9話 他国からの侵入者7
男は暗い空間にいた。
そこには椅子に座る自分以外何もない。光も、人も、音ですら、そこには存在しない。このまま何も考えなければ、自分の意識すらなくなってしまう。そんな感覚を男は覚えた。
なんで俺はこんなところにいるんだろう?
俺はさっきまで城の中にいた筈だが?
確か、城内で暴れている奴らの相手をマルクトから任されたんだったよな?
そんで…………思い出した。
確かヴェルニーチェとかいう狂人野郎と戦ったんだ。
そんで、あいつが俺から距離をとったから、攻撃しようと思ってあいつに向けて引き金を引く前に、……そっか、俺殺されたのか。
まさかあの男が例のルーン持ちだったとは……。
最悪だな。マルクトから任された仕事も満足にこなせなかったし、あいつの死ぬなって命令も破っちまった。
あ~、あいつら怒るかな~。
悲しんでくれるかな~。
東京にいる両親にも最後に一目会いたかったな~。
結局何もしてやれなかったし、俺がこんな世界でのうのうと暮らしてるって知ったらなんて言うんだろうな。
……ミチルは怒るかな。俺が死んだって聞いたら。
……嫌だな、あいつの泣き顔や笑顔が見れなくなるのは、あいつと夫婦として暮らして三年だけど、とても楽しかったんだけどな~。
それも今日で終わりか。
「良い訳ねぇだろ~~ッッ!!! こんなところで終わってたまるか~~ッッ!!! 誰かいねえのか!!」
この空間でカトウはずっとしゃべっていると思っていたにもかかわらず、カトウは今初めて声が出た気がした。
「へ~。この空間で自我を保っていられるのも驚きだけど、まさか声が出せるとはね~。君、なかなか面白いね」
そう言って出てきたのは、カトウそっくりの人物であった。
しかし、そいつの髪の色は透き通るような綺麗な緑色をしていた。
「……俺?」
「ほほう、君には僕が自分自身に見えるのかい? なるほど、なるほど。ふふっ、本当に面白いね、君は」
先程からその人物が本当にカトウのことを面白がっているのがその表情から見てとれた。
「自分の顔に笑われているって思うとなんか腹立つな~。まあいいや。それで、お前は一体何者なんだ?」
その質問にカトウそっくりの人物は手を広げてこう宣言した。
「僕は君たちの世界でいう神ってやつさ。とは言っても、本当は姿も何もないんだけどね」
「じゃあなんでお前は俺の姿をしているんだ? お前に実体なんてないんだろ?」
「それは、僕が君であるからさ。……首を傾げるのも無理はないよね。そうだな~、簡単に言ってしまえば、僕は君のルーンなんだよ」
「!? 俺にはルーンなんてなかったはずだぞ!」
「それは違うよ。君はまだ能力が開花していなかっただけさ。だけど、その前に君は息絶えた」
その言葉に悔しがるカトウの様子を見て、そいつは更に続けた。
「そんな顔しないでいいさ。君にはまだ皆の元に戻る方法がある」
「……それは本当なのか? 皆の元に帰れるのか? ミチルやマルクトの元に本当に戻れるのか!?」
「ああ。だけど、それは当然君次第さ。君が神秘の力を開花させれば僕は君の望みに応えてみせよう」
「わかった。やってやるよ!!」
「決断が早いね。ますます僕好みだ。……さて、君は一体どんな能力を目覚めさせるんだろうね? それともこのまま息絶えて死ぬのかな?」
「当然生きかえってみせるさ。生きてまた皆とバカやって遊ぶんだ!!」
そう言ったカトウの顔はさっきまでの絶望に満ちた顔とはうってかわって晴れやかな笑顔を浮かべていた。
その晴れやかな表情にカトウによく似た男は「ふふっ」と小さく笑った。
「そうなることを僕も陰ながら祈っているよ。……さて、最後に君は覚悟しておくことだ。ルーンとはその圧倒的な力の代わりに何かを失う者が多い。ある者は、ルーンによって数年間身体の自由を奪われ、過去に自由と家族と大切な存在を失った。ある者は、ルーンによって人々との絆を奪われた。ある者は、ルーンによって精神を切り刻まれた。さて、君は一体何を失うのかな?」
カトウは、目の前にいる自分に向けて言い放つ。
「なに言ってんだ。俺が失うものなんて何もないさ。仲間も家族もそれら全て、俺がすくいとってやるよ。だって、せっかくまたあいつらと遊べるんだぜ? それは、俺の一番の望みで、それをこれから奪い取りにいくんじゃねぇか」
「ふふっ、良い覚悟だ。僕は君の中で君の人生をゆっくりと見学するとしよう。君は、全てを救いたいと願った。それが君のルーンとなる!!」
カトウの姿をした人物がそう言うと体が光りだす。
そして、暗い空間を光で埋め尽くした。




