10話 反撃1
香ばしい匂いを漂わせて倒れているカトウを横目に俺はユリウスから話を聞くことにした。
ユリウスはメルランに絡まれないように端の方に移動していたらしく、側にはゲラードという敵の幹部がぐったりとししており、何があったのかマルクトは非常に気になった。
「おうマルクト、戻ってきてたのか。ベルって子は無事だったのか?」
その問いかけに、さっきのあの場面を見たマルクトとしては、なんとも無事とは言いにくかった。確かにベルは無事だった。
ちなみにそのベルは、メグミのところに行っている。
「まぁ、……無事だったよ。……ベルは」
その煮え切らない返事に疑問を覚えたが、とりあえずユリウスは、ゲラードを尋問して得た情報をマルクトに伝える。
「こいつらの組織の本拠地とボスの名前がわかった。シーガルっていう性別不明の人間らしい」
そのユリウスの曖昧な言葉に、今度はマルクトが疑問を抱いた。
ユリウスはその力で敵が知らない情報以外は何でもわかる。
それはつまり、幹部でさえも性別がよくわかっていないということなのだろう。
「性別不明ってことはそいつも知らなかったっていうことだよな? プランクのボスは性別すら味方に教えていなかったのか?」
「ある意味そうだ。しかし、どうやら本人と会っていなかったわけではないらしい」
その言葉が更にマルクトに疑問符を与えた。
「それだけじゃ意味がよくわからないな。いったいどういうことだ?」
「ああ、そうだな。どうやらプランクのボスは他のメンバーからロキと呼ばれているらしいんだが、その姿を見せたことがあるのは三人の幹部のみだそうだ。ゲラードという幹部以外のそこに転がっているやつらも姿を見たことがないようだ。だから、ゲラードから重点的に聞いたんだが、そのロキと呼ばれるボスはしょっちゅう容姿を変えていたらしい」
「信じ難い話だが、ユリウスが言うなら間違いないんだろうな。しかし、そんなことして、ボスだと解るのか? ……いや、何かそいつがボスだと解る特徴があるのか」
「そうだ。ロキはどうやら特殊な靴を履いているらしい」
「靴? そんなもの似たようなものを使われたら終わりだろ?」
「いや、どうやらその靴を使えば飛ぶことができるらしい。にわかには信じ難いことだが、毎回、自分がロキであることは飛んでみせることで証明するらしい」
ふむ、用心深いってことなのか? 空を飛ぶ靴なんて聞いたことないし、空を飛ぶ魔法なんてものは俺でも知らない。
ていうかボスの情報をここまで詳しく話すってことは……
「……俺がロキという名のボスとプランクっていう組織を潰してくればいいんだな?」
マルクトの言葉にユリウスは申し訳なさそうに言った。
「……すまないな。俺は今回の後始末でここを離れる訳にはいかない。カトウは見たとおりあそこで伸びているから、使い物にならない」
そう言って、ユリウスはカトウの方を指さした。
カトウは未だに伸びており、それをベルが自分のステッキでちょんちょんとつついていた。
ちなみにその後ろの方では、涙目のエリスが必死にメルランをなだめていた。
「ちょっと、エリス!! 離しなさい!! あいつをやれないじゃない!!」
「ちょっとメルラン先生!! これ以上は本当にヤバいって! カトウ先生死んじゃうって!! うぅ……ぜんぜいぐじゃい」
「ちょっとエリス!! それじゃまるで私がくさいみたいに聴こえるじゃない!! ちゃんとこの服に染み付いた匂いがくさいって言いなさいよ!!」
「メルラン先生落ち着いてください。一応、カトウ先生は私たちを助けてくれたんですから、今回くらいは多目にみませんか?」
「…………ちょっとエリナ。そういうのは鼻と口を覆ってそんな遠くから言うことじゃないわよ。エリスと同じくらい積極的になって言うべきじゃないの?」
