9話 他国からの侵入者1
コツッ コツッ
城の廊下でそんな足音が聞こえた。
城の兵士二名はその謎の足音がこちらに近づいて来るように感じていた。
兵士の二人は音の大きくなる足音に警戒を強める。
そして兵士の一人は気付く。
足音の他にも何かを引きずるような音が聞こえてきたことに。
それが何かがわからないうちに足音の持ち主が現れた。
白いボサボサの髪に赤い斑点がついているやせた男がこちらに近づいて来ていた。
その白髪の男の右手には髪を掴まれて引きずられている兵士がいた。
その兵士がかぼそい声で助けてと言ったのを兵士の一人が聞き取れた。
その声が兵士二名の警戒のレベルを更に引き上げる。
「おい!! 貴様何者だ? 手に持っている兵士を離せ!」
白髪の男は目の前の兵士二人を見るとニタァと不気味な笑みを作る。
兵士の一人が、緊急事態を伝えようと連絡をとろうとした。
しかし、連絡をとる前に隣で何かが崩れる音がした。
音の正体が気になった兵士は恐る恐る横を見ると、そこには先程男に声をかけた兵士が胴体を真っ二つに斬られた姿で転がっており、斬られた胴体から溢れるように血がこぼれていた。
異常な現象だった。なぜなら、白髪の男は一歩も近づいていない。
そんな異様な光景を目にした兵士は、恐慌状態に陥り、連絡を忘れ、その場から逃げようと脱兎のように駆け出す。
目の前の白髪男が魔法を発動していないのは、魔法使いである兵士にはわかっていた。だからこそ、どうやって仲間を殺したのかがわからなかった。
ただ、ここから逃げなければ殺される。
そう思ったからこそ逃げた。
「……逃げたって無駄なんだけどね」
聞き覚えのない不気味な声が廊下に響き、逃げている兵士の視界がずれた。
まるで木を横に切ったかのように視界が横にスライドしていき、兵士の男は何が起きたか理解できないままその場に倒れた。
白髪の男は兵士二人を殺して満足したあと、再び歩き出す。
◆ ◆ ◆
「はぁーーー!? お前それ本気で言ってるのか!?」
ユリウスの言うことももっともだと思う。
マルクトは頭を抱えて椅子から降りて床で丸まった姿勢で座るカトウを見ながら、ユリウスに頷く。
少し前にマルクトがユリウスから校舎半壊の件を許された後、カトウがここぞとばかりに
「良かったじゃねぇか、マルクト。そういえばユリウス、俺も侵入者の一人を家で育てるからそこんとこよろしく」
としれっと言ってきた。
その言葉に場は一瞬で凍りついた。
その後、本気で怒ったユリウス、助けを求めるカトウ、我関せずの姿勢をとるマルクトの三人によって場が荒れた。
二十分程たって、最終的に怒られて意気消沈したカトウが、事情を簡潔に説明することで場はなんとかおさまった。
「お前らいい加減にしてくれよ。なんでお前らはそうやって俺の寿命を削りに来るわけ? 俺もう精神が磨り減ってやばいんだけど」
ユリウスが頭をおさえながら嘆き始めた。
普段はそんな姿を見せていない彼だからこそ、相当参ってるんだろうと察することができる。
「……そういえば、匿うで思い出したんだけど、マルクトの連れてきている妹って一体何者なんだ? お前に妹なんていなかっただろ?」
ふと、思い出したかのようにユリウスが顔をマルクトの方に向ける。
ユリウスの質問に、マルクトは一瞬考える仕草を見せ、二人に見えないようにニヤリと小さく笑って、
「魔王だよ。元だけど」
とあっさり答えた。
その言葉は深刻な内容だったにもかかわらず、普通に告げられたものであったため、ユリウスとカトウは理解するのに少々時間がかかってしまった。
「「ま……ま……魔王だと!!!!?」」
そして、理解してしまった二人は同時に驚いた。
二人の予想以上の反応にマルクトはビクッとなる。
立ち上がっていたユリウスは左手で頭をおさえて、ふらふらと自分の席にどかっという音を立てて座った。
慌てふためくカトウは真偽の確認のため、ユリウスの方を向いた。
