2話 魔王少女4
…………現在俺は魔王城の最奥の部屋にいる。
俺はここが魔王の部屋だと思い、最後の死闘を覚悟して入った。
ここに来るまで魔王軍の魔人や魔獣と連戦したり、魔王軍の大幹部であるスクアーロという名の魔人との激戦があったりしたのだが、その疲れが一気に吹き飛ぶ程の衝撃を受けた。
なぜなら、魔王の部屋と思われる場所に入ってみると先日会った金髪碧眼の少女がでかい椅子に座っていたではないか。
「あれ? ……お兄さんがなんでこんなところにいるの?」
マルクトはキョトンとした顔を見せながらそう言ったベルを見て頭をかきむしる。
「それはこっちのセリフだ!! なんでベルがこんなところにいるんだよ!!」
「え? だって私魔王だし」
そう答えるベルはマルクトに向かってふんぞりかえってみせた。
(……嘘だろ? ……この前助けた魔族の女の子が魔王? グルニカを滅ぼし、世界を震撼させている魔王が……こんな小さな女の子?)
一気に訳がわからなくなってくる。……まさか俺は……シズカの仇を助けちまったのか?
「あの……お知り合いの方なのでしょうか?」
ベルの傍らに立つ銀色の髪を肩のところまで伸ばしている凛とした佇まいの女性がベルに質問していた。
「うむ。昨日できた新しい友達のマルクトだ。手を出すなよ」
その言葉に銀髪の女性は驚いた素振りを見せ、こちらを吟味するような視線で見てきた。
「あの方が…………わかりました。お初にお目にかかります。私は魔王ベルフェゴール様の世話係をしているカトレアと申す者です。以後お見知りおきを」
カトレアと名乗る女性は俺に向かって丁寧な仕草でお辞儀してきた。
「あなたのことはシズカ様からお聞きしております」
彼女の言葉に聞き逃せない単語があった。
「……シズカを知っているのか?」
「はい。ですがまずはお席にご案内致します」
そう言うと、彼女はテラスにあったテーブルの元に俺を案内し、席に座るよう促してきた。
正直魔王討伐に来た俺と魔王が一緒の席に座るなんて思いもしなかったな。
カトレアは、紅茶をついで俺たちの前に置き、話を始めた。
◆ ◆ ◆
~四ヶ月前~
シズカたち勇者一行は当時の魔王、魔王グリルと戦うも、彼の手によってシズカ以外全滅。
魔王をさすがに一人ではどうにも出来ないと悟ったシズカは魔王に殺されると覚悟した。
だが、魔王は戦意を失っていたシズカがベルフェゴールに懐かれていたため、やむなくシズカを歓迎した。
そして、シズカは魔王城にて一ヶ月程暮らす。
そんなある日、シズカは目を覚ました。
窓から外を見てみるとまだ夜も明けきっていないが、少しずつ、東の方が明るくなろうとしているため、もうすぐ朝なのかと布団から出て、彼女は寝間着を着替える。
こんな時間に目覚めるなんて自分でも珍しいと思う。
動きやすい服の上に、先生が行く前にくれた濃い青のコートを着る。
このコートが耐寒、耐熱を兼ね備えたものだということを知ってから、私は毎日愛用している。
それに、先生が自分のために作ってくれたと思うと着ない訳にはいかなかった。
通信の効果もあったから、いつでも連絡してこいと言ってきたけど、なんか意地になってしまって未だに使用したことはなかった。
前のボタンを止める際、自分の平坦な胸を見てがっかりするのも、シズカの日常だった。
前に立ち寄った町の黒髪の少女を見てからというもの、ついいつも考えてしまう。
(なぜ自分の胸はこんなに小ぶりなんだろ)
ため息をついたシズカは、布団を片付けようとして気づいた。自分のベッドで寝ている一人の少女を見て、笑みがこぼれてしまう。
毎日のようにやってきては、話をせがみにくる少女。昨日は来なかったはずなのに、いつの間にか自分の部屋にいる。おそらく夜中に寝ぼけて入ったのだろう。
少女の前髪を指でそっと撫でてから、少女を起こさないよう慎重に移動して部屋を出た。
◆ ◆ ◆
いつものように食卓に向かうシズカ。
部屋に入れば、そこには二メートルいかないくらいの男が食卓についていた。
実はこの人物こそが、人間界に混乱をもたらした魔王グリルその人である。
身長は先生と同じくらいで、いかつい見た目をしている。
その実力も確かなもので、たった一人でグルニカの軍勢を殲滅したという逸話もあるほどだ。
実際戦ってみた感想なのだが、正直勝てると思っていたのは最初だけだった。
前に何故そんなことをしたのか聞いたことがある。
