9話 他国からの侵入者10
アリスの方に放られたナイフは直線を描くようにまっすぐ飛んでいく。
それを見たユリウスが魔法でナイフを撃ち落とそうとした時だった。
ゲラードの放ったナイフが突如消えた。
「フハハハハハ!! ルーンを使えるのがヴェルニーチェだけとは誰も言っていませんよ!!」
アリスは見えないナイフが迫りくる恐怖に目を瞑り悲鳴をあげるが、ナイフに慈悲なんてものはなく、悲鳴をあげる少女に向けて容赦なく飛んでいくのみ。
だが、ナイフはアリスに当たらなかった。
少女が目を開けると、何もなかったはずのその場所に、誰にも見えなかったナイフが一人の青年と共に現れた。
「マルクト先生!?」
「遅くなって悪かったな。もう大丈夫だ」
そう言って優しい微笑みをアリスに向けた青年の名はマルクト、アリスの兄の旧友であり、彼女にとっての憧れの人物であった。
◆ ◆ ◆
マルクトは、アリスの捕まっている檻の鉄格子を掴んで「コンバージェンス」と呟いた。すると、彼の腕に光の粒子が凝縮されていき、そして、掴んだ鉄格子を軽々とひん曲げた。
マルクトは鉄格子をひん曲げて人が出入りできるスペースを作ってから、中にいたアリスに尋ねた。
「どうだ? 立てそうか?」
その言葉にアリスは自分の状態を確認した。未だに、嗅がされた薬品のせいで目眩がしており、上手く立てそうにない。
「すいません。まだ薬品のせいで、上手く立てそうにないようです。私のことは放っておいて、皆さんのことを助けてあげてください」
アリスは他の四人の入っている檻を指さして彼女達を助けて欲しいと言った。
しかし、マルクトの目を見た時に、彼の目にものすごい怒りを感じて、少し萎縮した。
「……そうか」
マルクトは短くそう答えると、中にいたアリスを引っ張りだし軽々と抱き上げた。
「!? えっ、何で?」
アリスは、まさか自分を抱き上げてくるとは思っていなかったため、マルクトが行った突然の行動に混乱していた。
「俺にお前を見捨てるなんて選択肢はない。俺は例えお前達が敵になったとしても、どんなに絶望的な状況になったとしても絶対に見捨てない。それが俺の教師としての信念だ。お前はただそこでじっと守られてればいいんだよ」
アリスはその言葉が嬉しかった。自分のことを姫としてではなく、一人の生徒として見ているというその言葉が嬉しかったのだが、それと同時に自分のことを一人の生徒としてしか視てもらえていなかったのが少し悲しかった。
「……えっと、それは解ったんですけど、先生この抱え方は恥ずかしいのですが。もう少しどうにかなりませんか?」
ちなみにマルクトはアリスを横にして抱き上げていた。
アリスは自分の今の状態が恥ずかしいのか顔が真っ赤になっており、どうにかしてもらえないかと尋ねた。
「これが一番動きやすいんだよ。暴れたら落とすからな」
マルクトは恥ずかしがるアリスに笑いかけ、そんな冗談を言った。
そして、ユリウスの方を向いて叫んだ。
「おい、ユリウス!! 最初に言った通り、アリスたちは俺が守ってやるから、お前は暴れることだけ考えてろ。それから、カトウがそう簡単に死ぬ訳ねぇだろうが! 敵の言葉に騙されてんじゃねぇ!! お前が信じてやらないでどうする!」
マルクトが大声でそう言ったのを聞き、ユリウスは安堵すると同時に、アリスを横にして抱き上げているマルクトに対してむかついた。心のなかではマルクトへの呪詛を言いたかったが、その気持ちを必死に押さえていた。
(ふっ……相変わらず勝手なことばかり言ってくれるな……)
ユリウスはその表情に少しばかりの笑みを浮かべると、床に落としていた剣を拾った。その時たった。
「まったくだ。俺がそう簡単に死ぬ訳ないだろ」
マルクトの言葉に続くように言われたその言葉は部屋の外から放たれたものだった。
その声が部屋に響きわたった後、扉が開かれ血まみれの人物が部屋に入ってきた。
「……生きていたのか、カトウ」
その姿を見てユリウスが皮肉げに言った。しかし、彼の顔には安堵の笑みが浮かんでいた。
「まあな、神様ってやつがお前こっちくんなとか言って死なせてくれなかったわ」
カトウは笑いながら、ユリウスのほうに近づいていく。
血まみれのその異様な姿に『プランク』のメンバーも後ずさる。
「お前みたいなうるさいやつは神様も願い下げなんだろ」
ユリウスの言葉にカトウがひでぇと笑いながら言っていると、
「そんなことはどうでもいい!! なんでてめぇが生きてやがる。てめぇは確実に俺の手で殺したはずだぞ!!」
その言葉を放ったヴェルニーチェをカトウは一瞥すると、すぐにユリウスに向きなおる。
「ん? ユリウスお前、左腕痛そうだな。ちょっと待ってろ」
カトウは待ってろと言った後、目を閉じて呟いた。
『蘇生薬作成』
カトウがユリウスたちにはわからない言語でそう呟いたあと、カトウの右手の中に何かが凝縮するように集まっていき、丸い何かができた。
「……ほらこれを怪我した腕にかけろ」
ユリウスはよく解らないまま、カトウが作った何かを、怪我した左肩にかけた。
するとユリウスの体が急に光を纏い輝きだした。それは目を覆いたくなる程の光で、近くにいたカトウ以外の全員がその光から目をそらした。
そして、光が消えた時、ユリウスには左腕が生えていた。
その冗談みたいな光景にその場の全員が唖然としていた。
斬り落とされていた腕はもはやその場にはなく、ユリウスの体は完全に元に戻っていた。
ユリウス自身も何が何だか分からない様子でカトウの方を驚いた様子で見ていた。
腕の調子もいつもと変わらない。違和感が無いことが逆に恐ろしかった。
しかし、すぐに首を振っていつもの調子を取り戻す。
「……カトウお前、ルーンが使えたのか?」
ユリウスは小声でカトウに耳打ちした。いくら驚いていても敵に情報を与えるなんて馬鹿なことをユリウスはしなかった。
「まあな、今さっき能力が開花したんだよ」
カトウの言葉に再び驚くが、なるほどと呟いた。
「そうだったのか。とりあえず生きててくれて良かった。腕を治してくれたこと、感謝する」
ユリウスは未だに動揺していたが、とりあえず腕を治してくれたカトウに感謝の言葉を伝えた。
「気にしなくていいよ。あいつをとり逃がしたのは俺なんだし。その傷を負ったのも俺のせいなんだから、俺が治すのが当たり前だろ?」
「そうか。まぁ、ルーンの件は後でじっくり聞くとしよう。まずは目の前にいるこの国に仇なす敵を殲滅する方が先だな」
その言葉に我を取り戻したゲラードは、味方に大声で指示をだす。
「全員、ここにいる邪悪な血をひく人間どもを八つ裂きにせよ!! 我らの正義のために!!」
その言葉を聞いた『プランク』の特殊作戦部隊ヘルのメンバーは「我らの正義のために!!」と何度も叫びながら一斉にカトウとユリウスの方に向かっていった。