ユリウスはカトウに見られていることに気付いて無言で首を横にふる。
カトウはユリウスのその仕草から嘘ではないことを知った。
「おい、マルクト! 二人はお前の妹じゃなかったのかよ!! おまっ、魔王って一体どういうことなんだよ!!」
「とりあえず落ち着けって。もともと二人には言うつもりだったし、これ以上隠し通して、やましい気持ちがあると疑われてもかなわないからな。ユリウスが本気で調べたら本当にどうしようもない訳だし、それに話すには調度良かったから、今回の食事会は結果的にプラスに働いたな」
「……ということはマルクトには何か考えがあるんだな?」
混乱していたユリウスは続けるように、マルクトになぜ魔王を妹のように扱っているのかと問い掛けた。
「まず第一に魔王はベルの方だ。メグミもベルの正体は知っているが、ただの親を亡くした少女だ」
マルクトは続けて消息を絶っていた三ヶ月のことを二人に打ち明けた。
魔王討伐に向かった経緯、その道中で出会った二人の少女、三十年前にこの世界に訪れた魔王の最期、そして、マルクトがベルを引き取った訳、最後に蛮族の手によって家族を失ったメグミを引き取ったことを要点をかいつまんで包み隠さず伝えた。
ユリウスとカトウの二人は、マルクトの話を真剣に聞いており、十分程してから話は全て終わった。
「……お前たちがどう思うかは勝手だが、あいつの未来は俺が導くつもりだ。決して、お前らに不幸をもたらすつもりはないからそこらへんは気にしなくていい。だが、それでもお前たちが、あいつを殺そうというのなら、俺はたとえ相手がどこの誰であろうと世界中が敵になろうと本気で相手になってやるよ。それだけは理解しておいてくれ」
その言葉を伝えるマルクトからは、並々ならぬ意志が窺えた。
「オーケー、わかったよマルクト。お前の意志が固いっていうなら俺も協力してやるよ。つまりは俺と同じような意図で二人を妹として扱っているんだろう? 大切な弟子が命を掛けてまで守ったんだ。責任もってちゃんと育てろよ?」
「……いやにあっさりだな。自分で言うのもなんだが、受け入れられることはないと思ってたんだが……」
「いや、だって俺まだ死にたくないし」
カトウはマルクトに向かって笑いかけるが、ユリウスはというと、深刻な表情で思考に耽っていた。
ベルと呼ばれるあの金髪の少女を敵対視すれば、マルクトと魔王を同時に敵に回すことになる。
…………割に合わなすぎる。
マルクトが本気を出せば、ここら一帯が焦土と化すのは目に見えている。
それだけじゃない。彼女が本当に魔王だと言うのなら、相手が不味すぎるだろ。まだ五歳の少女とはいえ、一人であのグルニカを滅ぼした魔王の娘だぞ。
そんな二人を敵に回すのはさすがに得策とは言えない。
カトウの様子からすると、もしも戦いになればマルクトの方につくというのは彼の性格からして明らかだ。
カトウまで敵に回ったらもう完全に手がつけられない。
なんなら、カトウとマルクトだけでも世界を滅ぼそうと思えばできるからな。
しないのは単純に興味がないだけで、そんな二人に滅ぼす目的を与えれば……世界滅亡のカウントダウンが始まってしまう。
「…………マルクト、その少女は本当に大丈夫なんだな?」
ユリウスは熟考の末にマルクトに一つ質問した。
マルクトはユリウスの方に向き直りると、真剣な表情を見せ
「俺が命をかけて間違った道には進ませない」
そう断言した。
その言葉に安堵したユリウスは深々と椅子に腰を落ち着けた。
「それなら俺も、お前に協力しよう。本気のお前を敵に回すと損害しかないからな。ただし、約束をしてもらうぞ。彼女が魔王として暴れた際は、俺が討伐する。それでいいな?」
「ああいいよ。まあ、俺がそんなことさせはしないがな」
ユリウスとマルクトが握手を交わした時だった。
突然、アリスから通信魔法による通信が全員に入った。
そして、その内容は「助けて!」というものだった。




