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弟子は魔王  作者: 鉄火市
第2章 入学編
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5話 少年5

 

 その生徒はカトウがどこかに消えたタイミングを見計らったかのようにやって来た。

 正直、俺は驚いた。

 その生徒は何故か制服ではなく白いワンピースという私服でやって来ていたのだった。

 だが、その生徒の顔は目深に被った帽子のせいでよく見えなかった。

 しかし、俺の驚く理由は他にもあった。

(あれってユウキ……なんだよな? なんであんな格好しているんだ?)

 先程、魔力感知でここら一帯を探索した結果、カトウの他にもうひとつ反応があったのだ。

 それが自分の生徒であるユウキの反応と一致していた。

 そのため、校舎の影にユウキが隠れていたのは知っていたが……まさか、女装して現れるとは思っていなかった。


「……先生、私と今度の魔導フェスタ、一緒にまわってはいただけませんか?」

 なんというか気まずい。

 そりゃ、別に魔導フェスタをユウキとまわるのはやぶさかではないが、何故その格好でこんなまわりくどいことをするのだろうか?

 魔導フェスタを一緒にまわりたいなら、普通に学校で話す時にでも誘ってくれたら良かったのに。


「……それは別に構わないんだが、その……なんでユウキはそんな格好しているんだ?」

 俺の言葉に目の前のユウキは驚いた様子だった。目を見開き口を手で隠している。

「…………なんで、認識阻害が効いてないの?」

「いや、……なんというか、すまなかった。確かに俺だって、何も知らずに会っていたら解らなかっただろうが、カトウを探す際に、ユウキがそこに隠れていたのは知っていたからな。つまり、全部カトウが悪いな。あいつは明日にでも、ぼこぼこにするから、それで許してくれ」

「……そんな、まずいよ」

 俺の話をまったく聞いていないかのように、ユウキは何かに怯えた様子を見せ、その発言を残し、その場から走り去っていった。

 あれ? もしかして正体ばらすのは不味かったかな?

 俺の冗談も華麗にスルーされてしまった……暴力教師って噂されたらどうしよう。


「まぁ、明日も学校で会えるだろうし、明日にでもユウキに謝っておくか」

 暫くの間、その場に置き去りにされてそんなことを考えていたマルクトは、その言葉を残してその場から立ち去った。


 ◆ ◆ ◆


 ユウキは怯えていた。

 ユウキは必死に何かから、逃げるように走っていた。

 ユウキはマルクトから逃げるように学校を立ち去ったあと、近くの路地裏に逃げ込んでいた。


 まさかすぐに自分の正体がばれるなんて、先生の力を甘く見すぎていた。

 どうしよう、彼らにばれたら……殺されちゃう。


「ユ・ウ・キ・ちゃ~ん」


 前にある脇道から聞きたくない声がした後、十人の男たちが現れた。

 ユウキは走る足を止めた。

「どうだった? 先生のことちゃんと誘惑して来た?」

「だ……ダメだったよ」

「あぁん?」

「あの人ヤバいよ。一瞬で僕の正体見抜いて……あの人の前で何かすること自体が間違ってるんだよ。やっぱりもうやめるべきなんだよ!」

 そう言った直後、ユウキは男の一人に鳩尾の辺りを蹴られていた。

 男の不意討ちを避けられなかったユウキは、その場にうずくまる。 

「使えねぇ! 使えねぇ! 使えねぇ! このグズが! その気持ち悪い趣味だけで吐き気がするってのに、そのうえ使えないんじゃただの役立たずじゃねぇかよ! この気持ち悪いオカマ野郎!!」

 その男は罵倒しながら、最初の一撃でうずくまるユウキの背中を踏みつける。

 何度も、何度も。

 その男の仲間たちは、踏みつけられるユウキのことを嘲笑していた。

(痛い、痛い、痛い、助けて……誰か助けて!)

 ユウキは声にならない言葉で必死に助けを求める。だが、そんな声が周りに聴こえるはずがない。

 たとえ、声に出てたとしても助けてはもらえない。

 そんなことはわかっている。この場にユウキのことを庇う人間がいないことは中等部の頃からわかっていた。

 こいつらが満足するまで、蹴られたり、罵倒されるのは終わらないだろう。終わったとしても、今回の失敗の責任をユウキ自身に擦り付けて、何事もなかったかのように生活を続けていくのだろう。

 それが、ユウキの中等部の頃に思い知ったこの世の理不尽というものであった。

 立場とは生まれながらにして違う。

 貴族と平民とでは、同じ年であっても、立場や信用が全く違う。

 こいつらが、女装してたぶらかせと笑って言ってきた時の絶望はこいつらでは計り知れないものであり、それでも逆らうことの出来ない理不尽、そんなことを思いながらも、必死に頑張った女装は、先生に一瞬で見破られて、失敗した。

