10話 反撃6
ティガウロと別れたマルクトは通路を駆けていた。
道中は、待ち伏せしている敵はいなかった。おそらく先程の部屋に集中していたのだろう。一人ずつでくるよりも多人数の方が勝つ確率も上がると考えての行動だと思われた。
それだけに、あの数百はいるであろう敵の中にたった一人で置いてきたティガウロのことが心配ではあった。
ティガウロの実力は未知数だ。体の動かし方や走り方等から、おそらく武道の類いをマスターしているのは、同じく武道を習得しているマルクトにはわかっていた。しかし、タイマンならまだしも、あの人数差だ。圧倒的不利なのは変わらない。だが、仮にもあのユリウスが派遣した人材だ。そこいらの魔法使いとは一線を画する実力なのは間違いない。
(今は彼を信じて前を進むしかないな)
◆ ◆ ◆
ティガウロと別れて三分がたった時、プランクのボスを探すために廊下を駆けていたマルクトが急に足を止めた。
足を止めたマルクトの視線の先には一つの部屋があった。
ここに来るまでにもいくつか部屋はあったのだが、その異様な雰囲気を醸し出す部屋がマルクトには気になった。
マルクトはその部屋の扉に近付きノックした。
すると中から低い声で、
「入りたまえ」
という反応が返ってきた。
マルクトは、一応罠を警戒しながら慎重に扉を開けた。
「やあ、よくいらしてくれたね」
部屋の中にいた人物が椅子に座りながら、机越しに声をかけてきた。
その人物は細く鋭い藍色の目の白人男性で紫色の髪をオールバックにした四十くらいの男性だった。胡散臭い顔つきで初対面だったら間違いなく信用出来そうにない。特にそのにやけ面が際立たせている。
マルクトは男から目を離さずに後ろ手で扉を締めた。そして、その男性に念のために聞くことにした。
「……あんたがロキだな?」
「ふむ、さすがだな。いかにも私がこのプランクという組織においてロキの名でボスをやっているシーガル・マルキュディスである。それで魔導王国マゼンタのマルクト殿が私に何の用かな?」
男は椅子から立ち上がって自らをシーガル・マルキュディスと名乗った。
そして、シーガルと名乗った男はフードで顔を隠しているにも関わらず、マルクトの正体を言い当てた。
「ふっ、ばれていたのか」
マルクトはそう言いながら顔を隠していたフードをとって素顔をさらした。
「まぁ、あれほどの騒ぎを街中で起こせば、嫌でも目立ちますよ。いや~あの騒ぎは実に愉快でした。この報告を聞いたときは久しぶりに大声で笑ってしまいました。何せ、私を殺しにきた男が初っぱなから躓いているのですから」
シーガルは冗談を言ったように笑うが、マルクトとしてはまったく笑えなかった。
マルクトにとって自分の失態ほど聞いていてつまらないものはない。
何故こんな奴にまで笑われなくちゃならないんだろうか? さっさと捕まえて帰ろう。そう考えて、ルーンを使おうとしたのだが、
「まぁまぁ、そう怒らないでくれ。私としてはもはやこんな組織などどうでも良いのだ」
「……どういうことだ?」
その言葉を聞いたマルクトは驚きが顔に出てしまう。それもそのはず、この男はプランクという組織のボスであるにも関わらず、自分の組織がどうでもいいと言ってきたのだ。
マルクトの問いかけにシーガルは、目をつぶり、語り始めた。
「そもそもプランクとは実行部隊フェンリルの隊長であり、アリサの父親でもあるバルトのために組織されたのだ」
◆ ◆ ◆
奥さんの墓の前でたそがれるバルトの姿にシーガルは言葉をかけられなかった。
白き英雄とまで呼ばれたバルトだったが、今の彼にもはやその面影はなかった。
幼い彼の娘はシーガルの足に抱きついて顔を埋めてすすり泣いていた。
バルトの戦友で、過去に戦地で窮地から救われたことのあるシーガルにとって、そんな二人の姿を見るのがただただ辛かった。
バルトは親子三人でマゼンタまで旅行に行った際、彼の奥さんがパシメルン病にかかってしまったのだ。
当時、治療法がなかったパシメルン病に彼女は体を蝕まれ、苦しみながら死んでしまった。
それからのバルトは酒に溺れ、生きる希望まで失いかけていた。
そんな彼に、シーガルは病気を生み出したあの国への復讐をもちかけた。
バルトの奥さんであった彼女はシーガルにとっても大切な姉だったのだ。
そのため、シーガルだって内心では怒りを抱えていた。
マゼンタの貴族への復讐を掲げ、バルトと共にプランクという組織を作り上げた。
バルトも新しい目的が生まれ、少しずつ昔の彼へと戻っていく。
そして、七年前にゲラードという男を入れてから、組織が変わっていった。
ゲラードは、魔法使いを敵対視することによって、非魔法使いの心を掴み組織を肥大化していった。
◆ ◆ ◆
「しかし、先日のマゼンタへの侵攻の足掛かりにしようとした先日の作戦でバルトとアリサが死んだという報せを受けたのだ!! 私は二人を殺したかった訳ではないのだ。……ただ二人に前向きに生きて欲しかっただけなのだ!!」
シーガルは、怒号と共に机を叩く。その手には拳を握りしめる際に流れた血が滴っていた。
「……それで、彼らの死ぬきっかけになった俺を憎んでいるわけか」
その言葉を聞いたシーガルは、マルクトの方を向いて首を横にふった。
「いえ、私はあなたに何の恨みもありません。むしろあなたには感謝しているんです」
てっきり恨み言を言われるのではないかと思っていたマルクトにとってその言葉は予想外のものであった。
何かを言おうとしたマルクトを遮って、シーガルは更に続けた。
「あなたは、あの病を治す方法を作り出した方ですからね。姉のような被害者がこれから先いなくなるために尽力してくれたのですから、私は本当に感謝しているんですよ。それに、バルトの最期の相手があなただったことは彼にとって幸運だったことでしょう。しかし、私も人間です。頭ではあなたがどんなに正しいと理解していても、感情がそれを理解しようとしないんですよ」
シーガルは腰に携えていたシャムシールを抜き放ちマルクトに向けて構えた。
「私の最期の頼みだ。本気で私と戦ってくれ!!」




