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弟子は魔王  作者: 鉄火市
第2章 入学編
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6話 魔導フェスタ2


 隊長の指示通りに目の前に立ちはだかる男を無視して、フェンリルの隊員の四人は目的の三ヵ所に向かう。

 目的地に向かう際、なぜか男は邪魔をしてこなかったが、恐らく二人相手に精一杯になったのだろうと考えて先を急ぐ。

 一瞬で倒された仲間は心配だったが、助けにいって共倒れになってしまっては元も子もない。

 結果、見捨てることにはなったが、隊長の言うとおり、ここは仕事を優先すべきだろう。

 隊長たちならきっと、あんな男など倒して合流してくる。

 四人の隊員は残した仲間を信じて前に進む。


 目的の場所は綺麗に三方向に別れていたため、速度重視により、別れることになった。

 ここにいるのは精鋭ばかりで、そこいらの警備兵が数人程度で勝てるはずがない。

 そんな油断の現れでもあった。

 確かに、彼らの実力は自信を持っても可笑しくない程に高い……いや高すぎた。

 だからこそ、彼らのこの判断は自分の首を絞めることになる。

 

 ◆ ◆ ◆


 その少女は他の三人と別れて、自分の仕事を果たすため、学部棟にある学園長の部屋に向かっていた。

 内部に潜入していた者からもらっていた情報をもとに、そこの曲がり角を曲がった先から校舎に入る予定だったため、つい飛び出してしまうが、この判断は誤りだった。

 確認を怠ってしまったため、彼女は見つかってしまった。

 目の前の男は突如として現れたかのように気配を完全に絶っていた。

 黒髪の東洋人のような顔の男性が目的地に入るための入り口前で、こちらを見ながら静かに佇んでいた。


 しまったと感じても、もう手遅れだった。

 いつも隊長に周りを確認して動くように言われていたのに、つい確認を怠ってしまった。

 目的地も近く焦ってしまった結果だろうが、今更反省しても遅いだろう。

 もう自分はばれてしまったのだから。

 だったら目の前の敵を殺せば問題ないだろうし、さっさと終わらせて、仕事をしなくてはならない。

 少女がそう考えていると東洋人風の男は声をかけてきた。


「お嬢ちゃん、こっから先は学部棟で部外者は立ち入り禁止なんだよ。悪いんだけど引き返してもらえるかな?」


 彼女は目の前の男にお嬢ちゃんと言われたのが、腹立たしく感じた。

 確かに、今のは自分のミスだが、それでも誠に遺憾であった。

 彼女は、実行部隊で唯一の女性であり、未だに成人はしていない。

 だが、剣の腕だけでここまで来たという彼女のプライドが目の前に立つ男の「お嬢ちゃん」という発言に怒りを覚えた。

 ふざけた男だ。

 こんな奴はすぐに血祭りにあげてやる。

 そう思い双剣を両手に握りしめる。

 一瞬でやれば、どうせ仲間に連絡は取れない。

 私を年端も行かない少女と侮ったことを死んで後悔するがいい。


 少女は男との距離を詰める。

 先程のマルクト程ではないにしても、目で追うのが難しい速さ、だが、カトウは動かない。

 動く必要なんてないのだから。

「嘘っ!?」

 彼女の体はカトウに双剣を突きつける一歩手前で完全に停止した。


 何が起きたかは、わからない。

 ただ、衣服は切り裂かれ、体のあちこちにも軽傷程度の切り傷ができていた。

 これは、正直不味いと感じた。

 体が動かないのであれば、捕まってしまう。

 とりあえず、仲間に連絡しなければ!

 そう思い、大声で悲鳴をあげようとした。

 だが、なぜか声が出ない。

 それどころか、意識が朦朧としてきた。

(まさか……毒?)