 どうせ、なんとか無事であっても、学校で女装したことを周りに言いふらされ、高等部での生活は中等部の二の舞になるんだろうな。 

 ユウキがそんなことを考えている時だった。 


「おいおい。それは言い過ぎなんじゃないのかい?」

「あん? 誰だよ?」

 ユウキを踏みつけている男は声の聞こえた方向に顔を向けてその言葉を口にした瞬間、その方角から走ってくる男から飛び蹴りをくらい、そのまま勢いよく壁に激突した。


 ユウキは顔をあげてさっきまで自分を踏みつけていた男を蹴り飛ばした人物を見上げた。

 ユウキは自分の見たものが信じられなかった。

 青く透き通った色の髪をかきあげ、金色の鋭い眼を男達に向けた白衣の青年がそこには立っていた。それは間違いなく、自分が利用しようとしていた担任教師だった。


「は~い。皆さんちゅ~も~く! 俺はこちらにいるユウキくんの担任教師をやっている、マルクト・リーパーって言いま~す。……てめぇらを牢獄に入れる奴の名前だ。しっかり覚えとけよ」

 その口調は軽いものではあったが、白衣に身を包むマルクトの眼差しは恐ろしく鋭いものだった。


 ◆ ◆ ◆


 時はユウキがマルクトの元から逃げ出した後に遡る。


 マルクトには、ユウキの様子が自分の女装がばれたことよりも何かに怯えている。そんな風に感じられた。

 明日にしようとは思っていたけど、今やらないと手遅れになる気がして、すぐに彼を追いかけようと考え、すぐに行動に移した。

 まずは探索魔法でユウキの居場所を探し、彼の居場所を突き止めた。探索魔法によると北の数百メートル先を移動しているらしく、すぐに向かった。


 ようやくユウキを見つけだして声をかけようとすると、ユウキのそばにいた男が急にユウキを蹴り始めたではないか。

 急いでユウキの元に向かい、ユウキを蹴っている奴はなんか蹴らないと気がすまないので蹴った。


「すまない、遅れた。後は任せて、俺の後ろに下がっていろ。事情は後でゆっくりと聞いてやるから」

 マルクトはユウキを目の前にいる連中から庇うように立った。

 そんなマルクトの背中はとても広く感じられて、ユウキは安心できた。

 しかし、ユウキは自分のしようとしていたことを振り返って、自分は守ってもらう資格なんてないと感じた。

「……いいんですよ、先生。先生もどうせ僕のこと醜いって思っているんでしょ。僕は先生を騙して利用しようとしていました。だから僕には、先生に守られる資格なんてないんですよ。……僕には、こんな女装趣味の変態には、生きる価値なんて……」

 マルクトは涙を流しているユウキになんて声をかけるべきか迷った。

 彼に慰めの言葉をかけるにしたって、自分は彼の過去を何も知らない。そんな自分の言葉は彼にとって何の意味もないだろう。

 そして、マルクトはふと昨夜のことを思い出した。

「そうだな~ユウキには今度の魔導フェスタで何かおごってやろう」

「……えっ?」

 唐突にそんなことを言い出す目の前の先生に、ユウキはきょとんとする。

「何がいい? 焼きそばとかりんご飴とか、何でもいいぞ。そういえば、りんご飴っておいしいよな」

「え? ……なに……いってるんですか?」

 ユウキがそう聞いた瞬間、マルクトはユウキの方に振り返った。

「いや、昨日の夜さ、エリスとエリナと約束したんだよ。俺がおごりたくなるぐらい、かわいい格好をしてきた奴には、なんかおごってやるってな。だから、自慢していいぞ。お前のかわいさは俺が認めた!」

 そこまで言うと、マルクトはしゃがみ、ユウキの目に溜まった涙を丁寧に指で拭った。

「俺はお前を醜いとは微塵も思わない。誰がなんと言おうと、お前がそれを否定しようとそれは変わらない。だから、お前はお前を貫けばいいのさ」

 マルクトは真っ直ぐな瞳でユウキを見た。その表情に怒りの色を見せず、彼は堂々とユウキに向かってその言葉を告げた。


 絶対に他人には認めてもらえないと思っていたこの趣味をこの先生はかわいいと言ってくれた。

 初めて……生まれて初めて人に自分の趣味を認めてもらえた。

 自分の存在を醜いと言わず、逆にかわいいとまで言ってくれた。

 嬉しかった。ただそれだけで、心の底から何かが沸き上がってきて、目から涙が止まらない。

「それに生徒を守るのは教師としての義務だ。だから、俺はお前を見捨てない。それが例え敵にまわっても、絶望的な状況になったとしても変わらない。それが俺の教師としての信念だ」