「……すいません、ちょっと無理です」
エリナはメルランが言ったその言葉に、メルランから目を反らしながら申し訳なさそうに言った。
その言葉で火に油を注いだようにメルランの怒りが大きくなる。
「この馬鹿エリナーーーー!!」
「だって~~」
そんなやり取りを見ていたユリウスとマルクトは、同時にため息をついた。
「……なんか着替えとかないのか?」
「……手配しよう」
その後、ユリウスの呼んだメイドたちによってメルランとエリスは連行されていった。
それを見送ったマルクトはふと例のベルの横で倒れていた男のことを思い出した。
「おーいベル、ちょっと来てくれ」
マルクトがベルを呼ぶとベルは倒れたカトウをちょんちょんとつつくのをやめて駆け足でこっちに来た。
「なに~?」
「ベルの近くで倒れていた男がいたよな?」
「うん」
「あれなんで倒れてたんだ?」
「ベルが倒した~」
「そうか……どうして?」
「あのざいむかんのおじさんね、悪い人だったんだよ。私のことを殺そうとしてたもん。だからね、私がやっつけたの」
「……それは本当か?」
横で俺たちの会話を黙って聞いていたユリウスが割り込んできた。
自分の配下が客人を殺そうとしたんだ。
さすがに放ってはおけないのだろう。
ベルはユリウスの確認の言葉に
「本当だもん! お兄ちゃんに人を自分から攻撃するなって言われてるから、私は攻撃されないと攻撃しないもん」
と口を尖らせながら言った。
「確かにベルが自分から襲うとは考えにくいな。おそらく、敵を引き入れた裏切り者は財務官のやつだったんだろ」
「くそっ、ゲスタスが裏切り者だったのか。確かにあいつは他国に侵略しろとよく言ってきたからな。この国をのっとろうと考えてもおかしくはないか」
「おし、よくやったなベル」
マルクトがそう褒めるとベルはえへへと笑みを綻ばせる。
「ただ、やりすぎだ。あれがどれだけ危険な魔法か教えたよな? あれは本当に危険なんだ。これからはあの魔法はできるだけ使うな。友達なんかには絶対使うんじゃないぞ。解ったか?」
「……はい」
そう言ってベルはとぼとぼと戻っていき、カトウをちょんちょんとつつく作業を再開した。
しかし、何か不満があるらしくベルは頬を膨らませていた。
そして、つつく威力が次第に上がっていき、グサグサと刺していた。刺されているカトウもさすがに呻いていた。
「ちょっ、痛い、痛いから!! なんでつつくの!? ……ねぇ無言でつつくのやめてくれる? 痛いって、本当に痛いって!!」
カトウは全身が痺れて動けず、ベルに顔だけで訴えるが、ベルは無言で突き続けていた。
そんな二人を一瞥してマルクトはユリウスの方にむきなおる。
「やり過ぎな部分もあるが、今回は俺が組織潰してくるから多目に見てくれないか?」
「気にしなくていい。命懸けの戦いで起きた状況だ。今回に関しては彼女はなにも悪くない。むしろ、配下の裏切りに気付けず、自国の民を危険に晒してしまった俺の落ち度だ」
「そう言ってもらえるとありがたい。とりあえずぱぱっと終わらせてくるよ」
「ああ、それから場所はここだ。一応、お前が来る前に応援を一人用意しておいた。使えるやつだから期待していいぞ。現地に潜入させていたから情報も彼に聞くといい」
「まじか、正直ルーン連発しすぎて結構きつかったから助かるよ。じゃあ行ってくる」
「それと、……行きやがった。俺、あいつに座標しか教えてないぞ。大丈夫かな? あいつ、人前だと普通だが、一人になると何か絶対やらかすからな」
転移魔法によって、その場から消えたマルクトが、現地で何かやらかさないかユリウスはものすごく不安になったが、考えても仕方ないので、城内騒動の後始末に向かった。




