9話 他国からの侵入者13
ユリウスたちから少し離れた場所に移動し、カトウはゲラードという白い髭をはやした白髪の老人と対峙する。
「しかし、解せませんね。あなたはヴェルニーチェ君に殺されたと聞いていたのですが……一応伺いますが、貴方がヴェルニーチェ君の言っていたカトウ君ですよね?」
カトウと対峙しているゲラードがカトウに語りかけてきた。
確かにカトウはヴェルニーチェと戦い、敗北を喫した。その際カトウは、深手を負って死の淵をさまよっていた。それなのに、カトウは現在こうして、目の前で立っている。
ゲラードが気になったのも頷ける話だ。
「チッ……ああ、そうだよ。俺が、ヴェルニーチェに負けたカトウだよ。だが、殺されたとは限らないだろ? 現にこうして生きている訳だし」
カトウは負けて殺されたと言われたのが癪にさわったようで舌打ちをしてからその質問に対して嫌そうな顔で答えた。
そのカトウの対応を見て、どうやら本当にヴェルニーチェの言っていたカトウで間違いなさそうだとゲラードは確信した。
(ふむ……確かにそうですね。たまたま通りがかった衛生兵とかに治療してもらったということもあります……が、先程のあれは回復魔法でしょうか? ……ふむ、私は魔法に関してはあまり詳しくないですからね。半端な攻撃では、回復されて終わりでしょうから、ここは本気でお相手するとしましょう)
一時の沈黙の後、カトウの目の前にいるゲラードがニヤリと不敵な笑みを見せた。
それを見て警戒を強めるカトウだったが、次の瞬間、ゲラードの姿が消えてしまった。
その現象がカトウを一瞬驚かせた。
しかし、驚いたのは一瞬だけで、すぐに来るであろう攻撃を警戒する。
そして、謎の風切り音が、カトウに何かが近付いてきていることを教えた。
その音を頼りにカトウは飛んできた何かをなんとか避けた。
後ろの壁に何かが刺さった音がして、カトウは、それがおそらく透明なナイフだと予想した。
その奇怪な現象からカトウは彼のルーンが透明になる能力であることを確信した。
「なかなかやりますね。……やはり、目だけでは駄目みたいですね。では、始めましょう!! ブラックアウト!!」
その言葉が聞こえ、指を鳴らした音が辺りに響いた。
何をされるのかわからないカトウの警戒度が引き上がる
カトウは少しの音すら聞き逃さないように全神経を集中させる。
だが、
「なっ!?」
カトウの腹部にナイフが突き刺さった感覚があった。
いや、刺された痛みはある。
しかし、まるでそこにナイフがないかのように感触がない。
(……どういうことだ?)
カトウの脳内に生まれた疑問、何故先程とは違って、音すらしなかったのだろうか?
それはゲラードのルーンが透明になるだけではなかったからだった。
◆ ◆ ◆
ゲラードのルーンの名は、カトウやユリウスが予想した通り《ルーン・透明》ではあった。
しかし、その能力はルーンなだけあって、二人の想像を軽く凌駕していた。
ゲラードの《ルーン・透明》は、相手の五感という機能を惑わす能力である。
相手の視覚を惑わすことで、その姿は見えなくなる。
相手の聴覚を惑わすことで、それの発する音は聞こえなくなる。
相手の嗅覚を惑わすことで、それから匂いがしなくなる。
相手の触覚を惑わすことで、それに触れることすら叶わなくなる。
相手の味覚を惑わすことで、それから味がしなくなる。
これが彼のルーンである。
しかし、多くの人を対象に同時に行ったり、五感全てを感じさせなくするには、それなりの魔力を消費するのだ。
それら全ての五感を惑わす技をゲラードはブラックアウトと呼んでいる。
ゲラードは魔力の消費が激しいブラックアウトを長時間発動させることはできない。
ただ、ゲラードとヴェルニーチェの二人はルーンが開花したことによって、元は白だったにもかかわらず、魔力量が青と変わらない程には増えていた。とはいえ、属性が無いため魔法は無属性以外使えないのは変わらない。
◆ ◆ ◆
ブラックアウトの効果で実際カトウ達には聞こえてはいないが、ゲラードは今、見えないナイフに踊らされているカトウを見て、高笑いをしていた。
「フハハハハハハハ!! 踊れ、踊れ~!! どこから来るかわからない攻撃を避ける姿はいつ見ても滑稽ですね~。さ~もっと私を楽しませなさい!!」
しかし、そんな高笑いをしているゲラードの目の前でカトウの周りに白い煙が漂い始めた。
そして、その白い煙はカトウの姿を覆い隠してしまい、カトウがどこにいるかもわからない状態になってしまった。
(チッ、目眩ましですか。こざかしい。こんな状態ではさすがに、ナイフを投げても当たりませんね。しかし、何の問題もない。奴の背後にまわり、直に手を下せばいいだけの話ですからね)
そう考えたゲラードはカトウの背後にまわり、カトウを殺すためにナイフを振り下ろす。
しかし、その見えない筈の攻撃をカトウは避けた。
(なに?)
ゲラードにはよく解らなかったがまぐれだと考え、その後も攻撃を仕掛けるがそのことごとくをまるで見えているかのように、カトウは避け始めた。
「未だに近接攻撃を仕掛けているところを見ると、まだ仕掛けがよく解ってないんだろう? あの狂人もわざわざ自分の能力をご丁寧に教えてくれたからな……せっかくだから教えてやるよ。確かに俺にはお前の姿は見えていない……が、この煙がお前の居場所をくっきりと教えてくれるからじじいの攻撃なんて余裕のよっちゃんで避けれるんだよ!」
その言葉にはっとなり、ゲラードはすぐにその場から離脱した。
まさか、自分の姿が見えているとは思っていなかった。
しかし、要は煙の中に入りさえしなければいいのだ。
それなら、またナイフを投げればいいだけの話だ。
そうゲラードが結論を出した時、彼の体に異変が起きた。
強烈な体の痛みに、吐き気やめまいまでしてきた。
ゲラードは、それらに耐えられなくなり、ブラックアウトは強制的に解除された。