 そう言ったマルクトはユウキの頭を撫で、立ち上がった。そして、ユウキを踏みつけ嘲笑った連中に体を向けた。

「さて来いよ。ユウキをいじめた罰はしっかり受けてもらうぜ。お前らはユウキを醜いと罵ったが、俺に言わせれば人を嘲笑い、集団でたった一人を踏みつけにするお前らの方がよっぽど醜いぜ」


 ユウキを踏みつけていた男が壁に手をついて立ち上がった。

 彼は自分を蹴り飛ばしてくれたマルクトに向かって怒りに染まった目を向ける。

「あんた分かっているのか? 俺はこの国のサテラス家の長男だぞ? そんな俺を蹴った挙げ句、醜いだって? 決定! お前は死刑決定なんだよ!!」

 サテラス家の長男だと名乗る男は、マルクト相手に捲し立てる。

 だが、マルクトはその言葉に不敵な笑みを見せた。

「分かってないのはお前らのほうだ。お前らの醜い行動によってお前らの家は相当な痛手を負うだろうな。下手したら貴族の称号剥奪もあり得るな」

「……なに言ってんだおまえ?」

「分かってないようなら言っておくが、俺の立場はお前のような貴族のボンボンなんかよりもっと上なんだよ。それこそ、お前みたいな小汚ないガキが口を聞けるような立場じゃない 別にお前らが俺の正体を知らないならそれでもいいし、なにをしようが勝手にしろとは思うが、お前らが俺のかわいい生徒に手を出したってんなら話は別だ。お前らは俺の怒りを買った。その時点でお前らの人生終了なんだよ」

「……ハハハ。何を言い出すかと思えば、適当に並べた言葉で俺を脅すのか? お前みたいな教師が俺の父上の立場を奪う? あり得ないね。てめぇらやっちまいな」


 貴族のボンボンはその言葉に疑問を抱きながらも、マルクトの言葉を一笑に伏し、目の前に立つ自分を罵倒してくれた男を殺せと仲間に命令した。

 彼の合図によって、他の男たちはマルクトに向け業火の魔法を放った。

 業火の魔法は威力の高い大型の魔法。

 九名の連携によって、一人の時よりも威力は高く、発動までの時間も短縮されており、いくら教師といえども避けれないと彼らは思った。しかし、マルクトは避ける素振りすら見せなかった。


 男たちが放った魔法はマルクトに直撃し、発動した業火の魔法はマルクトを燃やし尽くそうとした。


 ユウキはマルクトによってかけられた結界の中におり、何も出来ない。

 目の前で業火に燃えるマルクトの姿を見て、ユウキはもう駄目だと思った。

 しかし、そんなユウキの耳に聞き覚えのある声が聞こえた。


「業火の魔法なんて初めて受けたんだが、案外涼しい魔法なんだな。ユウキは大丈夫か?」


 炎が消え、そこに立っていたのは、白衣に焦げた跡すらついていないマルクトだった。

 ユウキもマルクトの発動させた結界の魔法で無傷ではあったのだが、ユウキは目の前で起きたことが信じられなかった。

(先生は僕を守るために結界魔法を使用したあと、何故か魔法を使用してなかった。それなのに無傷なんて……)

 再び背中を向けたマルクトの姿を見て、ユウキは言葉が出なかった。 


「なかなか面白い攻撃だったな。正直、ユウキを守るので手一杯だったから、結界で自分守れなかったわ」

 そう言ったマルクトはへらへらしていた。

「……化け物かよ、こいつ?」

 業火の魔法を使った男たちの一人が自分の魔法を無傷で受けきった男を見て呟いた。

 そう思うのも当然といえた。

 いくら、中等部を卒業出来なかったとはいえ、彼らもそれなりの魔法が使えるし、大型魔法だって、数人で協力して使えば、一人でやるよりも、威力の高いものも扱えた。

 ほぼ確実に死ぬか、良くて全身火傷になるはずの魔法なのに、この目の前の男は、結界を後ろの生徒に使い、自分は何もせずに受けた。

 それなのに無傷。それを化け物と言わずなんと言えばいいのだろうか。


 マルクトは目の前にいる自分のことを化け物と言った男を一瞥して、彼らを視界に捉えた。

「いや、普通の人間だよ。君たちのように自分より下の人間必死に探して、貶して、陥れるような悲しい人間とは違うけどね」

 そう言ってマルクトは男たちの顔に向かって水泡の魔法を放った。

 一切の魔法発動の兆候すら見せずに放たれた水泡の魔法は、対象の敵に対して避けることすら許さず、対象者全員を水の中に沈めた。


 この魔法は捕縛用の魔法で対象の者を水で出来た玉の中に入れて窒息させることができる。

 いつ解除するかは術者の気分次第で、当然抵抗できるにはできるのだが、マルクトの技術に中等部を卒業すらできなかった連中が抵抗できるはずもなかった。

 結果、もがき苦しんでいた男たちは全員、窒息して気絶したところでマルクトに解放されたのだった。


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