9話 他国からの侵入者14
ゲラードの体に異変が起きて、彼が床に膝をついたと同時に白い煙がなくなった。
白い煙が消えた時、その場に立つ黒髪の男の姿にゲラードは驚愕した。
その男の体はナイフで傷だらけにした筈なのに、今では一切の傷が見当たらなかったのだ。
男が着用している衣服はナイフのせいでぼろぼろになっており、その引き締まった上半身が露になっている。
そのため、男の体には傷がついていないのが見てとれたのだ。
「お、本当に効くんだな。この能力強すぎじゃね? やっぱり転生者ってチート能力とセットになること多いんかね?」
そんな訳の解らないことを言いながら、カトウは体の調子を確かめ、なんともないことがわかるとゲラードに近付いてきた。
そしてカトウは、動けず地に伏してしまったゲラードを見下ろしながら言った。
「なんで動けないんだと思う? あれ? 口も動かせない感じなのかい? しょうがないな~」
カトウの言ったとおり、体は自分の意思では指一本動かせない。逃げだしたい。この場から逃げないと殺される。そんな考えがゲラードの頭を過る。しかし、足は動かせない。ルーンを使おうと思うが、何故か強烈な吐き気に襲われ思考が纏まらず使用できない。
恐怖の表情を見せるゲラードに少し考える素振りを見せるカトウ。
「……まぁいいか。ネタばらしするとさ、あの煙には三つの意図があったんだよ。一つ目は、お前も気付いたと思うけど目眩ましだよ。二つ目が、お前の姿がわかればいいかなっていう目的かな。ぶっちゃけると、これは副産物的な感じだけどね……そして三つ目、これが真の意図……見えないお前への攻撃だよ」
◆ ◆ ◆
カトウが先程開花させたルーンは、《ルーン・薬才》という能力である。
これは、カトウの仲間を救いたいという思いと死にたくないという二つの強い思いが反映された能力で、簡単に言えば薬を作りだす能力である。
彼の体に受けたあらゆるものに対しての対抗する薬をそれに応じた魔力を代償に作りだすことが可能であり、先程『死』を経験したカトウは蘇生薬を作ることが可能になった。
それをルーンで作りだし生き返ったのだった。
知識として知っている毒薬や良薬も作ることが可能であり、幼少期から薬剤師の両親から知識を受け継いできたカトウにとってその能力は、まさに鬼に金棒というほか無いだろう。
白い煙のように見えていた先程のものは、カトウがルーンで作り出した毒である。
いくら透明になったとはいえ、ゲラードだって人間なのだから呼吸はする。ゲラードが呼吸をした際に煙に見せかけた毒を大量に摂取したため、ゲラードの体調は異常をきたしたのだった。これがゲラードを襲ったものの正体であった。
◆ ◆ ◆
得意気になって説明するカトウの横にユリウスがやってきた。
「素晴らしい能力だなカトウ。正直味方の俺が鳥肌たつレベルの強さだったよ」
「…………それ褒めてんのかよ? ところでマルクトのやつはどこ行った? 俺の勇姿の感想を聞きたいんだが……」
そう言いながらもカトウは周りをキョロキョロと見回す。しかし、探している人物が何故か見つからなかった。
首を傾げているカトウに、ユリウスは言い出しずらそうにしながらも口を開いた。
「……あいつなら、お前が煙に包まれる前にベルって子を探しに行ったぞ」
その言葉を聞いて唖然としたカトウは、言葉をうまく理解できなかった。
「……え? 今なんて言った?」
「あいつなら、お前が煙に包まれる前に……」
「何でだよ!!」
ユリウスが最後まで言い切る前に、カトウが怒鳴った。
「あいつは俺のことなんてどうでもいいのか? こうなったらあいつに目にものを見せてくれるわ!!」