 気付いた時には既に手遅れだった。

 彼女は意識を手放さないよう必死に抵抗しようとするが、その行動は実を結ばなかった。

  

「無用心なお嬢ちゃんだな。確認もせずに勢い良く飛び出してくるとは。マルクトの罠にかかっていたのに、罠の可能性を考慮しないなんて」


 カトウの戦闘スタイルは支援型で、罠や毒で相手を弱らせることに特化している。

 特に鋼鉄製の糸を使ったワイヤートラップは、マルクトにも見抜くのが難しいと褒められた程に得意としていた。

 先程の罠には体が麻痺する即効性の神経毒と即効性の睡眠薬が塗ってあったため、彼女の意識はすぐに途絶えたのだった。

 今回は殺しよりも捕縛を優先しろと彼はマルクトから指示を受けており、その捕縛においては彼の右に出る者はいないと自負している。

 対人戦のスペシャリスト、それがカトウの異名でもあった。


(まさか、女の子が来るとは思ってなかったな。まぁとりあえず運ぶか……)

 カトウは鋼糸で侵入者の女の子を縛ってかつぎ上げると、他の支援に向かうことにした。


 ◆ ◆ ◆


 実行部隊フェンリルの副隊長の男は、部下の男を連れて、二人で資料室のある施設に向かっていた。

 早く作業を終わらせて隊長に合流しなくてはならない。

 そう考えていた副隊長に部下が進言した。

「副隊長、誰かいます」

 そう言われて気付いた。

 なかなかに隠密がうまいのだろう。

 索敵能力の高い部下がいなければ、死角から不意討ちを受けていたかもしれない。

 姿を隠しているが、どうやら二人いるようだ。

「やっと来たんだ。おじさんたち遅かったね。迷ってたのかな?」

「お姉ちゃん、集中してください。油断してるとすぐに足元をすくわれますよ。私のかけた光学迷彩の魔法もすぐ見破られてしまいましたし、なかなかの実力者だと見るべきです」

「そうかもね。でも私たちならそうそう負けないでしょ」

 校舎の角から現れたのは、制服を着た顔のそっくりな銀色の髪をゆらす二人の少女だった。

 話の内容から察するとおそらく姉妹なのだろう。


 左の方は、強気な長髪の少女で、自分たちを倒せると豪語してきたが、胸の方はおそらくまだ成長途中だと思われる。

 右の方は、慎重派で自分たちに対して一切の油断をしておらず、胸が一般的な女性と比べても大きい方。

 副隊長の男は冷静に目の前に立つ少女二人を観察して言葉を発した。

「右」

「右っすね」

「コロス」

 男たちの発言によって、エリスの瞳孔は勢いよく開き、怒りと殺意を込めたその言葉を彼女は発した。 

 彼女の魔力が迸り、彼女の髪が活性化した魔力によってなびく。そして、その周りを冷気が包む。


 殺すと宣言したエリスの周りに氷で出来た礫が浮かんでいるのを見て、エリナは頭が痛くなってきた。

 エリスは今にでも発射しそうな雰囲気を漂わせていた。 

「お姉ちゃん落ち着いて。冷静になって。殺しちゃダメだよ」

「うるさい! こんな奴ら死刑よ死刑! だいたい、なんであんたはそんなに大きいのよ!! 私だって毎日同じもの食べてるのに。この差は何? 何があったというの!?」

 エリスは妹よりも小さな胸にコンプレックスを抱いており、そのせいで目の前の連中の発言に苛立ちを感じていた。

 だがーー

「大丈夫。マルクト先生は胸なんかで判断しないよ」

 そのエリナの発言でエリスの顔はみるみるうちに赤くなっていく。

「ばっ!! 先生は関係無いでしょ!!」

(そう言いながらも照れるお姉ちゃん可愛いなぁ)

 エリナがそう心の中で思っていた時、敵の男の一人がエリナに向かってナイフを投げて来た。


 副隊長の男は戦闘中でありながら、楽しく団欒している二人を見て、正直落胆していた。

 こんな戦闘を知らない子どもが資料を守っているなんて、ここの教師陣の無能さに呆れかえっていたのだ。

 確かに左の少女が展開している氷の礫は当たったらひとたまりもないだろう。

 しかし、撃ってこないのなら、ただのこけおどしでしかない。

 正直、強者との戦いを期待していた自分としては肩透かしを喰らった気分だった。

「殺れ」

「はっ」

 副隊長の男は、つまらなそうに部下に攻撃を命じた。

 部下の男は懐から出した棒手裏剣を頬が緩んだエリナに向かって投げた。


 エリナ自身も攻撃されたことに気付いたが油断していたせいで一足遅かった。

 目の前に太陽の光を反射しながら迫る棒手裏剣をただ見ているだけしか出来なかった。

 戦闘では一時の油断が命とりになる。

 だが、エリナに棒手裏剣が当たることはなかった。

 敵の投げた棒手裏剣はエリスの展開した氷の防壁に阻まれていた。

 