彼曰く、向かってくる連中を倒した程度で俺は何もやっていないとのこと。
確かに先生も、「あれは魔王の力を過小評価していたグルニカのバカ王が勝手にやった自爆行為だろ? あそこのバカ王は自分たちの国が一番強いとか思ってる能無しだからな。別に問題起こしてないから討伐する必要はないだろ」と私の魔王討伐には反対していた。
先生も仕事が忙しかったらしく、「そんな魔王に構っている時間はない」と言って今まで討伐していなかったらしい。
う~ん……それにしても。
「なんだ? さっきからじろじろ見おって」
低い声でそう言ったグリルにシズカはごめんなさいと言って、自分の席につく。
ここに来てからよく思うのだが、この魔王グリルは金色の髪以外に娘であるはずのベルちゃんと似たところがまったくと言っていいほど見当たらない。本当に親なのか疑いたくなるレベルだ。
前にカトレアという女性に聞いたことがあるのだが、ベルちゃんは幼き頃のグリルによく似ているそうだ。
まっさか~と疑ったが、おたまじゃくしは将来カエルになることを何故か急に思い出してしまい、魔人ならあり得るのかもと思ってしまった。
あんな純粋無垢な子が、将来こうなったら絶対に発狂する自信がある。
◆ ◆ ◆
そんなことを考えているシズカだったが、天井が壊れる音で我にかえった。
シズカは何事かと身構えるが魔王グリルは余裕の態度を崩さない。しかし、天井から姿を見せたそいつに魔王は眉根をひそめた。
「や~っと見つけたよ。魔王~」
天井から現れたのは、緑色の長髪をなびかせ、白い衣に身を包む男だった。その身から醸し出される神々しいオーラには背筋がぞっとし、背中についている翼を見た瞬間、シズカは息をのんだ。
「私は大天使サリエル。神よりお前の抹殺を頼まれた者だ。悪いがここで君には死んでもらう」
「~~ッッ!! どうやってここがわかった! ここはお前らにもわからないように結界を張っていたはずだぞ!!」
「うんうん、そうだね。君のその結界のせいで私も大分苦労させられたよ」
腕組みをしてグリルの言葉を肯定するように頷くサリエル。
「でも、人間達には見つけられるんだろう?」
そう言ってシズカを指さすサリエル。さされたシズカは背筋に悪寒が走る。
「ああ、心配しなくていいよ。私は君のような麗しい女性には手を出す気はないからね。もちろん何もしなければ、だけどね」
「おい……それでどうやってここを突き止めたのか聞いているのだが?」
グリルがそう言ったことで、シズカは恐怖から解放された。
まるで謎の力で心臓を握られているような感覚から解放され、シズカは思い出したかのように咳き込む。
咳き込むシズカを見た後、「ふ~ん」と、興味深そうにグリルを見るサリエル。
「この数年で何があったのかわからないけど、魔王のくせにずいぶん人間に甘いんだな?」
「余計な問答はせん。さっさと答えろ」
「つまらないな~。まぁいいか。簡単なことだよ。人間なら見つけられるというのなら、人間になって探せばいいだけさ」
その言葉に衝撃を受けるグリル。
「……まさか、今まで来た冒険者の中に紛れていたのか!?」
結論を出したグリルにサリエルは肯定も否定もしない。
その代わりに指を鳴らした。
それが合図だったのか、天井から同じような白い翼を持った存在が現れた。しかし、サリエルとは異なり全員同じような甲冑を着ていた。
「君たちは僕の援護を頼んだよ。くれぐれも出過ぎないようにね。奴を決して侮るな。少なくともお前らただの天使よりは強いからね」
そう言って飛び込んできたサリエルとグリルの腕が交差して戦いの火蓋が切って落とされた。
◆ ◆ ◆
シズカは部屋にある大きな柱に身を隠しながら、戦いを見ていた。
魔王は天使達を圧倒していた。
明らかに自分より強いであろう槍を構えて俊敏な動きで襲いかかってくる天使達、彼らの動きを完全に見切って攻撃を加える。
しかし、天使達はサリエルの指示通り、出過ぎないように立ち回っており深手を負っていない。
戦闘力では魔王の方が上なのだろうが、それでも勝てないのは、サリエルが数の多さをうまく利用して、魔王相手に善戦しているからだろう。
(……おそらく、何か一つでも崩れればこの戦いは決着するだろう)
そうシズカが思った時だった。
背後から「何やってるの?」と声をかけられた。
そこには、先程までシズカの部屋で寝ていたはずのベルが立っていた。
(なんでこのタイミングで?)