「はいはい、そういうのは後で二人になった時にゆっくり語りあってろ。俺はお前に怯えるこのじいさんから話聞いてくるから」
「……マルクト…………覚悟してろよ。ふっふっふっふっふ……」
怪しい含み笑いをするカトウを横目にユリウスは、ゲラードへの尋問を始めた。
◆ ◆ ◆
気持ちよさそうにすやすやと壁に背を預けて眠る少女。
これだけ聞くと微笑ましい光景ではあるが、その近くにこの国で財務官を務めている男が気絶しているせいで台無しになっていた。
マルクトは、その気絶している男を一瞥して、ベルを起こしにかかる。
「……ベル、起きろ~。帰るぞ~」
マルクトに肩を揺さぶられて、ベルはようやく目を覚ました。
彼女は右手で目を擦りながら、左手で伸びをしていた。
「……おはようせんせ~」
「……何寝ぼけてんだよ。まだ夕方にもなってないぞ。とりあえずおぶってやるから一緒に皆のところに戻るぞ」
「……うん」
ベルはうんと頷いてから、マルクトの元まで歩いていった。
マルクトは、ベルをおぶってユリウスたちの元に歩いて戻る。
ベルはマルクトの背中でうつらうつらとしており、ついには睡魔に負け、彼の背中で健やかな寝息をたて始めたのであった。
◆ ◆ ◆
ベルを連れて戻ってきたマルクトは、扉を開け部屋の中に入った。
しかし、直後に部屋中に轟く大絶叫に顔をしかめた。
背中で眠っていたベルもその声に驚いたのか、勢いよく起きた彼女は「びっくりした~」と呟いていた。
「ごめん! ごめんって!! ちょっ待って、さすがにこれ以上は無理だって!」
「問答無用です!!」
「ギャアアア!!」
何故か目の前で先程まで敵の幹部と戦ってぼろぼろだったカトウが、メルランから電撃を纏った鞭でうたれていた。
近くで苦笑いで二人の様子を見ていたアリスを見つけ、マルクトはベルを背負いながら彼女の元に行き、何があったのかを聞いた。
◆ ◆ ◆
~数分前~
「……まったく起きないな」
「大丈夫なのでしょうか? 一応息はあるみたいですが……まったく起きませんよ?」
先程戦っていたゲラードが檻に閉じ込めたメルラン、エリス、エリナ、メグミの四人は、さっきから揺さぶったり、声をかけたりしてもまったく起きる気配がなかった。
「どうやったら起きるのでしょうか?」
さっきからアリスはカトウに不安そうな顔を向けていた。
かといってカトウにも何か策がある訳ではない。
そんな時、昔の映画で確かこういう時は気付け薬を使えば一発だと聞いたことがあった。
さっそくカトウは新しく得たルーンの力で昔両親から教えてもらった知識を頼りに、気付け薬を作ることにした。
カトウはとりあえず気付け薬が出来ないか試してみたところ、案外あっさりと出来た。
しかし、カトウはその臭いに顔をしかめた。
「!!? ……何ですか、それ?」
アリスがカトウから離れるように後退りしてから聞いてくる。
「……気付け薬っていうらしいんだけど使い方知ってる?」
カトウが気付け薬をよく見せるために近付けようとしたら、アリスは更に数歩後退り、首を横にふる。
カトウも気付け薬という劇薬が臭いのは知っていたが、これをどう使うかというところまではさすがに覚えていなかった。
とりあえず、首をひねったカトウは、
「……まいっか。とりあえずかけとけ」
そう言ってメルランに気付け薬をかけたのだった。
※ちなみに気付け薬の正確な使用方法は鼻腔に近付けるだけでいい。間違った使用方法なので良い子は真似しないように。
そんなことをまったく知らなかったカトウの行動によって、四人は目を覚ました。
しかし、そんなくさい薬をかけといて結果オーライといく筈がなく、カトウはその匂いの原因を聞いてぶちぎれたメルランに電撃鞭で容赦なく打たれているのであった。




