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弟子は魔王  作者: 鉄火市
第3章 城内騒動編
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11話 終幕1


 俺とティガウロは、プランクの構成員を連れてクリンゴマから魔導王国マゼンタに戻ってきた。


 ここまでの距離を数回に分けて、空間転移したのでいくら魔法ランクが黒の俺でもさすがにヘトヘトだった。体を動かすのもしんどい。

 俺が休んでいる間にこの構成員たちをどうにかして欲しいとティガウロに頼むと嫌そうな顔でしょうがないですねと言って引き受けてくれた。


 ティガウロは、城の外で後片付けに勤しんでいた兵士を捕まえてプランクの構成員たちを無理矢理押し付けていた。

 兵士たちは自分にも仕事があるとか言っていたが、ティガウロがそいつらを脅し……優しく願い出た結果、快く協力してくれた。

 そして、構成員を預けた俺は別室で待つ皆のもとに戻ることにした。ティガウロはユリウスの元に報告をしに行くと言ってきたので、部屋まで案内してもらった後、部屋の扉の前で別れた。


 部屋の扉を開けて入るとカトウがロープで縛られ逆さまの状態で天井から吊るされていた。

(……まだやっていたのか)

 と呆れるマルクトの元に、先程までとは違うドレスを着たアリスが駆け寄ってきた。

「おかえりなさい。ご無事そうで何よりです」


 にこやかに笑う彼女に「ただいま」と返してから、再びカトウの方を見る。

 吊られているカトウの周りには、電撃鞭を構えるメルランと、周りに氷の礫を浮かべているエリスが殺気だった状態でカトウを睨んでいる。

 とても声をかけられる雰囲気ではなく、声をかければ怒りの火がこちらにも飛んでくるのではないかと感じられる程二人はカトウに対して怒っている様子だった。

 二人の今着ている服は、昼に着ていた衣服ではなく、高そうなドレスだった。

 おそらく、頼んだとおりにユリウスが手配してくれたのだろう。それだけに何故二人が怒っているのかがマルクトにはわからなかった。

 しかも、マルクトがプランク撲滅に向かうまでメルランを止めていた筈のエリスまで加わっていたのが、さらに謎を深めるばかりだ。


「……実はですね。使用人たちの話によると、エリスちゃんとメルラン先生が着ていた服にこびりついた気付け薬と呼ばれる物が、どうやらとれないらしいんですよ。それで、二人とも制服が使い物にならなくなったことに激怒したというわけです。学園の制服は高いですからね。……それでユリウスお兄様が殺さない範囲でなら、痛めつけても構わないと言われたものですから」


 状況を理解出来ていない俺に、アリスが苦笑いで状況を教えてくれた。

 なるほど、確かにカトウに怒りたくなる気持ちもわからないでもないな。


 魔導学園エスカトーレの制服と教職員の着る制服はただの制服ではない。かなり特殊な生地で作られており、魔法の暴発にも着ているだけでダメージをかなりおさえられる効果を持っている。そのうえ伸縮性も抜群なので結構動きやすい。

 とはいえそんな性能を持つ制服が安い筈もなく、当然それなりに値は張る。入学時には特別に割引されるが、買い換える際には全額支払うことになる。

 しかし、一番の問題は制服の値段ではなく、あの人物に会う必要があることだ。この制服事態は専門の服屋がどうにかしてくれるだろうが、制服に付与された効果はあの人物以外にはどうにも出来ない。

 先程言った二つ以外にもこの制服には防汚、防御、転移、通信といったような複数の効果が付与されている。これを付けられる人物があの人しかいないのだ。

 まぁ、それは今は置いておくとして、とりあえず二人の怒りを鎮めることに集中した方が良さそうだ。


「メルラン先生、エリス、そろそろカトウを許してやってくれないか? そいつには、聞かなきゃならないことがあるんだ、使い物にならなくなった制服は、ユリウスに新しく買ってもらうように頼んどくから、今回はそれくらいで勘弁してやってくれないか?」


 マルクトの言葉に、メルランとエリスは顔を見合わせ、

「……それなら、私は別にいいですよ」

 エリスは、恥ずかしそうにもじもじしながらそう言った。

 その姿を見て、メルランは強情になっている自分が恥ずかしくなってきた。


「私もカトウ先生が誠心誠意心を込めて謝ってくれたら、マルクト先生の考えに乗りましょう」


 メルランも、まだ少し怒りはあるようだったが、実際に助けてもらったのに、これ以上痛めつけるのもさすがにどうかと思ってはいたのでここはマルクトのいう通りにする事にした。

