣の男湯が騒がしいですね~」
温泉に肩まで浸かるエリナが気持ちよさそうな顔で、隣にいるメルランに話しかけた。
いつもとは雰囲気が違うエリナに小さく笑うメルラン。
「どうせまたカトウ先生が変なことでも言ってるんじゃない?」
「さっきの水飛沫には驚きましたね。何かが水面に叩きつけられたような音がしたあと、柵を越えるくらいの大きさの水柱が立ってましたし、いったい何が起きたんでしょうか? 皆さん大丈夫なんでしょうか?」
髪をおろしているアリスが不安そうな顔で、メルランを見つめながらそう言ってくる。
彼女の可愛らしい顔は同性ですら惹き付けてしまいそうな威力を持っており、不安そうな顔がそれを更に倍加させる。命をかけて守ってあげたいとつい思ってしまう。
「どうせ、カトウ先生が飛び込みでもしたんでしょう」
メルランがそう答えた時、カトウとマルクトの言い争う声が聞こえてきた。
「メルラン先生? 顔が赤いですよ。のぼせたんですか? ところで触手プレイってなんでしょうか? 絡めて襲うなんて出来るのですか?」
本当に何も知らなさそうなアリスが疑問を突きつけてくる。
一国の姫様になんて言葉を聞かせるのかとカトウを恨むメルラン。ましてやこんな純情そうなまったく汚れていない少女に男の欲望とかを説明していいものか?
そう考えていると、エリスが助け舟を出してくれた。
「アリス、触手プレイってのはね。タコの踊り食いのことを言うらしいわ。特に巨大ダコは食われないように触手を絡めて襲いかかってくるから気をつけた方がいいって意味よ!」
エリスの助け舟はちょっと意味がよくわからなかったが、エリスも自信満々に知識を披露している様子だったし、アリスの方も、なるほど~と納得していた。
一応、エリスにそれを誰に聞いたのかと尋ねたら、
「ガウ兄ですよ。前に聞いたら普通に教えてくれました。……ただ」
「ただ?」
「そうなんだ~って言ったら、まじで知らなかったのかって言ってたんですけど心当たりあります? もしかして間違ってましたか?」
ありゃエリスちゃんまで不安そうな顔を向けてきたわ。
困ったわね。おそらく、ティガウロ君も妹をからかったつもりだったんだろうけど本当のことを言うに言えなかったのね。
「いいえ、それで一応あってるわよ。もしも違うと他の人に言われたら、あなたの兄を信じてあげなさい」
良かった~と平べったい胸を撫で下ろすエリス。
ティガウロ君グッジョブと心の中で思いながら、メルランは体を洗いに湯船から出て洗い場に向かった。
椅子に座ったメルランは隣に座る二人を見た。
「もうベルちゃんったら。じっとしててよ。ちゃんと洗わないとお風呂に入れないんだよ」
「でも皆はもう入ってるよー? なんでベルだけ駄目なの?」
「ベルちゃん今日は襲われたんでしょ? だったらいっぱい汗かいてるよね? そのまま入ったら皆に迷惑かけちゃうの。だから汚いって言われないようにしっかり洗わないとね」
「は~い」
ベルの頭を洗っているメグミは、ベルにそう言い聞かせる。しかしベルは、初めて見る温泉にいてもたってもいられない様子だった。
そわそわしている様子のベルを見ているとメルランはつい口元が緩みそうになる。
本当に可愛らしい少女だ。無邪気なところが特に可愛い。しかし、それだけで自分は彼女が気に入っている訳ではない。
彼女は好奇心旺盛なのだ。
知らないことを見つけた際に見せるあのキラキラ輝いた眼を初めて見た時は天使だと思ったこともある。
彼女は知らないことが結構多い。それはまだ五歳だし仕方ないと思う。常識的なことも知らないと聞いた時は驚いたが、元々他国の出身らしいし、この国での常識は通用しないのは当然といえば当然かもしれない。
そんな彼女は知らないことにはとことん貪欲な姿勢を見せる。純粋なあの眼に見つめられれば嫌なんて言えない。
光属性の座学を教える自分の元にも授業終了後には積極的に話を聞きにくる。彼女は光属性が使えない筈なのにだ。彼女にとって私の授業を受ける必要等まったく無い。普通の生徒なら、そういう使えない属性の時は他属性の復習をしたりしている。だからメルランにとって、彼女は見た目だけではなく、そういうところも気にいっていた。
◆ ◆ ◆
一度、同僚で彼女の兄でもあるマルクト先生に何故光属性の魔法についてあそこまで熱心に学ぼうとするのか聞いたことがある。
その際、マルクト先生はこう言っていた。
「ベルが光属性の魔法を熱心に学ぶ理由? 心当たり……といっていいのかわからないけど、あの子の大切にしている存在が一度、瀕死の重症を負ったことがあるのですがそれが原因かもしれませんね。それに一度魔法を行使しようとして暴走していましたし、それも原因かも。詳しくは彼女に聞かないとわからないですが」
「回復系統の魔法を学びたいとかか。なるほどね。だから俺の水属性の授業もあんなに熱心に受けてるのかね? 異常系は水だしな」
「そうかもしれないな」
マルクト先生の隣に座っていたカトウ先生が二人の会話に割り込んできた。カトウ先生の見解にマルクト先生は同意していた。
◆ ◆ ◆
隣で今度はメグミがベルに背中を洗ってもらっていた。
その微笑ましい光景を見ていると、また口元が緩みそうになるが、メルランは見てしまった!!
メグミのたわわに実った果実が揺れるところを直視してしまった!!
(大きすぎる!? いつも制服で隠しているから、あまりよく見ていなかったけど、この子着痩せするタイプ!? 子どものベルちゃんが側にいるせいでより一層大きく見えるわ!!)
そしてメルランは自分の胸を見る。
無いという程ではないが、実に普通。
今までまったくコンプレックスを抱くなんてことはなかった。しかし、メグミの胸を見てしまったあとに自分の胸を見れば、涙が出そうになってしまう。
童顔の可愛い顔つきにその大きな果実、しかも世話焼きで性格も優しすぎる。魔法ランクも赤で身長も平均的。まさに非の打ち所の無い美少女のメグミ。
それに対して自分の体格は胸は普通だが、身長は同年代の女性より高いことは自覚している。前に友人から聞いた評価はクールビューティーというものだったが、戦闘では『あれ』だし、魔法ランクは高いがそれは女性の魅力とは関係ない。むしろ強すぎるのは男に守ってあげたいと思わせられないため、逆効果だ。
(なにこの美少女姉妹? この子たちに比べたら私なんて……もしかして私って女として終わってるのかしら)
「メルランせんせー大丈夫?」
ベルが心配そうな顔でメルランを見あげてくる。
「えっ何が?」
「先生顔が真っ青ですよ。気分でも悪いんですか?」
メグミの方も同じようにメルランの身を案じている様子だった。
どうやら、自分でも気づかないうちに顔にでていたようだ。
「ごめんなさいね心配かけて。ベルちゃんも大丈夫よ。ちょっとのぼせちゃったみたいだから、私はもうあがるわね」
メルランはベルの頭を撫でて、二人にそう言うと風呂場から退出していった。




