6話 魔導フェスタ3
エリスが副隊長の男と戦っている一方で、エリナはもう一人の男と対峙していた。
敵の男が握る武器は棒手裏剣と短刀だった。対して、エリナの握る武器は弓矢だった。
近接の強化を目指し剣を握ったエリスと違い、エリナが選んだのは中距離から遠距離まで幅をきかせる弓矢だった。
込めた魔力によって飛距離が決まる弓矢を青ランクのエリナが選んだ訳は、支援攻撃を更に伸ばして、姉や先生の役に立ちたかったからだ。
エリスと違い、対個人の戦闘には向かないエリナにとって、一人で敵と戦うのは愚策ではあったのだが、それでも、目の前の男をエリスの元に向かわせないためには自分が戦うしかなかった。エリスとの分断はエリナにとって相当な痛手になってしまったことは言うまでもないだろう。
男もまた索敵や情報の収集、処理に特化しており、あまり戦闘は得意ではなかった。
強い相手にしか興味がない。そんな副隊長の補佐としてついてきたのだが、目の前の少女を殺せと命令されたからには例え戦闘が苦手だとしてもやるしかなかった。
だが、戦いは一瞬でかたがついた。
男の元に氷の礫が降ってきたのだ。
エリスの最初に放った氷の礫による攻撃は男二人を狙って撃ったもの。戦闘に特化した副隊長は余裕で弾くが、もう一人の男は短刀と棒手裏剣では防ぎきれなかった。
氷の礫は何発か男の体に突き刺さる。
男は副隊長の意識がこちらにむかないように、声を出さないように必死に耐える。
だがそれは、弓を構えるエリナの前では、無防備であったということに他ならない。
エリナは援護してくれた姉に感謝しつつ、矢に意識を刈り取る光属性の魔法を付与し放った。
「光あれ!!」
その言葉を合図に矢は放たれ、男の目の前に眩い光が広がり、男の意識を刈り取った。
意識を失った男は、冷たくなった地面に顔をつけた。
敵が倒れたのを確認してから姉の方を見ると、男と未だに戦っていた。
しかし、敵とエリスの距離が近すぎたため、援護が出来ずに結局エリナは見ていることしか出来なかった。
そして、エリスと戦っている男の剣がエリスの氷の剣を折り、エリスによる氷の礫による死角からの攻撃で、男の体勢が崩れたところをエリスが新しく作った氷の剣で致命傷を与えたことにより男は倒れた。
これにより、エリスとエリナの双子姉妹は敵二名の無力化に成功した。
敵に勝利しハイタッチをしている二人の表情には満面の笑みが浮かんでいた。
◆ ◆ ◆
エリナは一応、男が死なないように止血はしたのだが、それでも医者に行くか回復魔法をかけなければ、衰弱死する傷を男は負っていた。
だが、回復したところで、起き上がってすぐに襲われては意味がない。
回復はしてあげたいが、襲われるのも嫌だ。
そんな葛藤をエリナがしている時だった。
鋼糸によってぐるぐる巻きにされた少女を担いだカトウがやって来たのだ。
ちょうど運ぶのに男手が欲しかったエリナは、一応事情をカトウに話し、もしもの時の対処をお願いしたあと、治療を始めた。
◆ ◆ ◆
目を覚ました実行部隊フェンリルの副隊長の男は、起き上がって周りを確認する。
そこには、仲間を担いだ東洋人と思われる男性、命を狙われたにも関わらず致命傷を負った自分を治療してくれた少女。
そして、もう一人。
「さっきはよくも、私の大事なエリナに棒手裏剣を投げたわね!!」
そう言いながら、意識のない仲間を蹴っている自分と死闘を行った少女。
さすがにこの状況で抵抗しようとは思わなかった。
目の前の東洋人には最初に立ちはだかった男とは違い、真の実力どころか自分の実力を一切感じさせない不気味な雰囲気を感じた。
一見あほそうな面をしているが、自分が抵抗を見せれば一瞬で自分たち三人はあの世だろう。
「……敗北を認める。俺たちを捕まえるんだろ?」
男の降参によって、エリナにとっては予想以上にあっさりした幕引きになった。
◆ ◆ ◆
彼らの戦いの中で一番早く終わったのはカトウだが、一番早く始まったのは、もう一ヶ所の戦闘だった。
今回の実行部隊の中でも一番の巨漢の男は、魔法を研究する施設へと向かっていた。
