11話 終幕4
森の中に建てられた一つの大きな建物。ここはこの国一番と称されるほどの有名な旅館で、その旅館の名物といえば来た者は口を揃えて温泉だと言う。
そんな旅館の温泉を十人の男女が貸し切りにしていた。
この温泉の露天風呂は草木が生い茂る森の中に建てられており、そこから見える川は底が見える程、澄んだ川だった。さすがに露天風呂からは底まで見えないが、『大自然のパワーを感じることができる!!』というキャッチコピーがあるほど絶景なんだそうだ。
今回ここに来たマルクトもそれを楽しみにしていた。
しかし、この時期は暗くなるのが早いらしく、その川はまったく見えない。
だというのにマルクトに同行しているティガウロとユリウスは興奮していた。
それは何故かというと、世にも珍しいファイティングベアーという猛獣の求愛行動を見ることができたからだ。
このファイティングベアーはその名のとおり闘う熊だ。強き者と闘うことに心血を注ぐことを生業としており、そんなファイティングベアーの求愛行動といえば、当然一騎討ちの戦闘である。
雄が雌に挑み、見事勝つことができれば雌に認められ求愛成功というものだった。
しかし、基本的に雌の方が圧倒的に強くて大きいため、まぁだいたいの雄が負ける。
さて、何が珍しいのかというと今回その闘いで雄が勝ったのだ!!
圧倒的不利な状況からカウンターで雌を倒し、雄が勝利したため、更に四人を興奮させた。
月をバックにしたアッパーカットには「ウオオオオオオオ!!」と雄叫びをティガウロがあげたため女子風呂から苦情がきたほどだ。
ちなみに本来なら観戦なんて出来ない。なぜなら求愛行動の前には必ず索敵をする雄と戦うはめになるからだ。勝ってボコるか、負けてボコられるか、逃げるかで結局観られないのだ。
「やっぱり温泉は気持ちいいな~」
隣で温泉に肩まで浸かっているカトウがそう言ってきた。
「そうだな~」
それにマルクトも同意を示す。
「さっきのやばかったな~。途中で見せた雌のラリアットもやばかったけど、最後のアッパーカットがやっぱり一番だったな!!」
「そうだな~」
「まぁ、この旅館が猛獣に感知されないように結界張ってたからみれたんだよな。ここにして正解だったな~」
「そうだな~」
「……女子たちの裸みたいな~」
「そう……って何言わせてんだお前?」
「ちっ、あと少しだったのに」
というような謎のやり取りをする二人。
そもそも何故彼らが温泉に来ていたのかというと一時間くらい前にユリウスが言った言葉が原因だった。
そう、ユリウスは賭けに負けたのだ。
◆ ◆ ◆
~遡ること一時間前~
ユリウスとカトウによる賭けが成立した後の話だ。
(エリスのやつ、一年前に比べると攻撃力も精度も段違いに上がってやがる。避けずらいったらありゃしない)
そう考えている間も、ティガウロはエリスのパンチやキックといった攻撃を避けている。
せっかくのドレスだというのにそんなことはお構い無しに殴りかかってくるエリス。
「おいエリス、お前もうちょっとはじらいや謙虚さを持てよ。そんなんじゃいつまでたっても嫁の貰い手が現れないぞ~」
ティガウロは、どうせ聞く耳を持たないだろうと思いながらそう言ったのだが、その言葉は意外な効果をもたらした。
「えっ!?」
ティガウロがそう言った瞬間、エリスが攻撃を躊躇した。
そして無意識なのか意識してなのかわからないがエリスはマルクトの方をちらっと見た。
遠く離れていたマルクトにはティガウロの声が聞こえなかったらしく、エリスが何故こちらを見たのかわからない様子だったが、
(はっは~ん)
言った当の本人はエリスの行動に勝機を見つけることができた。
ティガウロは床を蹴り、エリスとの距離を詰める。虚を突かれたエリスは、何も出来ずに突っ立っており、ティガウロの接近を許してしまう。