そう思ったシズカは、ハッと何か思い至ったのか、空けられた天井を見る。
(やっぱり……もう朝なのか……)
さっきまで暗かったのに、戦闘が長引いたせいでいつの間にか夜が明けていたようだ。
どうやら目覚めたベルは、音に気付いてここまで来たようだ。
ベルは「お父さん?」と呟いて、魔王の元に駆け寄っていく。
空の様子を見ていたシズカは、その声を聞いて振り返るが、時既に遅く、ベルの存在は大天使にばれてしまった。
「下がっていなさい!!」
サリエルが硬直したことに嫌な予感がしたグリルはベルに向かって怒鳴った。
「……おい、そいつはまさか、お前の娘か?」
驚いたような表情を見せていたサリエルの表情が変わる。それは、先程までのふざけたものなどではなく、真剣なものだった。
(神からの指示は、魔王の排除だけだ。魔王の娘とは聞いていない……が危険な芽は先に摘むべきですね……)
サリエルは人指し指でベルをさす。その指先に何かが凝縮されていき、三秒後に光線がベル目掛けて飛んできた。
その速さにベルとシズカは反応できなかった。
光線が着弾したのと同時に辺りに血飛沫が舞う。
「ベルちゃん!!」
シズカが叫ぶ。
しかし、シズカが呼んだ少女は無傷で尻餅をついている。
ベルの無事な姿に安堵するが、代わりにそこに立っている者の姿を見て、青ざめる。
今まで一発もダメージを負っていなかった魔王がベルを庇って、光線を左肩にもらってしまったのだ。
「ひゃはっ! なんだよ魔王~。こんなレーザーすら避けられないのかよ~。ほら、次はもっと威力があるからしっかり避けろよ!!」
しかし、サリエルにそう言われても魔王グリルは避けようとしなかった。
魔王はサリエルに背中を見せながら、ベルに何かを言っているようだった。その間にも何発も放たれる光線。
そして最後にしゃがんでベルを抱き寄せると、抱き寄せたまま倒れてしまった。
「ひゃはっ! 死んだよ。死んじまったよ。あっけね~! 娘守って死ぬなんてな~。どうせ守っても死ぬというのにな!!」
笑いながらそう言ったサリエル。それにあわせて周りの天使達も笑っている。
それを見たシズカは、そっとコートについた通信魔法を発動させた。
◆ ◆ ◆
父の死を嘆く少女、人間であれば救いの手を差しのべようと思うが、相手が魔人だというのなら話は別だ。
三十年かけて神に与えられた任務を終えたことに満足した表情を見せるサリエル。
しかし、まだ魔王の娘がいる。奴を殺さねば終わりとは言えないだろう。
だが魔王は死んだ。
何の障壁もなければ少女を殺るのは容易い。
「……いったいどういうつもりですか?」
サリエルは再び攻撃を再開しようとしたが、目の前にやって来た女の姿を見て攻撃を中断した。
「……ベルちゃんは殺させない」
そう言ったのは、青いコートを着た黒いショートヘアーの女性、シズカだった。その藍色の瞳には覚悟が決まっていた。
「なぜなんだい? 人間である君がなぜ魔人を守ろうとする?」
そう聞くと、彼女は父の亡骸に涙を流しながら何度も声をかけるベルの姿に目を移し、そして再びサリエルの方に目を向けた。
「ベルちゃんは私にとって妹のような存在。仲間の死を経験して絶望していた私を支えてくれた大切な存在。……だから、命をかけて守る価値がある!!」
そう言い放ったシズカはベルの前に立ち、目を瞑る。
その行動に何をする気なのかとサリエルは興味を示してしまった。
それは圧倒的有利な状況が生んだ隙だった。気を緩めてしまったサリエルは、シズカの高まる魔力に顔をしかめた。
サリエルの目は彼女が自分の許容量以上の魔力を使用していることを見抜いた。
そもそも魔法とは、血を媒介にして魔力を供給し、そこで初めて発動する。
魔法を使用する際、魔力が足りなければ魔法は発動しない。しかし、己の血を魔力として変換すれば、発動することは可能である。
そして、血の変換によって得られる魔力は膨大な量だ。
しかし、大量の血を魔力に変換すれば貧血どころじゃすまない。
下手をすれば命をも落としかねない禁術である。
そして、シズカが今回変換している量は明らかに致死量だった。
サリエルにしてみれば、やってる行動の意味がわからない。
しかし、彼女が命懸けで発動しようとしている魔法が、大天使サリエルでもまともに受ければ死を免れないであろう一撃だということは見ればわかる。
サリエルは先程の光線をシズカ目掛けて放つ。
肩に激痛が走り、呻き声をあげるシズカ。
だが、吹き出た血は白くなってシズカの元に集まっていく。
心臓を狙ったはずが恐怖のせいで手元が狂ったようだ。結果、魔法は中断されずに形成されていく。
ここにいては危険だと判断した大天使は、
「くそっ!! ここは一時撤退だ! 魔王の娘などいつでも屠れる。君たちは私のゲートを守れ!!」
そう言った大天使はゲートを開いて中に入る。その前に立つ天使たちに向けて放たれるシズカの決死の一撃。
シズカはベルフェゴールの方に振り返り、そして、彼女に向かってほほえみむと、彼女の体は灰と化していった。
シズカの決死の一撃はその場にいた天使達を倒し、ベルを守りきった。
こうして、魔王と大天使の戦いは幕を閉じた。
天使と魔王の戦いが、今までざっくりとしすぎていたので、真面目に書きました。
カトレアからの話ではありますが、シズカ視点の方がいろいろ分かりやすいかなと思い、こういう形で書かせていただきました。
当然、マルクトが聞けたのは表面的なことだけです。
大天使と天使の特徴、魔王とシズカの死んだ経緯だけです。