「……あんたたち……誰の妹に手だしてんのよ。……全く、あんたは……油断してんのはどっちよ!」

「……ごめんお姉ちゃん。ありがとう」

 姉の言葉に気を引き締めなおしたエリナは、目の前の敵に集中する。


「せっかく楽に殺してやろうと思ったのに……まぁでも、そっちの胸の薄い嬢ちゃんは案外面白そうだな。おい、お前は胸の大きい方を相手にしろ。俺はこっちと遊ぶ」


 恍惚の表情を浮かべる副隊長の男は、エリスを挑発する意味合いも込めてそう言ったのだが、エリスはその挑発に乗らなかった。

 自分の胸のことを馬鹿にされたことよりも、自分の妹に攻撃されたことによる怒りが上回ったのである。

(私が最初の挑発に乗らなければエリナが油断する事なんてなかった。だったら、私はエリナが全力を出せるように、全力でこいつの相手をする。いくら私たちが強くても、全力を出さなければ負けるかもしれないからね)

 エリスの手元に氷で出来た剣が現れる。

(今こそ先生からの個人指導の成果をみせる時!!)


 エリスは対中距離では相当高い戦闘力を誇っていた。

 エリスの得意とする氷の礫を発射する攻撃は威力が高く、近付くのが困難になる程の連射性能の高さで、戦闘においてはそうそう負けないだろうと自負していた。

 だが、それはマルクトには通用しなかった。

 マルクトに一度本気で相手をしてほしいと頼んだことがあった。

 その際に放った氷の礫は全て防がれ、近接による戦いで手も足も出ず、完全敗北を喫した。

 正直大人げないと思ったのだが、それには彼なりの意図があった。

「エリスの氷の礫は確かに強力だが、それだけで勝てる程、戦闘は甘くない。エリスの弱点は近接戦だ。いかに近付けないように放っても、俺のように近付ける奴らは世界にはざらにいる。だから近接を磨けばそれはいずれお前の役に立つ」

 マルクトにそう言われて、己の未熟さに気付き、マルクトに教えを乞うた。それを彼は受け入れ、その日から本格的な特訓になった。

 マルクトに鍛えられた一ヶ月は本当に辛いものだった。

 エリナとベルとメグミもそれぞれ先生の元で腕を磨いていたが、それでも先生に一撃を加えられた者はいない。

 そんな先生に比べれば、目の前の侵入者など毛ほども怖くない。確かに剣のみで勝てる気はしないが、それを魔法で補えば勝機はある。


 お互いが剣を構えると、副隊長は駆け出した。

 そして、エリスに近付くと剣を振り上げる。 

 予想以上の速さで間合いを詰めた男の剣による一撃をエリスはかろうじてかわす。

 そして、エリスは手に持つ氷の剣を横に薙ぐ。

 副隊長の男はそれをバックステップで避け、再度攻撃に入ろうとするが、エリスの周りにいつの間にか漂っていた氷の礫が副隊長目掛けて襲いかかる。


 最初に漂わせた状態でエリナに攻撃されたため、使う機会を見失っていた氷の礫。それを機会を待って、効果的なタイミングでエリスは放ったのだった。

 エリスは次の礫をすぐさま用意して、氷の礫をはじき終えた男目掛けて、剣を振り上げ攻撃する。しかし、男はそれを剣で受け流した。


 離れるのは不利と見た副隊長の男はあえて少女からあまり離れずに応戦する。

 剣のみでの戦闘力では圧倒的に男の方が上だったため、男とエリスの剣による攻防はあまり長く続かなかった。

 男の剣を受け止めた際、エリスの剣が折れたのだ。

 氷の剣の弱点とも言える脆さ、それが剣戟に耐えられなかったのだ。

 男は勝ちを確信し、トドメを刺そうとした。

 その時だった。

 氷の礫が何の前触れもなく降ってきたのだった。


 エリスは最初の一回目以降、一発も氷の礫を放てなかった。

 放つ隙がなく、恐らくすぐにはじかれると思っていた。だからエリスは作っていなかったのだ。

 最初の礫による攻撃が終わった以降は。

 男にとって完全な不意討ちだった。

 無警戒の一撃。

 なんとかはじけるが、それは、エリスにしてみれば隙だらけだった。

 エリスは新しく作った氷の剣で礫の対処に手一杯の男に渾身の一撃を加えた。

 

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