だが、他のメンバー同様それを阻む者がいた。
茶色い長髪を後ろに纏めた眼鏡をかけた女性、ニメートルを越えた巨漢の男を相手にするには乏しい戦力だと一見すれば誰もが思う。
そんな絵面だった。
「すみませんが、ここは学生が優れた知恵を活用して魔法を研究する施設です。あなたのような魔法に精通しない脳筋が来るべき場所ではありませんよ」
その女性はそんな体格差をものともしないかのように男を挑発する。
「……あんた、現実が見えていないのか? あんたもこんなところにいないで、街で魔導フェスタを楽しんでいれば死なずにすんだものを。それになんだ、その口の利き方は? 命乞いの一つでもしたらどうなんだ? まぁ、どうでもいいか。そもそも俺は、あんたのような口だけ達者の偉そうな女が一番嫌いなんだよ!!」
男は目の前の女を殺すために、背中に背負っていた二本の斧を取り出し、両手で構えた。
そして、眼鏡の女性もとい、メルランに猪突猛進の勢いで突っ込もうとしていた。
だが、走り出そうとした男の右足が一歩踏み込んだ瞬間、地面に魔法陣が現れた。
魔法陣が発動すると同時に八方向からくる光速の雷を纏った矢が飛んでくる。
男は雷撃に悲鳴を出さずにはいられなかった。
最初の一撃が発動したことによる着弾を確認し、メルランは眼鏡をとった。
メルランは艶然の笑みを浮かべ、腰に装着していた、鞭を取り出した。
「マルクト先生とカトウ先生には容赦はいらないと言われておりますし、少々本気を出させていただきましょう。うちの生徒に手を出した代償はその痛み。もっと、甘美な声を聞かせなさい!!」
痺れで体が思うように動かない巨漢の男に鞭を振り回しながら近付く女性。男の中の恐怖という感情が湧き出てくる。逃げようにも、足は痺れて動かない。目の前まで迫った女性は容赦なく鞭を振り下ろす。当たった瞬間、先程よりかは弱い電撃が鞭から繰り出された。
それを何度も繰り返し、男が呻く度に、笑みを浮かべる女性は何度も何度もそれを繰り返す。
意識が飛んでもお構い無しに振るわれるその鞭の痛みで意識は強制的に戻る。
逃げ場なんてなく、痺れて口も動かないため、降参も出来ない。
男は死を覚悟しながらただ鞭で打たれて呻くだけだった。
◆ ◆ ◆
メルランの中等部時代に彼女より優れた生徒はいなかった。
魔法の才能もあり、教師も勝てない存在、それがメルランだった。
高等部の教師もたいしたことはないだろう。
所詮能力だけの雑魚の集まり、そう思いながら高等部に進学したが、メルランはいきなり壁にぶち当たった。
新任の担任教師にあっさり負けたのだった。
その名はテツヤ・カトウ、四大竜王の一角でもある灼熱竜を倒した一行の一人だと知ったのは結構後のことだったが、ただ、その敗北によって、メルランは変わった。
いつもの真っ正面からの戦い方では一瞬で意識を持っていかれる。それは、その戦い方では勝てないということを意味していた。
だから、研究した。
カトウに勝てるようになるため、戦闘スタイルも変えた。
一瞬でトドメを刺すやり方よりも、相手を動けなくしてから、トドメを刺す。
光属性の電撃系の魔法が得意だったメルランの戦い方は、以前にも増して恐ろしいものになっていた。
誰が相手だろうと決して油断をせず、最初の一撃で相手を麻痺させて、動けなくしてからいたぶる。
カトウ先生の相手を罠に誘き寄せる戦闘スタイルを真似た戦い方、それは異様なまでにメルランの性格にもあっていた。
カトウに敗北したことにより、相手を見た目で判断しなくなったため、普段の周りに対する態度は中等部時代と違い、友好的なものとなっていた。
だが戦いになると、それは一変する。人を痛めつけるのに快感を覚えたメルランは、相手を限界ギリギリまで軽く痛めつけ、そして最後に重い一撃を放つ。
この戦い方により、彼女はいつの間にか周りから『雷攻の魔女』と呼ばれるようになっていた。
◆ ◆ ◆
男の限界を感じ取ったメルランは男の首筋に手を当て、死なないように、調整した電撃を与えた。
巨漢の男は激しい一撃により意識を失い、その場に崩れ落ち、ようやく痛みから解放されたのだった。