 しかし、怒りは残っているのでカトウに誠心誠意心のこもった謝罪をしてもらうことで許すことにしたのだった。


 マルクトは二人の意思を尊重してカトウの元に近寄り、彼を床に寝かせた後、回復魔法を使用した。


「……ありがとうマルクト。……これ以上されたら本当に死ぬところだったぜ」


「とりあえず二人に謝っておいた方がいいぞ。さもないと今度は俺もあれに参加するからな」


「いやいやいやいやいやいや。お前にまでやられたら本当に死ぬって!! ていうかなんでお前が参加しようとしてんだよ!!」


 そのカトウの言葉にマルクトは彼の胸ぐらを掴んだ。


「お前が死んだって聞いて俺がどれだけ心配したと思ってんだ!! お前、俺が死ぬなって命令出したにも関わらず死にやがっただろ!! 命令違反だ。帰ったらお前も猛特訓だからな! 覚えとけよ!!」


「え~勘弁してくれよ、もう死んだり、戦ったりで魔力空っ欠なんだよ!?」


「……そうか。じゃあ、少し歯を食いしばれ」

 そう言って、マルクトはカトウの頬を殴った。

 突然のことに動揺しているカトウに向けて手を差し伸べた。

 カトウも不満そうにしていたがその手を掴む。


「今回、俺を心配させた件はこれで勘弁してやる」

 そう言いながらマルクトはカトウの手を引き寄せた。

 そりゃどうもと言いながら立ち上がったカトウに今度はハグをする。

 そして、カトウの背中の肩あたりを軽く叩きながら、

「本当に生きててくれて良かった。本当に、本当に良かった」

 と言って、カトウの無事を心の底から喜んでいた。

 マルクトの頬をつたう涙が、カトウの普段通りの仮面を外させる。

 意味もわからず、されるがままになっていたカトウ。マルクトの涙が自分を本当に心配してくれていたものだと分かり、涙腺が崩壊する。


「……怖かったんだ。何もない空間で、誰もいなくて。そんな場所に閉じ込められたんだ。声は出ないし、全てがどうでもよくなっていくような感覚が俺の心を支配していくようになって、今まで起きたことが走馬灯のように目の前を過っていくんだ。それでも忘れたくなかったんだ。絶対に忘れたくない皆が俺を待っていてくれると信じていたんだ。それでも、心を支配していく何かは止まらなくて。そんな時にミチルとマルクトの顔が浮かんで、心の底から死にたくないって思えたんだ。あの時二人の顔が浮かんでこなかったら俺はそのまま死んでいたかもしれない。もう皆と遊んだり、こうやって馬鹿やったり出来なくなっちまうんだって!! ずっと怖かったんだ。生き返った俺をあの空間がまた引きずり込むんじゃないかって今も怖い」


 泣き崩れてしまったカトウ。その姿を嘲笑う者などこの場には誰一人としていない。彼の言っていることは本来であれば信じられないような話だった。しかし、カトウの今の姿を見れば本当にあったことなんだと信じてしまう。

 さっきまで怒りを感じていた二人でさえも、その姿には自分たちの身勝手さを反省してしまう。


 ◆ ◆ ◆


 死ぬということをその身で味わったカトウ。皆の前だからこそ普段通りに振る舞ってはいたものの、心の内では恐怖にうちのめされていたのだろう。それは、彼の言葉を聞いていれば自ずとわかる。

 カトウの身に宿ったルーンがなければ彼はこの場でこうやってバカ騒ぎをすることは許されなかっただろう。少なくとも、そんな雰囲気になれる筈がない。

 そしてカトウは、生き返った直後にも関わらずプランクの幹部の一人ゲラードとも戦闘を行っていた。見えない相手から一方的にダメージを受ける。それは普通ならば絶望に結びついてもおかしくはないような状況。カトウは殺された者たちのためにも、後ろで見守る俺たちのためにも、一歩も退かなかった。

 そして遂にカトウは、機転をきかせてあの絶望的な状況を打破し、ゲラードを打ち倒したのだろう。

 初めて扱うルーンがどれ程精神を磨り減らすほどの集中力が必要なのか、同じようにルーンを持つマルクトにはわかる。


 そんな彼が精神的に参っていたとして何がおかしいというのだろうか?

 少なくとも俺は、カトウのそういう人間味溢れるところが好印象を持てると思う。だから彼に死んでほしくはないし、無理をしてほしくない。それは彼だけに限った話ではない。友人や俺の生徒たちも含めた全員だ。

 だから俺は、今後シズカと同じような結果を招かないように出来るだけのことはしようと誓う。

 それが今後の課題であり、絶対に守るべき誓いだ。


 結局カトウはマルクトに支えられながら数分間泣き続けていた。

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