しかし、ティガウロはエリスに暴力ははたらかない。ティガウロが暴力を振るえばその時点で彼は自分自身に敗北することになる。それだけは回避したいからこそ、ティガウロは手を出さない。
しかし、何もしない訳ではない。ティガウロはエリスのすぐ近くまで接近すると、エリスの耳元に囁いた。
「お前あの教師が好きなのか? ……なるほどね。だったらなおさらこれ以上醜態を晒すのはやめた方がいいんじゃないのか?」
そう言われたエリスは顔を真っ赤にしていた。その様子を見てティガウロは確信する。
「違うわよ!!」
そう言って腕を振り回し始めたエリス。そんな隙だらけの状態をティガウロは見逃さなかった。
ティガウロはエリスの方に手のひらを向けて詠唱を開始する。
「顕現せよ! 材質は藁、創造するものはエリスを拘束する丈夫な縄」
ルーンで造り出した縄が空中に出現する。
ティガウロが造り出した縄は勝手にエリスに巻きついていく。
エリスは振りほどこうとするが必死の抵抗もむなしく縄にぐるぐる巻きにされてしまうのであった。
こうして、ティガウロはエリスに初勝利した。
◆ ◆ ◆
~そして現在~
「本当によく勝てたな? そういえばあの時エリスになんて言ったんだ?」
体を洗っているティガウロの背に向けてマルクトがそう問いかける。
問われたティガウロは、
「あなただけには絶対言いませんよ。一応エリスも俺の口から言ってほしくはないだろうし」
そう言ってジト目を向けるティガウロ。
「そう言われると無性に気になるな~」
そんな言葉を呟いたマルクトの肩を隣にいるカトウがつついてきた。
マルクトがカトウの方に振り向くと、カトウにお湯をかけられた。
「何すんだよカトウ」
「いや~久しぶりに水合戦がしたいと思ってな~。ほら、マルクト対戦しようぜ!!」
そう言ったカトウは、手を使ってお湯をかけてくる。
そのお湯を再びもらったマルクトの顔には何故か笑顔が刻まれていた。
しかし、その笑顔が人に与える感情は恐怖しかないのではないかと思えるほど怖い。
その笑顔を見たカトウは、
(……やばい、やり過ぎた)
そう思った。しかし、もう遅い。
「俺相手に水合戦? いいぜやってやるよ。manipulate!!」
マルクトの手から出てきた光る糸は温泉に触れた。すると、お湯が触手のようにうねうねと動き始めた。
「くたばれ」
マルクトの指示に従いお湯の触手がカトウを叩き潰してお湯の中に沈めた。
その勢いで高くそびえる水柱が一瞬だけ出現した。
そして、カトウを叩き潰したことで満足したのか、お湯の触手は無くなってしまった。
「てめぇ!! やり過ぎだろうが!!」
触手に殴られたカトウは、すぐに起き上がってマルクトに文句を言い始めた。
「うるせぇ!! やられたら倍返しするに決まってるだろ。お前が水合戦したいっていうから付き合ってやったのに文句を言うとは何事だ!!」
「誰がお湯を操作していいなんて言ったよ? ああいうのは男に使うんじゃなくて女の子に使え!! 皆大好き触手プレイだ」
「何言ってんのか分からんが、あんなの普通の女子に使ったら頭かち割れるだろうが!! そこら辺考えてからそういうのは言いやがれ!!」
「誰がぶん殴れって言った!! 絡めて襲うに決まってんだろうが!!」
「……あの~カトウさん?」
「なんだ!!」
マルクトとカトウの口論にティガウロが口を挟んだ。
二人の友人であるユリウスでさえ口を挟むのは躊躇うのに、ティガウロはカトウに声をかけたのだ。
それには二人の口論を静観していたユリウスも驚きの表情を見せていた。
「……一応隣に女性陣が居るのわかってますよね? そんなこと言ったら不味いんじゃ……」
ティガウロの言葉にカトウは顔を真っ青にして硬直してしまった。




